だから、私達は、この戦場に来たんだ。
ウルリクムミ討伐に意気上がる三人。
「げきりん、とらのお、どういう つもり?」
それに水を差すように、オクが問い掛けた。
「あなたたち だって、ししくの のうりょくは ひつよう でしょ?」
「…………。」
オクに言われ、二人は黙った。
「さいしゅうもくてきを わすれないで。」
「忘れてはおらん。」
ゲキリンが言い返した。
「そうそう。でもね、イシュタルに啖呵切っちゃったんだ。お前が何を呼び出そうと、斬って捨ててやるって。」
おどけた口調で、トラノオも口添えした。
「うゆさいの、おく。これは さんにんの もんだい なの。」
更にプリ様にダメ出しされて、凹むオク。
「プリ。ヤールングレイプルをトラノオに。メギンギョルズを我に貸してくれ。」
「おちちゃうの。めぎんぎょゆず ないと……。」
「大丈夫。三人がリンクすれば問題無いよ。」
むしろ、リンクすれば、全員が三つの神器の力を使えるようになるのだ。
「わかったの。いくの、めぎんぎょゆず、やーゆんぐれいぷゆ。」
プリ様が呼び掛けると、二つの神器は消え、それぞれ、ゲキリンとトラノオに装着された。
「なに? けしきが みっつ みえゆの。」
「私達は、元々、三人で一人なのさ。」
「今は、お前が完全じゃないので、三つの神器を介して、我々は繋がっているのだ。」
「とらのお、げきりん……。」
感心した様に、二人の姉を見詰めるプリ様。
「ぜんぜん わかんないの。なに いって いゆのか。」
「そ、そう?」
「うむ……。」
ちょっと引き攣る、二人の唇。
「と、とにかくだ。これで、お前の力も三乗だ。思いっ切りミョルニルを、あの化物に叩き付けてやれ。」
ゲキリンに言われ、勇気百倍。プリ様の腕に籠る力。更に、淡い光の球体が、三人を包み込んだ。
「行っけー! プリ。」
「おおう! なの。」
光の球は、無数の岩の腕を薙ぎ払いながら、猛スピードでウルリクムミの懐に飛び込んで行った。
周りで見ていた仲間達も「おおっ。」と、声を漏らした。なんか、いけそうじゃね? という勢いであった。
「みょぉぉぉゆぅぅぅにぃぃぃゆぅぅぅ!」
帯電し、火花を散らしている、ミョルニルを振りかぶって、力任せに叩き付ける……。が、ウルリクムミの表面には、皹一つ入っていない。
「……からの『ぐらびてぃうぉーゆ』!」
恐らく、プリ様お一人の力では、出せなかったであろう、ウルリクムミの上半身程も大きなグラビティウォールが出現した。
それは、十六角形の暗黒の面の周囲に、幾何学的装飾の施された、とても美しい形をしていた。
しかも、前面にある物だけを吸い込む、などという、ぼんやりした指向性ではなく、標的のウルリクムミのみを吞み込もうとする、グラビティウォールの完成形とも言える性能なのだ。
「これは……凄いな。」
ウルリクムミの足元で、グラビティウォールを見上げていた和臣も、思わず感嘆の声を上げた。
「能力の発露として、とても美しいのは分かるけど、正直、私には、何がそんなに素晴らしいのか、今一つ、理解出来ないわ。」
胡蝶蘭が、見とれている和臣に訪ねた。
「グラビティウォールという、重力子を使った技を、魔法子という別の力で制御しているんだ。」
「……そうか。」
胡蝶蘭も得心した。普通の人間なら、一つの能力を操るので精一杯だ。二つの異なる能力を、同時に使いこなすなど、もはや人間の所業ではない。
しかし、それを見ただけで分かる和臣も大したものだ。
胡蝶蘭は感心しつつも、我が娘のスペックの高さに、口元が緩むのを、禁じ得なかった。
「うふふふ。さすがプリちゃん。破壊のプリンセスの異名は、伊達じゃないわね。」
自慢して、胸を張る胡蝶蘭。親バカである。
この人、これさえ無ければなー。と、和臣は頭を振った。
「何はともあれ、これで決まりだろう。いくらウルリクムミが規格外でも、これ程の技を繰り出されては……。」
和臣の呟きは、プリ様パーティ全員の考えを代弁していた。実際、何をやっても、丸で通じなかったウルリクムミが、グラビティウォールに引き摺られ始めている。だが……。
「ぐがらがあああああ!!」
突如、ウルリクムミが吠えた。巨岩が擦れ合う様な音だった。彼は、その岩の口を大きく開けて……。
「す、すいこんで いゆの! ぷりの ぐらびてぃうぉーるを……。」
プリ様が驚愕の声を上げた。ウルリクムミは、お煎餅でも食べるかの如く、その口内に、グラビティウォールを吸収してしまった。
「なんて奴だ……。」
ゲキリン、トラノオも、ウルリクムミの力を、これ程とは思っていなかった。
「さあ、わかった でしょ? あなたたちも。うるりくむみを げきたい するには、ぷりちゃんが『ししく』の ちからを つかうしか ないのよ。」
オクの言葉を聞き、ミョルニルを握るプリ様のお顔が、苦悶に歪んだ。そうしている間にも、ウルリクムミは大きくなっていき、地球滅亡の危機が迫っている。
「貴女がやっつけなさいよ。出来るんでしょ?」
プリ様に能力の覚醒を促すオクに、リリスが迫った。
「だめよ。わたしの せんりょくは おんぞん しておかないと いけないの。」
「温存? 何故……。」
言いながらリリスは、オクが、空間の裂け目を、睨んでいるのに気が付いた。
「まさか……もう一体来る……。」
「そういう くえない おんな なのよ。あいつは……。」
第一陣を全力で倒して、力を使い果たした時、絶望をもたらす第二陣が来る。過去に散々見て来た、イシュタルのやり口だ。
「だから、いったいめは ぷりちゃんが たおさなければ いけないの。」
そんな事言ったって。能力を使えば、プリ様はシシクになってしまう。
皆んなは、ウルリクムミの眼前に滞空する、プリ様を見上げた。
「やるしか ないのー!」
悲痛な声で叫ぶプリ様。そのプリ様を、両側から、二人の姉がソッと抱いた。
「私達も、お前の『力』は必要だけどね……。」
「だけど、心の整理の付いてないお前に、覚醒を強要するみたいな真似はしたくないのだ。」
だから、私達は、この戦場に来たんだ。
二人の声がハモった。
「あなたたち、なに かんがえて いるの?」
決意を秘めた二人の表情に、何かを感じ取ったオクが問い質した。
「きょうきゅうの ない ところで、まほうしを ほうしゅつ すれば、とうしんが さびつく わよ。」
「構わぬ。」
「また、昴の中で、暫く眠るさ。」
待ちなさい。と、止めようとするオクに背を向け、ゲキリンとトラノオは、プリ様の方に向き直った。
「我等は、これより、刀の姿に戻る。」
「私達を両手で握って、奴に斬り込んで行きな。」
それだけで良い。と、また、二人の言葉がハモった。
そして、次の瞬間には、プリ様は刀となった姉達を、その手に収めていた。
『さあ、行け。プリ!』
『やっちゃいなー!』
二人の姉の言葉が、頭に響く。「うおおおー、なの!」と雄叫びを上げて、プリ様は、戻って来たメギンギョルズの羽を発光させながら飛行し、ウルリクムミに向かって、飛び込んで行った。
当然、岩の腕の妨害はあったが、あれ程攻めあぐねていた腕達を、あっさり斬り飛ばしながら、プリ様はウルリクムミの胸に、ゲキリンで一太刀浴びせた。
『我の一撃は、奴の体内に、無数の空間を作り出し……。』
更に、トラノオで、もう一太刀。
『私の一撃は、奴の体内の時間を、一気に五十六億七千万年経過させる……。』
体内に作られた空間で、身体を構成する分子の結合を、強制的に緩められ、加えて、凄まじい経年劣化を起こしたウルリクムミの全身は、もう、綿飴よりもスカスカであった。
『今だ、プリ! トドメだ。』
「わかったの!」
高く飛び上がったプリ様は、二振りの刀で、頭から袈裟斬りにした。
堅牢なる岩の怪物、ウルリクムミは、粉々になって、砕け散った。