じゃま しないで
今回、プリ様パーティは、藤裏葉さんしか出ません。前もって、お詫びをしておきます。
「どいってって いってるのー!」
ハギトの叫びは、強力な音の波となり、そのまま朝顔に迫って来た。
「笑止。」
朝顔は、持っていた薙刀を突き出し、その先端に意識を集中させ……。なんと、刃先で音波を切り裂いた。
二つに割れた音の波は、朝顔の後ろの壁に当たり、壁面が抉れ、破壊されて崩れ落ち、濛々と埃が舞ったが、朝顔自身は、何らの被害も受けてなかった。
「…………。」
「貴女の能力など、鍛え上げられた技の前には、通用しませんよ。」
普段なら……、臆病で、泣き虫のハギトは、これだけ圧倒的な実力差を見せつけられれば、即逃げ出していただろう。だが、今は、ファレグの犠牲を蔑ろにする英明の発言に、完全に頭に血が昇っている状態だった。
『なんで じゃま するの。この おばさん、なんで じゃま するの……。』
ハギトは、大きく口を開けて、上を向いた。
「なんで じゃま するのー!!」
彼女の出す超音波は、更に音域を上げていき、可聴域を遥かに飛び越えた。そして、徐々に収斂され……。
ブンっと、ハギトが首を振った。その軌跡に沿って、周り中の壁や柱が、鋭く切り裂かれた。
「何?」
歴戦の勘で、ハギトの様子から、ヤバイものを感じ取っていた朝顔は、一瞬早く退いていた。が……。
「にーげーるーなー!」
今度は、ハギトが、頭を縦に振った。あまりの素早さに、回避が間に合わず、咄嗟に構えた薙刀ごと、朝顔の右腕は切断されていた。
「はっ……ぁああ。」
凄まじい痛みに、言葉が出なかった。床に転がる自分の腕を、目を剥いて見ていた。
それでも、朝顔は、残った左腕と、薙刀の柄を、ハギトに向けた。恐るべき気丈さである。だが、勝ちを確信したハギトは、その行為を鼻で笑った。
「まだ、なにか、するき? おばさん。」
「貴女に、美柱庵家奥義の一つを、見せて上げます。」
抉れた壁面から飛び出した、電気の配線コードが、千切れて火花を散らしていた。照明は、とっくに破壊し尽くされ、非常灯が、弱々しい灯を灯している。
鳴り響くサイレンの中、二人は、ジリジリと、にじり寄った。
「克実様、翔綺様、兎笠様、此処で大人しくしていて下さいね。」
藤裏葉に連れられて、三人の子供達は、シェルターに避難させられていた。
「藤裏葉、どんな状況なの? 敵は何者?」
青ざめた顔で、訊ねる翔綺。美柱庵本家屋敷が、上へ下への大騒ぎである。すでに、施設の一部は、使い物にならないくらい破壊されているという情報もあった。
「信じられない……。あんな、兎笠と同じくらいの子が、こんな大それた事……。」
「と、とにかく、此処に居て下さい。此処なら安全です。十本槍を二人残しておきますから。」
立ち去ろうとする藤裏葉を、克実が呼び止めた。
「待て。お前は何処に行くんだ?」
「私は本陣に向かいます。どうも、敵は、馬鹿坊ちゃん……、英明様を狙っているみたいですので……。」
何と無くだが、藤裏葉は、忍び込んで来たのは、ハギトではないか、と思っていた。プリ様との経緯を聞いていたからだ。
「当主代行を狙う? 敵は、本気で、美柱庵を落とす気なのか……。」
克実が呟いた。ハギトには、そんな明確な目的意識は無いが、そう取られても、仕方のない行動であった。
「藤裏葉、俺も一緒に、兄様の所に連れて行ってくれ。美柱庵の男として、この非常時に、隠れてはいられない。」
「克実様……。」
二人は、暫し、見つめ合った。
「克実様も、英明様同様、私のオッパイがお目当ですか?」
「誰が、そんな話をしている!」
克実は、チューブトップの胸元を、指で広げる藤裏葉を、怒鳴り飛ばした。
「おい、藤裏葉。行くなら、サッサっと行け。敵が近付いているらしい。早く、ここの扉を閉めねば。」
十本槍の一人に急かされ、問答をする間もなくなった藤裏葉は、止むを得ず、克実の同行を許した。
「私から離れないで下さいね、克実様。」
「分かった。」
「そんなに、私の身体に触れていたいんですか? やはり、克実様は、私の肉体が目当て……。」
「お前が『離れるな。』と言ったんだろうが!」
大騒ぎをしながら、二人が出て行った後、シェルターの扉が閉められた。
「ふっー、やれやれ。」
「翔綺様。兎笠様。安心して下さい。我々が、必ず、賊からお二人をお守りします。」
そう言って、十本槍の二人が話し掛けた時……。
「ぞくって なに? だれの こと?」
と、シェルターの内部で、声がした。
「誰だ? どうやって、この中に?」
「さいしょ から いたわよ?」
真っ赤な目をした幼女が、震える翔綺の隣に立っていた。(兎笠は寝ています。)
「ちょっと けはいを けした くらいで、わからなく なるなんて。おくさまの いうとおり、しつが おちたわね。びちゅうあん じゅっぽんやり。」
「オク……。雛菊の事か? 貴様、やっぱり、幼女神聖同盟!」
「わたしの なは ふるよ。おみしり おきを。」
一斉に打ちかかる十本槍の二人。しかし、フルは、舞うように紙片を撒き散らし、二人の動きを封じた。
「なんだ? 力が吸い取られる……。」
「動けない……。」
二人は倒れ込み、意識を失った。
「あれっ?! このくらいで だうん なの? よわすぎない?」
フルは、溜息を吐いた。
『しかたない。こっちの おじょうちゃんに きこうか……。』
フルは、目を離した隙に居なくなったハギトを、探していたのだが、そのうちに、警報は鳴り出すわ、爆発が始まるわで、適当な人間を捕らえて、情報を聞き出そうとしていたのだ。
「ねえ、おじょうちゃん……。」
振り返った時、翔綺と兎笠の姿は、そこにはなかった。十本槍がやられている間に、翔綺は兎笠を背負って、シェルターから逃げ出していたのだ。
「ほう……、やるわね。この ふたりの しも、むだ では なかったみたいね。」(死んでません。)
脱出した翔綺は、廊下をひた走った。本陣には向かわず、外への避難通路を目指していた。(兎笠は寝ています。)
兄や仲間達が居て、安心出来る筈の本陣に向かわなかったのは、敵に自分達が追跡された場合、みすみす、その位置を教える羽目になるからだ。そこは、やはり、美柱庵本家の子、普通とは覚悟が違っていた。
「いもうと? を せおって けなげね。」
突然、天井から声がし、目の前にフルが降って来た。
ダメだ。逃げられない。戦うしかない。
翔綺は、スヤスヤと眠る妹を、廊下の隅に下ろし、フルに向き直った。
「まさか たたかうき なの? わたしと?」
「…………。」
「かなうと おもっている? おじょうちゃん。」
「…………。敵わないまでも、時間稼ぎをすれば、必ず姉様が来てくれる。」
「ねえさま……?」
フルは、マジマジと、翔綺の顔を見た。
「あら? あなた りりすちゃんの いもうと?」
フルの頭の中を、様々な思いが駆け巡った。リリスへの嫉妬。妬み。その力への恐れ。
「貴女なんか、姉様が来たら、すぐにやっつけてくれるんだから。」
「だれが あの こむすめに……。」
翔綺の言葉に、フルの理性のタガが外れた。
ダッと、朝顔が、薙刀の柄をハギトに向けたまま、一直線に突進して来た。ハギトは、口を開き、その朝顔に向けて、超音波を発した。
『見切るのは分けない。問題は、線で攻撃してくる事ね。』
音波の射線を振るだけで、ハギトは、線上の全ての物を斬り裂けるのだ。
「だけど、瞬時に、懐に入ってしまえばぁぁぁ!」
朝顔は、柄に、霊気の刃を纏わせていた。美柱庵家奥義、霊気槍突、霊気の刃で、相手を串刺しにする必殺必中の技だ。
しかし、霊気の槍は、空振りをした。ハギトは、超音波を出しながら、飛び上がったのだ。彼女は、天井近くで一回転し、朝顔の左足を切断しながら、床に降り立った。
朝顔は、そのまま、勢い良く、瓦礫の山に投げ出された。
「もう、じゃま しないで。」
ハギトは、懸命に立ち上がろうとする朝顔に背を向け、英明の逃げた方向へと、走って行った。
前に、兄の料理下手の話をしましたが、料理下手なのは、男の人に限らない、というお話をします。
以前、お友達のアイちゃんが、家に遊びに来た時の事です。
BL談義に花が咲き(念の為お断りしておきますが、私はホモでも、ゲイでもないです。アイちゃんの持っている薄い本を、興味本位で読んでいるうちに、何となくBL知識が身に付いてしまっただけなのです。)気が付けば、日がトップリと暮れていました。
「お腹空いたね。」
とアイちゃんが言うので、自分で夕食にするつもりでいた料理を、振る舞う事にしました。
当時、私は、大皿料理を二、三品作って、二日、三日、食いつなぐという横着をしていたので、二人で食べても、充分な量の食材を用意していたのです。
「えっー、リョナちゃんが作るの?」
アイちゃん、不満気です。そして、不満気な割には、決して自分で作ろうとは、言い出しません。
「もう、野菜やお肉はカットしてあるからさ。後は炒めるだけだよ。」
「ふーん。まあ、期待せずに待ってるよ。」
失礼です。失礼で、上から目線です。でもまあ、私も料理が得意、料理男子という訳ではありません。私と、あの料理好きの俳優さんの共通点は、ハンサムだという事だけです。なので、アイちゃんの暴言も、甘んじて受け入れました。
そして実食……。
回鍋肉のキャベツを、一切れ持ち上げたアイちゃんは、アレっと、声を上げました。
「繋がってない……。」
切り損ねて、野菜が繋がっているなんて、マンガの中だけの話です。
「あっ、カットしてあるのを、買ってきたのか。」
「いや、野菜くらい切れるから。」
「ふ、ふーん。でも、問題は味よ。」
なんなんだ。コイツの、この挑発的な態度は。
「あ、あれ? 普通……というか、美味い……。」
まるで、美味かったら、いけないような言い方です。
「こ、こっちの青椒肉絲も美味い。何、なんなの? 何一人で女子力上げてんの?」
「いやいや、落ち着いて、アイちゃん。私、オジさんだから。元々、女子力なんてゼロだから。」
ゼロに、幾ら掛け合わせても、ゼロはゼロです。
「それに、美味しいのは当たり前だよ。味付けは、クッ◯ド△でしてるんだから。」
「クッ◯ド△?」
所詮は男料理です。私のレパートリーは、クッ◯ド△のバリエーションと、カレーや肉じゃがみたいな、ひたすら煮る系だけなのです。
「嘘、嘘よ。私も、花嫁修業で、クッ◯ド△の料理作ったけど、こんなに美味しく出来なかったもん。」
花嫁修業でクッ◯ド△を使うなよ。
「えっー? 箱裏のレシピ通りに作れば、大概上手くいくよ?」
むしろ、どうやって失敗するんでしょう?
「嘘、嘘。こんなの嘘よ。リョナちゃんの方が、私より女子力高いなんて。認めない。認めなーい。」
「だから、女子力なんて無いって。誰でも出来るって。」
「わ、私は平均以下って言っているの?」
「いや、そんな事は……。」
言ってるかな?
「いやぁぁぁ。リョナちゃんが、リョナちゃんが、私より先にお嫁にいっちゃうぅぅぅ。」
「だから、いかないから。嫁がないから。オジさんだから。」
なんだかんだ大騒ぎしながらも、本当に美味しかったらしく、パクパクと食べていました。
「あっー、美味しかった。でも、いい気にならないでね。リョナちゃんの実力ではなくて、クッ◯ド△の性能のお陰だからね。」
「はいはい。分かりましたよ。ところで、デザートに梨剥いて上げようか?」
「梨を剥く……? ピーラーで?」
「えっ? 果物ナイフで剥くよ。ピーラーだと、かえって剥きにくいでしょ?」
そこでまた「いーやー。」と叫ぶアイちゃん。
「なんだコイツ。なんだコイツ。女子力の塊か?」
「いやいやいや。ナイフで梨剥くくらい、小学校高学年でも出来るって。」
アイちゃんの口にする女子力って、安っぽ過ぎません?
「あれでしょ。合コンとかで、わざとらしく林檎とか剥き始めて、男を独り占めするんでしょ。そういうタイプだ。」
「うん、君は、どうも忘れがちだけど、私はオジさんだから。合コンで気を引きたいのは、男子じゃなくて、女子だから。」
そもそも、飲みの席で、林檎剥き始める女がいたら、引くでしょ。
「大体、アイちゃんだって、梨くらい剥けるでしょ。」
「…………。む、剥けない。」
「…………。剥けないの?」
「ピーラーでも剥けない……。」
「ふ、ふーん。」
「いつも、お母さんに剥いてもらっている……。」
会話が途切れました。女子力云々の前に、アイちゃんは不器用過ぎるのです。とは、とても言えず、私は黙々と梨を剥き、アイちゃんは「どうしよう。リョナちゃんが先にお嫁にいったら、どうしよう。」と、あり得ない想定をし、しなくてもいい心配をしていました。
その後、私の剥いた梨を「納得いかない。美味い。納得いかない。美味い。」と言いながら、完食するアイちゃんが不憫過ぎて、つい涙を落としてしまう、晩夏の夜なのでした。
次回更新は、少し間が空いてしまうと思います。すみません。