神王院照彦です
空蝉山上空に、ヘリのローター音が、聞こえて来た。徒歩での下山が難しくなったので、救援要請を出したのだ。
「また、あのロシアの大型戦闘ヘリ……。」
「六連星ね……。」
紅葉とリリスが呟いた。確かに積載量が大きいので、大人数を乗せる分には便利である。
「りりすちゃん、わたしは もう いくわ。」
ヘリ到着とともに、オクは背を向け、去ろうとした。
「あ、あの……。ありがとう……。」
礼を言うと、顔だけリリスの方に向けた。
「でーとの やくそく、わすれないでね。」
「エ、エッチな事はしないわよ。」
「…………。」
「しないわよ?」
「…………。」
オクは、ニヤッと笑って、そのまま姿を消した。
「しないからねー!」
念を押すリリスの声が、虚しく山々に木霊した。
二人が、そんな遣り取りをしている間にも、ヘリはグングン高度を落として来た。
「がっ、がうお。きゅる〜。くぅーん。」
空から迫って来る見知らぬ物体に、ポ・カマムは怯えて、藤裏葉にしがみつき、上目遣いに助けを求めて、きゅんきゅん鳴いた。
『ポッカマちゃん、かわゆいぃぃぃ。』
元々、可愛いもの好きの藤裏葉は我慢出来なくなり、ポ・カマムを抱き締めた。どさくさ紛れに、最初から狙っていたケモ耳にモフモフしたり、やりたい放題だ。
「しかし、着陸する場所がないぞ。」
「そうねえ……。どうするのかしら?」
「大丈夫よ。私が皆んなを、ヘリまで運ぶから。」
和臣と紅葉の会話を聞いて、リリスが張り切って羽を出した。
「そうだな……。あとはピッケちゃんにも手伝って貰えば……。」
ピッケちゃん……? 居ない……。
「あ、あれ? さっきまで、私の背中に張り付いていたのに。」
慌てて、背中を弄る紅葉。しかし、ピッケちゃんの姿は、忽然と消えていた。
ところで、ピッケちゃんは、何処に行ったかというと……。
プリ様パーティがヘリを待っていた地点から、五百メートルほど離れた、さっきまで亜空間ゲートの開いていた真下に来ていた。
「ぴっけ、ぴっけ、うっにゃ〜ん!」
ピッケちゃん、ご機嫌である。その辺りには、ゲートから漏れ出た、天界の気が、満ち満ちていたのだ。神獣のピッケちゃん的には、森林浴をして、マイナスイオンを浴びている感覚だ。
「うにゃ?」
草叢に、何かを見付けるピッケちゃん。
「うにゃん。うにぃぃぃ。」
前足で突いてみるピッケちゃん。噛んでみるピッケちゃん。
「こらこら。食べちゃダメだよ。ピッケちゃん。」
そこに通りかかる、いかにも「うらなり」といった佇まいの、丸眼鏡の男性……。着ている和服も相俟って、明治時代からタイムスリップして来たのでは、と思わせた。
「ぴっけぇぇぇ!」
男性を見たピッケちゃんは、羽を出して、嬉しそうに、その周りをパタパタと飛び始めた。
「見付けてくれたんだね。ありがとう。」
男性は、ピッケちゃんが噛んでいた、水晶の塊の様な物体を手に取ると、大事そうに懐にしまった。
「ぷりぃぃい! きたじゃーん。」
とりあえず、ヘリと連絡を取ろうとしていたら、意外な人物が、羽を付けて降りて来た。オフィエルである。
『あれは、雲隠島で使っていた、イカロスの翼ね……。』
リリスは、オフィエルの背中の翼を、そう断定した。
「なんで、アンタが来るのよ。」
「むつらぼしと ちゃー してたら、ぷりの そうなんの ほうこく びっくり。たすけなくちゃ って おもったのよ。」
紅葉に答えるオフィエルの言葉を聞きながら、リリスは、引っ掛かりを覚えていた。
オフィエルと六連星が、お茶をしていた?
「ねえ、オフィエル……。」
「ぷりー。」
問い質そうとしたら、オフィエルはプリ様の方へ行ってしまった。
プリ様は、昴の膝枕で、体力回復中であった。すぐ近くに、胡蝶蘭も寝かされていた。
「おふぃえゆ……。ありがとなの。」
戦闘による疲労困憊と、胡蝶蘭が倒れた事による精神的ショックで、ボロボロのプリ様であったが、自分の危機を聞いて駆け付けてくれた、オフィエルの友情が有り難く、弱々しくも微笑んでみせた。
「おまえ どうしたじゃん? らしくないって きょうてき?」
息も絶え絶えのプリ様の様子に、目を剥くオフィエル。七大天使を三人も打ち破ったプリ様を、ここまで追い詰めた敵の存在を、信じ兼ねているみたいだった。
「神様でも手を焼く化物を、一体葬ったのよ。こうもなるわ。」
「かみさま でも……。」
紅葉に教えられ、驚いた口調で呟いた。
「と言うか、オフィエル。お前、絶対、オクに利用されているぞ。」
堪り兼ねた口調で、和臣が怒鳴った。
「あいつの目的は、プリを『シシク』という刀に打ち上げる事なんだ。お前達七大天使は、その為の当て馬にされているんだよ。」
衝撃の真実にショックを受けるかと思ったが、オフィエルは、和臣の言葉を冷静に受け止めた。
「わかって いるって いまさら。でも、わたしたちも、おくを りよう している じゃーん。おたがいさま って かんじ?」
ギブ&テイク。三歳児とは思えない、冷めた考え方に、和臣は、少し、たじろいだ。
「かずおみ……、だいじょぶ なの。おふぃえゆ、ちゃんと とめゆの。ぷりが とめゆの。」
だから、オフィエルの進む道を、否定しないで欲しい。プリ様は、苦しい息で、そう伝えていた。そして、利害関係さえ、ぶつかり合わないのなら、本当は、オフィエルの志を応援したいのだ、という心情が滲み出ていた。
オフィエルは、零れ落ちそうな涙を止める為、天を仰いだ。プリ様の思い遣りが沁みて来て、緩みそうになる心を引き締めた。
「お、おまえは どうしたい じゃん? 『ししく』に なりたい って しんろしぼう?」
オフィエルに訊かれて、プリ様は、ちょっと、目を細めた。
「『シシク』になんか、なりたい訳ないでしょ。」
「そ、そうですよ。それこそ、オクちゃんの思う壺じゃないですか。」
「が、がう。がっおーん。」
紅葉と、藤裏葉が、抗議した。藤裏葉にくっ付いているポ・カマムは、よく分からないながらも同調した。
「ぷりは『ししく』には ならないの。」
うん、うん。と頷く、紅葉、藤裏葉、ポ・カマム。
「でも、ちからは ひつよう なの。『ししく』の ちからは……。」
プリ様は、オク、そして、場合によっては、神々とも戦う事を想定していた。
皆んなを守る為に。
玲と戦った時の能力を、取り戻さなければならない。
『ふぁれぐは ぷりの のうりょくを ひきだせた みたい じゃん。』
ファレグでなければダメなのか? そう思って、オフィエルは首を振った。
『わたし だって、ぷりの しんゆう じゃーん。なにか してやれると おもうのよ?』
そこまで考えて、ふと、ポ・カマムに目が止まった。
「お、おまえ、なんじゃん? その みみ なんじゃん? どんな こうぞうに なっているって ぎもんすぎる。」
好奇心剥き出しに迫って来る、オフィエルの異様な手付きに怯えて、ポ・カマムは、藤裏葉の後ろに隠れた。
「ぶぶぶ、ぶんかい させる じゃあああん。」
「が、がうぅぅぅ。きゅう、きゅきゅーん。」
興奮を隠せないオフィエルに、パニック状態のポ・カマム。そのポ・カマムに、しがみ付かれて、至福の表情の藤裏葉。
「はいはい。いい加減にしなさい。怖がっているでしょ。」
「いたい じゃーん。」
リリスに耳を引っ張られて、オフィエルの野望は潰えた。
「私と貴女で、皆んなをヘリまで運ぶわ。その為に来たんでしょ?」
「そ、そうだった じゃーん。わすれて たって、てへぺろ。」
撤退に入ったリリスに、紅葉が手を挙げた。
「ピッケの奴は、どうすんの?」
そうだ、ピッケちゃん……。と思った、その時、パタパタというピッケちゃんの羽音が聞こえて来た。
ピッケちゃーん! 全員が音のする方を見ると、ピッケちゃんを背中に付けて、飛んで来る和服の男性が……。
「お、おとうたま?」
驚いて声を上げるプリ様。全員、男性を二度見した。
「はっ、はい。僕がプリちゃんのお父様。神王院照彦です。」
どう見ても冴えない三十路の男は、そう自己紹介した。