アリスコンプッレクスの範疇
犯罪じゃねえの?
照彦を最初に見た、紅葉、和臣は、そう思った。ポ・カマムは、状況がよく分からず「きゅうーん?」と鳴いて、首を傾げた。
胡蝶蘭は、まだギリギリ十代だ。対して、照彦は二十代後半……、若作りなだけで、三十路に足を突っ込んでいるかもしれない。
「あっ、僕、三十一です。お母さんとは、一回り違うんですよ。」
自分を、ジトッと睨んで来る、二人の視線から何かを察したのか、そう言い足した。
『すると、プリが生まれた時は、二十八か……。』
『えええっ。ちょっと待って。ちょっと待ってぇぇぇ。じゃあ、十五のコチョちゃんに、二十七のオッさんが、子種を仕込んだって事? 犯罪じゃん。マジモンの犯罪じゃん。』
和臣と紅葉の視線が、益々厳しくなって来た。ポ・カマムは、照彦が無害そうだと踏んで、ソロソロと近付いてみた。
「いやあ、僕とお母さんは、生まれた時から許嫁みたいなもので……。つい、二人の情熱が、燃え上がってしまったというか……。」
照れて、頭を掻く照彦。二人は『つい、じゃねえよ。このロリコン。』と思っていた。ポ・カマムは、彼の匂いを、クンクンと嗅いでいた。
「ロリコンは酷いな、和臣君、紅葉さん。」
何言ってんだ、ロリコンはロリコンだろ。と、二人は思いかけて……。
「ちょっ、ちょっと待って。アンタ、さっきから、私達の思っている事に返事してない?」
「うげっ?! そういや、そうだ。」
「おとうたまは ひとの こころが よめゆの。」
驚く二人に、プリ様が解説した。
心が読める! ……ロリコン?
「心が読めるロリコンは酷いなあ、紅葉さん。」
「あああっ、すんません。つ、つい……。」
「それにね、僕は十歳くらいの時から、もう、お母さんが好きだったから、ロリコンというより、アリスコンプッレクスの範疇だね。」
アリスコンプレックス? 何それ? 専門用語使わないで。ちょっと怖い。性犯罪者の別名とか?
「いやあ、紅葉さんは辛辣だなあ。」
「あああっ。また、つい。すすす、すんません。」
「紅葉ちゃん、和臣ちゃん、心の閉ざし方を教えて上げるわ。話が進まないものね。」
心に施錠する光景をイメージするという、古式ゆかしい心の閉ざし方を教えて貰う二人。
『た、助かった。これで、あのロリコンに、読心されなくて済むわ。』
「本気で読もうと思えば、どんなガードも、僕には通じませんよ。施錠してない人の心は、音声の様に、普通に聞こえるというだけです。」
「だから、人の心を読むなー!」
とうとう、爆発する紅葉。照彦は、ヘラヘラと笑いながら、その怒りを受け流していた。
「で、あの……、この子は何なんです?」
照彦の右腕の袂に、カジカジと噛り付いているポ・カマム。
「ポ・カマム、おいで。アンタなんかストライクゾーンだから、そのオッサンに、くっ付いているのは危ないわよ。」
「がうっ。がううう。カジカジ。」
「いきなり、遠慮がなくなりましたね。」
「どうせ読まれるなら、本心隠しても無駄でしょ。」
そうかな……。そういうものかな? リリスと和臣は、首を捻った。 藤裏葉は、さり気なく、ポ・カマムを、自分の元に引き戻した。
「もみじー! おとうたまを わゆく いうな なの。」
「ああっ、プリ様ぁ。」
プリ様は、昴の膝枕から起き上がり、トテトテと、照彦の所へ行った。
「おとうたま! よくぞ いらっしゃい ましたの。」
「プリちゃん。頑張ったね。お父様、隠れて見ていたよ。」
隠れて見てないで助けろよ。と、心中で突っ込む紅葉。
「叔父様は……、その、何というか、戦闘能力が皆無なの。」
戦闘能力皆無のテレパシストのロリコン……。それって、完全に社会不適合者なんじゃ……。
「そこまで、酷くはないだろ。というか、一応、プリの親父さんなんだし……。」
まあ、そうか。そこまで言っちゃ、可哀想……。
「おとうたまは かわいそう じゃないのー。」
んっ?
「アンタ達もかー。アンタ達もテレパシーが使えるのかー。」
リリスと、和臣と、プリ様を指差し、紅葉は、驚愕の声を上げた。
「あらあら。長い付き合いだもの。紅葉ちゃんが、何を考えているかなんて、お見通しよ。」
「お前は、すぐ、顔に出るからな。」
「もみじ、ばか なの。」
ケチョンケチョンである。紅葉は、生まれて来た事を、後悔していた。
「おとうたま、おかあたまを なおして あげて なの。」
治す? ヒーリングか?! 紅葉の目が、ギラッと輝いた。
コイツ、敵だ。
能力が被るなんて、こちらの存在意義、アイデンティティまで浸食される……。
「大丈夫ですよ、紅葉さん。貴女は、怪我の治癒専門、いわば外科でしょ。私は、疾患や体力回復、内科です。被ってませんよ。」
「また、心を読んだなー?!」
「いえ、皆んなの言う通り、紅葉さんは顔を見ていれば、だいたい何を考えているのか分かります。」
それって、やっぱり、バカにされているんじゃ……。
と紅葉が気付く間も無く、照彦は、人事不省状態の胡蝶蘭に近付いた。
「おとうたま。おかあたま、だいじょぶ?」
泣きそうな声で問うて来る娘の頭を、父は、ワシャワシャと、撫でくりまわした。
「だいじょぶ。だいじょぶ。お父様に任せなさい!」
いや、アンタ、そんなに頼りになるタイプじゃないよね。
紅葉は読まれないよう、心の奥底で、密かに思った。
「むうううん!」
気合いを入れて、胡蝶蘭の豊かな胸に、手を置く照彦。
どう見ても、犯罪っぽいんだよなあ。和臣も心中で、コッソリ、そう思っていた。
そんな周囲の雑音も入らないみたいに、照彦は集中を続けた。彼がヒーリングを始めてから、数秒間、時が止まったかの様に、全員、身じろぎもせずに、その挙動を見守っていた。
やがて、汗をびっしょりかいて、照彦が顔を上げた。
「おとうたま……?」
「……。プリちゃん、お父様には無理みたいです。早く、病院に連れて行きましょう。」
「お、おとうたまー。」
パニクるプリ様。昴は、そんなプリ様を落ち着かせようと、背中から、必死に抱き締めていた。
「おちつく じゃん、ぷり。わたしの ばいたるちぇっくようきざいで、ちぇっく したって かんじ。ただの ひろうで おひるね。てきせつな しょりを すれば、もーまんたい なりよ。」
「ほんと? おふぃえゆ。」
「ほんとじゃん。あんしん する じゃん。」
ニカッと笑うオフィエルの顔を見て、安堵に胸を撫で下ろすプリ様。
その様子に、リリス、和臣、藤裏葉は、暗澹たる気持ちに落ち込んでいた。
三十一歳の自称ヒーラーより、三歳児の方が、役に立っている……。
三人は、遣る瀬無い目で、照彦を見たが『そう言えば、コイツ、心が読めるんだった。』という、彼の無駄に面倒くさいスペックを思い出し『穀潰し』とか、致命的な単語が頭に浮かぶのを、必死で回避していた。
一方、紅葉はというと『なりよ……?! 新しい語尾ね。』と、妙なところに引っ掛かっていた。
そして、ポ・カマムは、自分を押さえ付ける藤裏葉の右腕を、カジカジと、甘噛みしていた。
「ところで、その子、どうするんです?」
そのポ・カマムを、照彦は指差した。
誰かが、集落に、連れて行ってやるしかない。
「僕が、負ぶって行って、上げましょうか?」
「叔父様、集落の場所、分かるんですか?」
「…………。ああっ、そう言えば……。」
リリスに指摘されて、ポンと手を打つ照彦。来る時は、ゲキリンの能力でテレポートした為、ここから、集落までの正確な位置は、プリ様達にも、分からなかった。
「まかせるじゃん。このしんじゅうれーだーで、しゅうらくの いちは とくてい できるって かんじ? わたしが ひとっとび、つれていく さるたひこ。」
ああっ、やっぱり、三歳児の方が、周到に物事を考えている……。
「お、おとうたまは、ちょっと うっかりさんな だけなの。ほんとは もっと しっかりさん なの。」
という、娘の庇い立てが、余計に、皆んなの涙を誘っていた。




