さよなら、ポ・カマム
グラビティカッター、全てを切り裂く超重力の真っ黒な円盤は、イシュタルの身体を八つ裂きにした。
「おのれ、シシクめ。神器の力、ここまで引き出すとは……。」
ポ・カマムと、同じ顔をした生首は、目をクワッと開き、そう叫びながら、数秒空中に浮遊して……、消えた。あんまり、良い気分のものではなかった。
「憎らしい奴だったけど、どこか、憎めない感じだったわね。」
「そう? 私は憎しみしかないけど。」
紅葉とリリスの会話に、皆は生前の様子を思い出し、各々、女神の死を悼んだ。
「あっー、びっくりした。死ぬかと思った。」
突然、気絶していたポ・カマムが立ち上がり、皆んな、ビクッとして、飛び上がった。
『イイイ、イシュタル?』
『ポ・カマムの身体に戻ったのね。』
『いや、そこは死んどけよ。』
皆が思考を巡らせている間、プリ様は、一歩、ポ・カマムに近寄った。
「かかか、かみさま?」
「おう、シシク。見事にやられたわ。」
プリ様に返事をしながら、イシュタルは、立てないでいるリリスに近寄った。もしかして、イタズラする気なのか、と身構えるリリス。
「プリちゃん、助けてー。お姉ちゃん、犯されちゃうぅぅぅ。」
「かみさま、だめなの!」
「信用ないのお……。」
イシュタルの左の掌から、淡い光が発せられ、リリスを包み込んだ。
「背骨が治っていく……。」
「すまなかったの。シシクに神器の力を解放させる為とはいえ、酷い事をした。」
「それ、どゆこと? かみさま。」
ビルスキルニル フェオを纏ったまま、可愛らしく、首を傾げて訊くプリ様に、イシュタルが微笑んだ。
「合格だ、シシク。ビルスキルニルを使いこなせれば、お前は、滅多な事態では、シシクになどならんじゃろう。」
「成る程。プリ様が神器の扱いに長ければ……。」
「どんな強敵が来ても……。」
「刀に変化しなくても、勝利出来るという事か。」
昴、藤裏葉、和臣の補足に、イシュタルは、大きく、ウムと頷いた。
「この星を護る為、ウルリクムミに必死で立ち向かうシシクを見て、妾も心打たれた。」
それならば、チャンスをやろう。シシクにさえ、成らなければ良い。オクの繰り出す七大天使を、神器の力で、乗り越えてしまえばいいのだ。
「恐らく、トールも、そう願って、前世で三つもの神器を与えたのであろう。」
イシュタルは、遠い目で、空を見上げた。
大団円であった。
「嘘よね? 絶対嘘よね。アンタ、本気で地球を滅ぼす気だったわよね?」
「う、疑ぐり深い娘じゃのう……。」
「全部、後付けよね?」
鋭く切り込んで来る紅葉の追求。イシュタルは、冷や汗を流しながら、必死に目を逸らした。
「もみじ……。いや、もみんちゃん。かみさま、うそ ついてないの。」
「何故、呼び方を変えた。っていうか、なんで、アンタに分かるのよ、プリ。」
「だって、つかわなかったの、しんき。つかって いれば かんたん だったの。」
そういえば……と、皆は思い出していた。本堂を破壊した時に使った二つの戦槌。あれを使われていれば、全員、初手で葬り去られていただろう。
「イシュタル神の戦槌、シタとミトゥムですね。」
「おおっ。お主、よく知っておるな。」
照彦の呟きに、我が意を得たりとばかりに、胸を張るイシュタル。
「さて、用は済んだ。今度こそ帰るぞ。」
思いもかけない、サッパリとした口調で、イシュタルは別れを告げた。
「あっ、そうじゃ。帰る前に……シシク。」
「なに? かみさま。」
ポ・カマムの肉体が光出し、いよいよ、帰るのかと思った矢先、唐突に話し掛けて来た。
「お前、妾に勝ったとか思うなよ。戦槌もそうじゃが、急拵えの身体で、実力の一万分の一も、出しておらんからの。」
なんて、負けず嫌いなんだ……。皆は呆れた。
「わ、わかっていゆの。」
「本当か? 本当に分かっているのか? さっきの戦闘は、百万分の一の力だからな。」
「だ、だいじょぶ なの。わかってゆの。」
「なら、良し。」
今度こそ、帰る気配を見せた時、照彦を指差して「あっー。」と、声を上げた。
「お主……。」
次の瞬間には、光が消え、ポ・カマムが、呆然と立ち尽くしていた。
「おとうたま……?」
「何? プリちゃん。」
「かみさま、さいご なんだったの?」
「うーん? お父様がトール神だという事に、気付いちゃったんですかね?」
「へっ……。おとうたま とーゆしん なの?」
「隠してましたけどね、そうなんです。」
「またまたー なの。とーゆしんって、もっと たんじゅん なの。ばかっぽいの。おとうたま とは ちがうの。」
「ば、馬鹿っぽいですか?」
「そうなの。でも、つよいの。すごく つよいの。おとうたまは よわいの。」
「そ、そうですか。お父様は弱いですか。」
トール神とお父様の違いを説明しようとして、照彦の肺腑を抉る言葉を捻り出してしまうプリ様。
変な冗談を言わなければ、傷付かなくて済んだのに。と、顔を引き攣らせている照彦を見て、和臣は同情していた。
ピッケちゃんも、可哀想に思ったのか、頭の上に乗って、肉球で、頭頂部を、ポムポムして上げていた。
「がっおーん!」
そこに、突っ込んで来る、ポ・カマム。漸く、頭がハッキリしたみたいだ。再び、照彦の着物の袂に食らい付き、必死で、カジカジし始めていた。
「はーい。ポ・カマム、いらっしゃい。この叔父さんに近付いちゃダメよ。危ないからね。」
「天莉凜翠、お前まで、そんな事を……。」
「冗談ですわ、叔父様。」
リリスは、イタズラっぽく笑って、ポ・カマムを引き寄せた。そして、オフィエルから集落の方向を訊くと、羽を出して浮かび上がった。
「じゃあ、私は、この子を届けて来るわ。先に帰ってていいわよ。」
そう言って、行ってしまった。名残惜しそうに手を振って、ポ・カマムを見送るプリ様。
「しかし、アンタ。確か『個人要塞』とか、言ってなかった?」
紅葉が、そのプリ様を見て言った。鎧は着ているが、ちんまりとした佇まいだ。
「どの辺が要塞なのよ?」
「もみんちゃん……、これは『ふぇお』なの。」
説明になってない。紅葉……モミンちゃんは困惑した。
「なるほど じゃーん。『はじまりの ひともじ』って いみ、もみん。」
「おふぃえゆ。よく、わかって いゆの。」
「あったりまえ じゃーん。くらっかー じゃーん。」
全然、分からん。というか、お前まで、モミンと言うな。
モミンちゃんが、浸透しそうなのを、懸念する紅葉であった。
一方、オフィエルは、軽口を叩きながらも、ビルスキルニルを見て、頭を抱えていた。
『ぷりの やつ、また、つよく なったって かんじ? わたしが てもあしも でなかった いしゅたるを かんたんに やっつけやがった、ぱわーあっぷ。』
今のままでは勝負にならない。来たるべき「東京異世界化作戦」を遂行する際には、ビルスキルニルをも打ち破る力を付けなければ……。
『くっ、ふっふぅー。もえて きた じゃ〜ん。』
恐るべきポジティブさである。オフィエルの頭の中では、もう、ビルスキルニルへの対抗策が、計算され始めていた。
戦い終えて……。皆んなは、夕陽に照らされる、ヘリのカーゴ内で、ウツラウツラとしていた。プリ様を抱えている昴も、おネムである。しかし、プリ様は、その昴の膝の上で、眠りもせずに、何事かを考えていた。
「どうしたの? プリちゃん。」
「おとうたま……。」
話し掛ける照彦の顔を、マジマジと見るプリ様。
「ぷりね、また、つよく なったの。」
「うん。頑張ったね、プリちゃん。」
「でも、ぷりの ちから ぜんぜん よわいの。」
「…………。お父様、よく分からないな。」
プリ様は、フゥーッと、大人びた溜息を一つ吐いた。
「ほんとうに つよい ちから。それは、おかあたま みたいな ちから なの。」
「…………。」
「だれも きず つけないの。らんぼう じゃなく やさしいの。うーんと……。」
プリ様は、足りない語彙力で、必死に、照彦に説明していた。
「敵対者をも、包んでしまう優しさ。それが本当の強さだ。そう言いたいんだね。」
「そうなの。それなの。」
お父様の言葉に、プリ様は、嬉しげに微笑んだ。
「そういう ちからが ほしいの。」
澄んだ声で、そう呟いた。




