前世から、プリちゃま一筋
翌朝、ぶすくれているオクを他所に、リリスは上機嫌だった。乗車した新幹線は、順調に、東京へと向かっている。あと、数時間で、色欲魔王オクから解放されるのだ。
「そうだ。東京に着く前に、残りの三つの質問に答えてね。」
「…………。こたえない。」
「な……、約束でしょう。」
「つぎの でーとの ときに こたえるわ。」
次……。あと二回は「自分を犯そうとする人とは、デートなんて出来ない。」と言って、反故にするつもりだったのだ。
「りりすちゃんの かんがえ なんて おみとおしよ。」
ニヤリと笑って、そう言いつつ「うんしょっ。」とリリスの膝に乗っかって来た。
「何のつもりよ。降りなさい。」
オクの小さな身体を抱き上げて、降ろそうとしたら、いきなり、大声で泣き始めた。
「ふえええーん。おねえちゃん、だっこ してえ。」
それを聞いた周りの乗客達は……。
「まあ、あんな小さな妹を邪険にして……。」
「鬼ね。鬼姉ね。」
などと、勝手な事を言っていた。
「どう? りりすちゃん。せけんのめは わたしの みかたよ?」
「くっ……。」
仕方なく、膝に乗せたままにしておくと、クルッと振り向いて、抱き付いて来た。
「うわーい。おねえちゃんの おむね ふかふか。やわらかーい。」
「ちょっと、揉まないで……。」
調子に乗って、胸を触りまくるオクに「コイツ、絶対殺す。」という視線を送り続けるリリスであった。
昨日は、前世話に花が咲いて、遅くに寝たので(と言っても、九時である。良い子のプリ様は、いつもは、八時におネムなのだ。)日曜日の朝のお楽しみ、プリプリキューティの放送に、間に合わなかったプリ様。
「大丈夫ですよ。ちゃーんと、昴が、予約録画しておきましたからね。」
「うわーい。スバルン、早く見よーよ。ねえ、早く、早く。」
「なんで、裏葉ちゃんが、プリ様より、楽しみにしているんですか? っていうか、プリ様を離して下さい。」
どさくさに紛れて、藤裏葉は、いつの間にか、プリ様を抱っこしていた。
「みらんだに だっこ されていゆの。なんか、ふくざつ なの。」
「良いじゃないですか、プリちゃま。前世から連綿と続く、愛の形が、此処にあるんです。」
「そんな愛なんか、無いんですぅ。」
昴は、プリ様を取り返そうと、ピョンピョン飛び跳ねていた。
「私は、前世から、プリちゃま一筋ですよ。」
「嘘ですぅ。未亡人で、浮気症で、五股かけていたんですぅ。」
「うーん、それは……。」と、藤裏葉が言い始めた時、ペネローペさんが、紅葉と和臣の来訪を告げた。
「なんですって?! 裏葉がミランダ?」
地下屋敷のリビングに案内し、出されたお茶を啜り始めた途端、昴から衝撃の報告を聞いて、二人は、むせ返るほど驚いた。
「そうか、露出狂で色情狂だとは思っていたけど、言われてみればミランダね。」
そう言って頷く紅葉の頭を、和臣が小突いた。
「失礼な事を言うな。」
「あっ、やっぱり、ミランダの味方なんだ。初恋の人だもんね。」
「そうじゃない。ミランダには考えがあって……。」
言いながら、藤裏葉をチラッと見ると、紅葉に「露出狂。色情狂。」と罵倒された、自らの状況を堪能していた。
「…………。裏葉は喜んでいるみたいよ。」
「裏葉さん!」
「ご、ごめんなさい、和君。でも、もう、前世の事情は、どうでも良いの。」
藤裏葉は、再び、さりげなくプリ様を抱き上げた。
「今は、誰に憚る事無く、プリちゃまを抱き締められるのですから。ああっ、プリちゃま。プリちゃまー。」
「ダメですぅー。憚って下さいぃぃぃ。」
感極まって、プリ様の頰にスリスリする藤裏葉へ、昴は必死に手を伸ばしていた。
「えっ? とすると、アンタ、前世でトールが好きだったの?」
「そうです。ずっーと、こうやって、抱き合いたいと……。」
プリ様は、為すがままになっているので、厳密には抱き合ってはいない。
「プリ様を解放して下さーい。私が、プリ様と抱き合うんですぅ。」
「えっー、だって、プリちゃまも、こんなに、気持ち良さそうに……。」
大きなオッパイに顔を埋めて、桃源郷に居るかの如く「ふああ。ごくらく なの。」と言って、顔を緩ませているプリ様。昴は「返して、返して。」と喚きながら、そのプリ様を奪おうとしていた。
「これは、いよいよ、プリ争奪戦が、激しくなって来たわね。」
と、紅葉が、隣に座っている和臣を見ると、惚けた顔で、ミランダ……藤裏葉を眺めていた。
「あんた、何? まだ、好きなの? 一回生まれ変わっても好きなの? どんだけネチッこいの?」
「いやいやいや。そんなんじゃないし。今、俺が好きなのは、宮路さんだし。」
「今、アンタが好きなのは『私』なの。結婚するんだから。」
「しないし。お前のATMになんか、ならないし。」
…………。こちらでも、醜い争いが、始まろうとしていた。
東京駅に着くと、リリスは、そそくさと撤退しようとした。
「まって、まって、まって。すこしは なごりを おしんだり しないの? たのしい でーとの おわり なのに……。」
「楽しい……? 恥ずかしい水着を着せられたり、お風呂場で犯されそうになったりしたデートが、楽しい……?」
沈黙が、その場を支配した。真から冷たい目で見られて、オクは、空惚けて、目を逸らした。そのまま、踵を返すリリス。
「ああ、りりすちゃん。みらんだ……ふじのうらばちゃんの ことだけど。」
「なに?」
振り返ったリリスの目を、今度は、真っ直ぐに見詰めた。
「せめたり しちゃ だめよ。」
「裏切り者だったんでしょ。私達の味方のふりをしながら、貴女とも繋がっていた。」
「…………。やっぱり、そういうふうに、おもっていたか。」
オクは、軽く、溜息を吐いた。
「あのこはね、もともと、ようせい なの。」
「妖精って、あの……。」
頭が軽い、と言いかけて、リリスは、慌てて、口に手を当てた。
「とーるに たすけて もらった ことが、あったんだって。それから、もう、すきで、すきで。ずっーと、おもいつづけて。にんげんに なりたい。とーるの そばに いて、かれを ささえて あげたいって、いちずに、おもい こんでいたの。」
聞いた覚えがあった。妖精は、気紛れで、悪戯好きで、掴みどころがないけれど、一度恋をすると、燃え上がる想いで、相手を愛し抜くのだと。
「わたしは、かのじょの そんな おもいを、りようした だけなの。あのこじしんは、うらぎった なんて おもってない……。」
こうして、藤裏葉を思い遣る様子を見せれば『なんて良い人。』と、リリスの評価も上がるはず……。
そう、オクは計算していた。
前世でミランダを利用し、現在でも藤裏葉を利用する、悪逆非道のオクであった。
「現世では、裏葉さんは、貴女とは何の関係も無いのね?」
「もちろん。」
という事は、自力で、プリちゃんの側に転生して来た訳か……。藤裏葉、侮りがたし!
リリスは、プリ様争奪戦に、新たな闘志を燃やし、もう、オクなど一顧だにしていなかった。
「あ、あれ? わたしを みなおしたり しないの? おーい、りりすちゃーん!」
オクの呼ぶ声など、耳に入らず、リリスは阿多護神社へと、向かって行ったのであった。
そして、此処、AT THE BACK OF THE NORTH WINDでは、明日の美柱庵家行きを、ハギトがフルに念押ししていた。
「たのしみだなあ。」
「やしきに しのびこむ だけよ?」
「わかってる。ひであきって こを みたら、かえるのね?」
ひねたツラしたガキだった様な気がするけど、それでハギトちゃんが納得するなら、まあ良いか。
フルは、前にチラッと見た記憶がある、英明を思い出しながら、考えていた。
「うふふふ。ほんとうに たのしみ。」
ハギトは、正に天使という顔で微笑んでいた。
美柱庵本家屋敷に、恐怖の時が訪れようとしている事など、この時点では、誰も予測出来てはいなかったのである。