貴女は私の誇りです
ウルリクムミの身体から、無数の岩の手が生えて、飛びながら攻撃しているオクとリリスへ、硬いパンチが雨霰と降りかかった。
オクは、スルリスルリと、余裕で躱していたが、死角から来た一発が、脇腹に吸い込まれる様に……。
ガチンッと、硬質な音が響いた。間一髪、天沼矛が、オクに当たる寸前の一撃を防いでいた。
「り、りりすちゃん。やっぱり わたしの ことを……。」
「違うわ。今、貴女に死なれても困るでしょ?」
「おれいに、でーとの ときは、しばって むちで たたいて、あたまを ふみにじって あげる。」
「貴女、私を、どんな性癖持ちだと、思っているの?」
怒りで我を忘れていても、岩のパンチは、キッチリと弾き返すリリス。その勇姿を見ながら、オクは、ウットリとしていた。
『ああっ。これよ、これ。りりすちゃん との きょうとう。めばえる しんらいかんけい。ふかまる しゅじんと どれいの きずな。やがて、ふたりは、たがいの にくたいを むさぼりあう かんけいに……。』
そんな(下らない)事を考えていると、オクの周りで岩の拳が、何発も、天沼矛に弾かれる音がした。
「何、ボウっとしているの。戦闘に集中して。」
「は、はい。」
リリスに怒られたオクは、半泣きで、ウルリクムミに向き直った。
「痛いー。こら、娘! 神である妾に対して、なんと不敬な。」
地上では、頭を叩かれたイシュタルが喚いていた。
「うるさい。叩きでもしなけりゃ、気が治らんわ。」
「おのれ〜。妾の前に、跪くがよい。」
神威を高めるイシュタル。しかし、紅葉は、先程と違って、平気な顔で立っていた。
「何? 神をも恐れぬとは。貴様、悪魔か?」
イシュタルが、驚愕の声を上げた。
『あながち、違うとも言えないよな……。』
『もみじ、せいかくが あくま なの。』
イシュタルの言葉に、頷き合う、和臣とプリ様。
「私はねえ、偉大なる処女神、アルテミス様の加護を受けているの。魂の芯に、アルテミス神の分霊が在るのよ。貴女みたいな邪神には、決して跪かないわ。」
その邪神と、寝ようとしたクセに……。
胡蝶蘭、藤裏葉、和臣は、大見得を切ってドヤ顔の紅葉に、心中で突っ込みをしていた。
「おおっ、アルテミス。あの獣臭い小娘か。だから、お前は、妾の依代である、この熊の神獣の身体を欲したのだな?」
イシュタルの発言を聞き、プリ様と和臣は、ハッと、紅葉を見た。果たして、彼女のコメカミでは、はち切れんばかりに、血管がビクビクと脈打っていた。
「トラノオ……。アンタ、こいつに、恨みが有るんだよねえ?」
「う、まあ……。」
紅葉に、いきなり、話を振られて、トラノオは、ちょっと、ビクついた。
「身体中を、なます斬りにしてやりな。」
「だ、だが、ゲキリンとプリに止められて……。」
「大丈夫。死ぬ一歩手前なら、私のヒーリングで助かるから。」
紅葉がヒーリングをする? それ、全然助かってない。
チラリと自分を見て来るトラノオに、プリ様は、激しく首を横に振った。
「ふっ、何やら不穏な話をしておるな。ウルリクムミも召喚したし、妾は帰るとするか。」
「まおうの さいご。みないで いいの?」
帰還しようとするイシュタルに、プリ様は訊ねた。
「シシクよ。ウルリクムミが来た時点で、魔王の打倒は確定的だ。少なくとも、この星で、おのれら三本の刀が発動する可能性はゼロとなったのだ。」
その言い方だと、魔王の存在より、三本の刀が揃う方が、脅威みたいに聞こえるわ。
イシュタルの台詞に、胡蝶蘭は、そう思っていた。
「まあ、心配するな。約束は守る。この星の生き物は、全て、別の星で、バージョンアップした一生を送らせてやる。」
一瞬、慈悲深い表情を見せるイシュタルだったが、すぐに厳しい顔つきで、プリ様を睨んだ。
「だが、シシク。お前だけは別だ。その魂が『創造する刀』として打ち上がる前に、二度と転生出来ぬよう幽閉する。」
自分を指差す暴虐たる神を、キッと睨み返すプリ様。そのプリ様を、胡蝶蘭が、後ろから抱き締めた。
「酷いです、神様。この子が何をしたというのですか?」
「女……、胡蝶蘭と言ったか……。お前は、シシクに、今生での肉体を与えただけだ。そやつの魂は、魔王が作り出したのだ。」
「魂を……魔王が……?!」
「本来なら、受肉も魔王が行う。そして、生物として、生存競争に身を置き、刀身を鍛えられ、最終的に、肉体という繭を脱ぎ捨てて、輪廻転生からも外れた究極的な存在となるのだ。ゲキリンやトラノオの様に。」
イシュタルの言葉に、胡蝶蘭は、ゲキリンとトラノオを見た。二人は、沈痛な面持ちで、頷いた。
「サッサッと、前世で、ケリを着けておけば良かったのだ。まだ、赤ん坊のシシクを、捕らえたのだからな。それなのに、トール神の奴が、温情を出して……。」
「そうだ……。絶対にシシクとして打ち上がらない、筋骨隆々の男の肉体に、魂を入れるのと引き換えに、プリは前世で生きるのを許された……。」
述懐するイシュタルに、相槌を打つ様に、ゲキリンが続けた。
肉体が女性で有る事。戦いの人生を勝ち抜く事。魔王が受肉する事。
それが「創造する刀」シシクの刀身を鍛え上げる為の条件なのだ。
「成る程。だから、オクは、幼女神聖同盟を組織し、七大天使をプリと戦わせているのか!」
和臣が、腑に落ちたという感じで、声を上げた。
「シシクは三本の刀の要。決して完成させるわけにはいかん。」
「でも、プリちゃんは、私が産んだんです。魔王が受肉した訳じゃない。もう、シシクになる条件は、満たしてないじゃないですか。」
断言するイシュタルに、胡蝶蘭が、堪り兼ねたかの如く、抗議した。言われたイシュタルも、明らかに困惑した表情になった。
「あの化物を引いて下さい。今世では、プリちゃんは、可愛い私の娘なんです。人生を全うさせて上げて……。」
「しかし、魔王は、明らかにシシクを鍛えている。打ち上げる算段が、何かあるのだ。」
そう言って、イシュタルは、マジマジと胡蝶蘭の顔を見た。
「まさか、お主……。魔王……?」
胡蝶蘭が魔王?! ないないないないない。と、イシュタルの台詞に、藤裏葉、和臣、紅葉は手を振った。
その時、上空で戦っていた、オクとリリスが、遂に、石のパンチを当てられ、皆んなのいる場所に、墜落して来た。
「いしゅたる! あんた とんでもない やつ、よびよせた わね。」
「ふっふっふっ。奴の身体は、天と地を切り分けたという、原初の剣でしか切れん。その強度の前には、魔王の技といえども、児戯に等しいわ。」
イシュタルは嘲笑い、手を振った。
「ではの。妾は帰る。精々、足掻くが良い。」
言い終えた途端、糸が切れたみたいに、ポ・カマムの身体が、崩れ落ちた。
「こぐまたん!」
慌てて駆け寄るプリ様である。
「すばゆ、こぐまたんを たのむの。」
「プリ様は?」
「ぷりは、うゆりくむみを ぶっとばすの。」
プリ様は、ミョルニルを構え、飛び立とうとして、胡蝶蘭の方を振り返った。
「おかあたま、だいじょぶ なの。ぷり、まけないの。」
「プリちゃん……。」
「みんなを まもゆの。じぶんの せいぎを つらぬくの。それが……。」
プリ様は、涙を堪える様に、天を仰ぎ見た。
「れい との やくそく なの……。」
ああっ、此の期に及んでも、この子は、人々を守る事を考えているんだ。自分の魂の先行きなど、一顧だにせず……。
「プリちゃん。貴女は私の誇りです。思いっ切り戦って来なさい。」
「おかあたま!」
「もし、貴女が力尽きたときは、お母様が、きっと、守ります。」
胡蝶蘭に、ニッコリ微笑まれ、プリ様も、勇気百倍となった。
そして、勇んで、ウルリクムミを討つべく、飛び立って行った。