ぱるうぁそるQ
ものすごく つかれたの……。
ウルリクムミの消滅した地表に降り立ったプリ様は、全身を蝕む疲労感に、思わず膝をついた。
「プリ様ー!」
昴が、五十メートル二十秒くらいの速さで、駆けて寄って来る。その姿をぼんやりと見ながら、二人の姉に目を落としたプリ様は、錆び付いた刀身に気付き、ギョッと目を剥いた。
「げきりん! とらのお!」
「大丈夫だ、プリ。狼狽えるな。」
「そうそう。また、昴の中で、たっぷり魔法子を浴びるとするさ。」
三人が話していると、漸く、昴がやって来た。
「プリ様〜。お労しい。こんなにお疲れになって……。」
ギュッとプリ様を抱き締める昴。彼女の周りからは、癒しのオーラとでも言うべき光が溢れ、三姉妹を包み込んでいった。
『そっか、そっか。すばゆに だかれゆと つかれが とれゆのは……。』
泣きながら頬ずりをして来る、昴の温かさを感じつつ、プリ様は悟った。
『すばゆが……ぷりの……さや だから……。』
プリ様が気を失うと、二本の刀は光となって、昴の中に消えていった。
未だ滞空中のリリスは、そのプリ様の御様子を見て、ニヤリとオクに笑いかけた。
「あらあら、貴女の目論見、外れたみたいね。プリちゃんは『シシク』になんて成らなくても、ウルリクムミとの戦いを凌ぎ切ったわ。」
オクの悔しがる顔を見れると思ったリリスは、自分の方に向けられた目に、違和感を覚えた。むしろ、歓喜で震えているみたいなのだ。
「ふっふっふっ。りりすちゃん、いまの わたしの こうようかんが わかるかしら?」
「えっ?!」
「『ししく』すばらしい ちから だわ。くうかんと じかんを そうぞうする にほんの かたなを、あそこまで つかい こなす なんて……。」
「…………。」
てっきり、姉達の力を、借りただけだと、思っていた。だが、至高の名器が使用者を選ぶが如く、ゲキリンとトラノオの真の能力を引き出せる者は、神に近い者だけであったのだ。
「まちがいない。あのこは さいこうの いっぽん として うちあがる。こうなれば、なんとしても……。」
オクの言葉を遮って、紅葉の悲鳴が上がった。
「くくく、空間の裂け目から、もう一体降りて来るわよー。」
オクの読み通りであった。
「…………。りりすちゃん、やくそく おぼえて いるわね?」
「デート一回でしょ。覚えているわ。」
「さんかいよ、さんかい。さりげなく げんすう しないで。」
チッ、と心の中で舌打ちするリリス。
「分かっているわ。」
「ほんとうに わかってる? でーとって、ゆうえんちに いって、おちゃして おしまい、じゃないのよ。」
「?」
「ほら、わかってない。」
ここでオクは、深く息を吸った。
「夜になったら、ホテルに行って、セックスするまでがデートなのよ。」
いきなり、大人の口調にならないでー。リリスの全身が総毛立った。
「わわわ、私は、まだ、中学生なので、そんなデートはしません。」
「だいじょうぶよ、りりすちゃん。こわくない。わたしの もてる てくにっくの すべてを つかって、きっと まんぞく させてみせる。」
「ちがっ、だから、しないって、そんな事。」
「えっー。(不満)」
「ほらほらほら、ウルリクムミが降りて来ているわ。戦いに集中しなさい。」
言われてオクは、チラリと、ウルリクムミを見た。
今度の奴は、身体中が銀色に輝いていて、見た目からも、グレードアップ感が漂っていた。
地上で見上げる、胡蝶蘭、和臣、藤裏葉は、瞳に絶望の色を湛え、ポ・カマムは事態を把握出来ずに呆然とし、昴は気絶しているプリ様に、頬ずりや愛撫をするのに忙しく、見てなかった。
「どうすんの……。プリが力尽きちゃったっていうのに、更に、こんな化物……。」
さすがの紅葉も戦意を喪失している。
その近くで、リリスは、必死に、オクをけしかけていた。
「ほら、この時の為に、戦力を温存していたんでしょ? 出番よ。」
「うーん。でもねー。でーと しても、せっくす できないんじゃねー。やるき でないなー。(棒)」
セックス、セックスと恥ずかしい人ね。
赤面していたリリスが、気付かないうちに、オクの顔が間近に迫っていた。
「じゃあ、なにも しないから、ほてるで ひとばん いっしょに すごすのは いい?」
「えっ……。一晩一緒に……。」
オクと一晩過ごす。それは、飢えたケダモノの居る所へ、裸で飛び込んで行くようなもので……。
「ええっ?! それすら いや なの? わたし だって、りりすちゃんの たのみに おうじて、それなりに いのちがけで たたかうのに……。」
正直、リリスは、今でもオクを毛虫の様に嫌っていた。オクとお泊りするくらいなら、乱橋と混浴する方がまだマシだ、とまで思っていた。だが、そう言われると、頼んだ手前、嫌とは言えず……。
「わ、分かったわ。」
「えっ! ほんと?」
「一緒に泊まるくらいなら……。」
「やったー。やくそくよ。」
短い腕を、自分の首に回して、喜んで抱き付いて来る、オクの子供っぽい仕草に、ついリリスも、フッと、気を緩めた。
しかし、世の中で、一番信用してはいけないのは「何もしないから、ホテルに行こう。」と言う奴なのである。そもそも、何もしないのなら、ホテルになど、行く必要は無いのである。
『くっくっくっ。つれこんで しまえば、こちらの ものよ。わたしの むじゃきな えんぎに せいぜい ゆだん なさい。りりすちゃん。』
実際、オクも、腹の中では、こんな事を考えていた。危うし、リリス。
「や、約束したんだから、倒しなさいよ。」
「おーけー。ぜんりょくで いくわ。ごびょうで おわらせて あげる。」
銀色のウルリクムミは、ドッカと、地面に足を付けた。最初のウルリクムミもそうだったが、重力制御でもされているのか、降りて来る時には、巨体に似合わず、それ程の震動はなかった。
「きたばかりで、わるいけど……。」
オクは、両手を縦に開いて、叫んだ。
「ばーちかるかったー!」
ヒュインッ、と鋭い音が響き、可視化される程の魔法力が、一瞬で、ウルリクムミを真っ二つに切り裂いた。
「つづいて、ほりぞんたるかったー!」
二つにされたウルリクムミが、倒れるよりも早く、今度は、横に切断され、四つの塊になった。
こんな力を隠し持っていたのか。隣で見ていたリリスは、慄然としていた。
このウルリクムミは、最初のものより、明らかに強い。それなのにオクは、まるで、豆腐でも切るかの如く、スパスパと切り裂いていた。
「とどめよ。ぱるうぁそる きゅう!」
オクが、胸の前で、ボールを持っているみたいに、両手を差し出すと、二つの掌の間に、灼熱の球体が現れた。彼女が、それを押し出すと、球は四つに分かれて、それぞれが、ウルリクムミの四つの塊に飛んで行った。
「わたしは おく。たいようの けしんよ。」
球が当たっただけで、ウルリクムミの塊は、全て蒸発してしまった。
「あっははは。いしゅたるや、ほかの よわい かみがみは、こんな やつに てこずって いたの?」
勝ち誇るオク。プリ様パーティの仲間達も、その圧倒的な力を見せ付けられ、改めて恐怖を覚えていた。
「あっははははは……はっ?」
滞空していたオクは、突如バランスを崩して、落下し始めた。慌てて彼女を、リリスが受け止めた。
「ど、どうしたの?」
「ちょっ、ちょっと ちからを つかい すぎた みたい。」
本当に全力でやってくれたんだ……。自分の頼みに、そこまで応えてくれたオクを、ほんの少し見直していた。
「まあ、でも、こうやって りりすちゃんが おひめさまだっこ してくれるなら、がんばった かいが あったわ。」
軽口を叩くオクを抱いて、リリスは地面に降り立った。続いて、紅葉も降りて来た。
ともあれ、これで終わったんだ。皆んなが、そう思っているなか、胡蝶蘭だけは、空を睨み続けていた。
『裂け目が、まだ、閉じてない……。』
その時、天の裂け目から、巨大な黄金の足が見えて来た。破滅をもたらす、最後のウルリクムミが降りて来たのであった。