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死を望む人なんていない

 夕方、ご機嫌で戻って来たオフィエルを待っていたのは、激怒したハギトだった。


「おふぃえるちゃんに おはなしが あります。」

「なんじゃん? なんか しつもん じゃん? いってみるじゃん。きいてやるじゃん。ばあいに よっては こたえて やるじゃん!」

「じゃんじゃん、いわないで。」


 畳み掛けるオフィエルの物言いに、ハギトは、頭を抱えて、しゃがみ込んでいた。


「…………。なんの はなし じゃん?」


 ハギトの様子に、少し反省したオフィエルは、声のトーンを落とした。するとハギトは、恐る恐る顔を上げ、上目遣いにオフィエルを見た。


「きのうの ぷりちゃん。あのこ、ふぁれぐちゃんの かたき()ね?!」


 仇、という言い方に、オフィエルは、ちょっと、寂しそうな顔をした。


「なに かんがえて いるの? どうして、てきと なかよく しているの?」


 戦うべき時は、ちゃんと戦う。でも、今はまだ敵じゃない。それを、どうやってハギトに説明しようか、オフィエルは悩んだ。


「ふぁれぐも、ぷり とは しんゆ……。」


 親友と言いかけて、オフィエルは唇を噛み締めた。


「……なかよかった(仲良かった) って、きいた。でんぶん(伝聞)。」

「うそよ。そんなの うそ。なら……なら なんで、ぷりは ふぁれぐちゃんを ころしたのよ!」


 ハギトは立ち上がって、オフィエルを睨み付けた。気が弱くて、寂しがりの、いつもの彼女からは、想像も出来ない程の、気迫であった。


「ころして ないって、おもうのよ。きく かぎり では、ふぁれぐの のぞんだし(望んだ死)……。」

()を のぞむ ひと なんて いない。わたし、しってるもん。()って くらいの。くらくて こわいの。」


 泣きながら、ハギトは叫んでいた。


「よるに なって、びょうしつ(病室)の てんじょうを みていると、とっても こわいの。くらやみに ひきずり こまれそうに なるの。あれが『()』だよ。あんな こわいもの、のぞむ ひと なんて いない。ぜったい、いない。」


 今のハギトには、何を言っても伝わらない。そう思ったが、それでも、オフィエルは、言わずにはいられなかった。


()の こわさを のりこえてでも、それでも、ふぁれぐ には あったのじゃん。ぷりに わたしたい もの、おもい(想い)……。」


 その言葉を聞いて、ハギトの身体が、細かく震え始めた。


「ふぁれぐちゃんは やくそく したもん。かならず ぷりを たおすって。かえって くるって。やくそく したもん!」


 感情に任せて、ハギトが号泣すると、凄まじい衝撃波が発生し、二人の居るオクの居城の壁に、皹が入り始めた。


「ななな、なにごと なの?」


 異変に、慌ててフルが飛び出して来た。


「おふぃえるちゃん、また、はぎとちゃんを いじめて……。」


 またって、心外じゃーん。いつも、コイツが、勝手に、怖がっているだけじゃーん。

 と、オフィエルは思った。


「ふぁれぐの こと、はなしていた だけって かんじ。」

「ああ……、ふぁれぐちゃん……。」


 ファレグが湖島玲だったと知った時、フルも、その最期は自ら望んだものだったのであろう、と思った。


 最年少にして、歴代四天王最強。神にも等しいとまで言われた実力の持ち主が、三歳のプリ様に、負けるとは考えられない。ましてや、むざむざと、六花の一葉を奪われるなど、ある筈もない。


 だから、きっと、自分から六花の一葉を手放したのだというのは、容易に想像がついた。命と引き換えにしても、為さねばならない何かがあったのだ。


「もう、なかないで はぎとちゃん。よーし、よし。きょうは わたしと いっしょに ねましょう? ねっ? ねっ?」


 とにかく、これ以上、城を壊されてはたまらないので、フルは、ハギトを宥めて、自室へと連れて行った。


 一人残されたオフィエルは、複雑な表情で、ハギトの入って行ったフルの部屋のドアを見詰めていた。




 その翌日、プリ様はリリスに引っ付いて、ハギトの正体と思われる幼女、辻鍵響(つじかぎひびき)の家に来ていた。


 デートを翌日に控えたリリスは、多少情緒不安定ながらも、なるべく多くの情報を仕入れてから、オクと対峙しようと、健気な努力をしていたのだ。


「プリ様ぁ、久しぶりのお出掛けですね。プリ様、プリ様ぁ。」

「うゆさいの、すばゆ。あそびに いくんじゃ ないの。」

「あーん、プリ様ぁ。帰りに、美味しいもの、食べましょうね。プリ様ぁぁぁ。」


 プリ様が行くなら、当然、昴もついて行く。美柱庵家のストレッチリムジンに乗り、チャイルドシートに座るプリ様に、昴は、無理な体勢で、頬ずりを繰り返していた。


 その様子に触発されて、リリスはプリ様に近寄ろうと、腰を浮かしかけたが、自家のお抱え運転手の居る手前、自重していた。


「リリス様……。私もプリちゃまの隣が良い。私も頬ずりしたいです。」

「ダメよ。裏葉さんは私の護衛でしょ。私の隣に居るの。」


 自分が、プリちゃまを、かまえないからって、私を道連れにして……。藤裏葉は、膨れっ面をしていた。


 そんな藤裏葉を無視して、リリスは、和臣の父、宗一郎から提供された響の住所を確認した。


「あっ、あら?! あらあら。」

「どうしたんです? リリス様。」

「美柱庵家のご近所よ。もしかしたら、うちの地下施設の真上かも……。」


 美柱庵家は、神田、秋葉原辺りの地下に、居を構えている。


「老舗のお蕎麦屋さんの末娘みたい。」


 リリスは、報告書に目を通しながら、言った。


 その後、リムジンは、滑るが如く、秋めいて来た都内の道を走った。暫くして、着いた場所は、ビルの立ち並ぶ大通りから、少し奥まった道の、徒歩でしか入れない路地であった。


『ここだけ切り取ると、郊外の静かな住宅街みたいね……。』


 まだ二十三区内に、こんな場所があったんだ。と、リリスは、妙な感心をしていた。


 お昼御飯時の繁忙時を避け、三時過ぎに来たら、準備中の札が掛かっていた。その引き戸を開けて、中に入るプリ様一行。


「悪いね、今、準備中なんだ。」


 カウンター席の向こうにある厨房から、店の主人と思しき男性が言った。


「響ちゃんの件で伺いました。公安の曽我さんから、話がいってませんか?」


 リリスが返事をすると、奥さん、響の母親らしき人が、厨房から出て来た。


「何か、分かりましたか?」


 母親は、憔悴した面持ちで、皆を見回し、最後にプリ様に、目を止めた。


「響……。」


 同じくらいの年頃のプリ様に、娘の面影を重ねたのか、喉を詰まらせて嗚咽した。


「あの子は、出歩けるような身体じゃないんです。毎日、定期的に投薬をしないと……。」


 プリ様は、トコトコと、彼女に近寄った。


「なかないで、おばたん。」

「ふふふ、ゴメンね。泣き虫なオバちゃんで。さあ、皆さん、座って下さい。」


 プリ様達は、テーブル席に座り、恵美子と名乗った響の母親は、人数分の蕎麦茶を持って来た。


「お嬢ちゃんには、これね。」

「ありがとなの。」


 オレンジジュースを受け取ったプリ様は、嬉しげに、一口飲んだ。


「あの子も、これが大好きなの……。」

「単刀直入で申し訳有りませんが、何か、響ちゃんの失踪の動機みたいなものは、思い当たりませんか?」


 恵美子の言葉を遮って、リリスが訊ねた。七大天使は、それぞれ、思惑を持って、オクに協力している。それが何か分かれば、ハギト()と敵対した際、説得が出来るかもしれないと思ったのだ。


 恵美子は、フウっと、溜息を吐いた。


「一つだけ……。」


 思いついた事があった。ほとんど生まれた時から、入院生活をしていた響は、やはり同じ様に入院していた、隣のベッドの子と、非常に、仲が良かったそうだ。


 でも、ある日、容態が急変した、その子は、集中治療室に連れて行かれた切り、短い命を閉じた。


「亡くなったなんて、とても響には言えなかった。だって、同じ病気なんだから……。」

「隠した……という訳ですか? 真実を。」

「多分、それが良くなかったんです。あの子、とっても、お友達に、秋穂ちゃんに会いたがって……。」


 会いにいったのかも……。と、言い掛けて、その言葉の持つ、恐ろしい可能性を想像して、恵美子は、再び、涙を落とし始めた。


 子を思う母親の深い悲しみに、皆は声も出せず、その場には、恵美子の啜り泣く声だけが響いていた。




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