もう、だれひとり ぎせいに しないのー。
亜空間ゲートが開けば、破滅をもたらす者が降りて来る。オクから、そう聞かされたリリスは、此処が正念場だと、気を引き締めた。
「今現在、貴女と私達は、利害が一致しているわ。一時、休戦しない?」
「また、たたかれたいの? りりすちゃん。こうしょう なんて ひゃくまんねん はやいわよ。」
「でも、実際……。」
「わたしから じょうほうを しゃだん していた くせに、つごうの いいとき だけ たよる。ばかに されている としか おもえないわ。」
そう言われ、リリスは虚を突かれた。考え込んだ彼女を見て、オクは、密かに、ほくそ笑んだ。
『ふふふ。ざいあくかん かんじている みたいね。こうやって つきはなしてから、てを さしのべて あげれば、おくさま すてきー! すきすき。と、なるはず……。』
人類が滅びるかもしれない局面すら利用して、リリスを堕とそうとするオク。彼女は、期待に胸膨らませながら、ソッと、リリスを盗み見た。
「そうね……。確かに、ムシの良い話よね……。」
良し、今だ。オクが、満を持して、リリスの話を受け入れようとした、正にその時、リリスの手の中に、黄金に輝く鉾が現れた。
「私が間違っていたわ。追い詰められていたとはいえ、魔王と手を組もうなんて……。」
「あ、あれ? りりすちゃん?」
「オク。貴女を倒す。貴女が消えて失くなれば、イシュタルの、極端な行動を、止められるかもしれないもの。」
「い、いや、りりすちゃん。ちょっと、まって……。」
ジリジリと迫って来る、鉾先から逃れつつ、リリスの得物をよく見たオクは、その神器が、何であるかに気が付いた。
「あ、天沼矛……!」
「そうよ。千年様から頂いた、私の武器。」
千年様は、美環山という所に住む、白い蛇神で、リリスの父である龍神の眷属である。
『そうか。りゅうじんの やつ、なんでこんな、りゅう でも、ひと でもない、ちゅうとはんぱな はんしんはんじんのこを うみだした のかと おもっていたけど……。』
リリスの本来持つ、龍神の能力。それを百パーセント引き出せるよう、ちゃんと仕込みはしていたのだ。それも、かなり周到に……。
『やっばー。げきやば じゃない? りりすちゃんと あめのぬぼこ なんて、あいしょう よすぎるでしょ〜。』
固まってしまったオクを見て、勝機ありと判断したリリスは、更に鉾先を近付けて来た。
「あらあら、どうしたの? オクちゃん。もしかして、天沼矛が怖いのかしら?」
どうする? どうしよう? オクは頭脳をフル回転させた。
見た感じ、リリスは、天沼矛の本当の使い道に、気が付いてないようである。しかし、迂闊に戦闘などをすれば、どんな拍子で覚醒するやもしれない。それだけは、絶対に、避けねばならないのだ。
「わ、わかったわ、りりすちゃん。あめのぬぼこ なんて、ぜんぜん こわくない けど、あなたの ひっしさに こころ うごかされました。」
オクは神威を強めながら、努めて威厳を持って話した。
「こんかいは かみ として、じゃしん いしゅたるの とうばつに ちからを かしましょう。」
オクが言い終えた時、今気付いたという様子で、トキが話し始めた。
「娘よ。その鉾の使い方だが……。」
「ととと、ときさん。なにを おっしゃる つもり なのかしら。」
「いえ、何。貴女と面白い戦いが出来るよう、少しアドバイスを……。」
「ときさん。わたしの はなし、きいてませんでした? りりすちゃん とは たたかいません。いしゅたるを とうばつ します。」
焦燥のあまり、丁寧語になってしまうオク。しかし、リリスは、そんなオクの様子など、気にも留めてなかった。もっと、気になる事があったからだ。
「トキ……さん? もしかして、昴ちゃんの面倒を見ていた?」
「おおっ、そうだ。昴様は、前世でも、私が育てたのだ。」
昴が作り上げた、偽の記憶。その登場人物の「トキ」が実在している?
腑に落ちず、リリスは、首を捻った。
昴の超訳により、静まり返る一同。一人、プリ様だけが「そうなの。そう、いいたかったの。」と、腕を組んで、頷いていた。
「成る程の〜。お前達が、何にこだわっているのかは、良く、分かった。」
分かってくれたか?!
「では、こうしようぞ。この地球と、全く同じ星を用意し、そこで、全く同じ人間関係を維持したまま、転生させてやろう。その世界には、ただ、魔王がいないだけだ。」
んっ? それなら良いのか……? 皆が納得しかけた時、トラノオが叫んだ。
「プリ、皆んな、騙されるな。魔王とて、この世界を構成する要素の一つ。排除されて、全く同じ世界になど、なる筈もない。」
彼女は、イシュタルに飛びかかった。
「お前達に創造されたとはいえ、この星の生き物達は、必死に生きて、命の営みを続けて来たんだ。神々の都合による、世界の改編など、許されるものかー!」
トラノオの手刀が、イシュタル(=ポ・カマム)の首を、切り飛ばそうとした時、プリ様のミョルニルが、それを防いだ。
「だめなの、とらのお。こぐまたんを こよしちゃ だめなのお。」
「何処まで愚かなんだ、プリ。ポ・カマムどころか、全世界が滅びるんだぞ。」
「こよさなくても すむの。せかいも、こぐまたんも、すくうの。できゆの。」
「そんな……。そんな方法が……。」
愚直なまでの、妹の純粋さが、それ故に不憫で、トラノオは涙した。
「なかなくて いいの、とらのお。だいじょぶなの。」
何が大丈夫なんだよ。と、トラノオが思っていると、プリ様は、クルリと、イシュタルの方を向いた。
「かみさま、すきに すればいいの。うゆりくむみ よべば いいの。そしたら、こぐまたんを かえしてくれゆ?」
「まあ……。ウルリクムミを呼び出せば、もう、用は無いからな……。じゃが、良いのか? シシク。この星を滅ぼしても。」
「だいじょぶなの。ほよびないの。」
プリ様は胸を張り、堂々と言い切った。
「ぷりが やっつけゆから。うゆりくむみ なんて。」
全然、大丈夫じゃないし、やっぱり、何も考えてない。呆然とするトラノオに代わって、ゲキリンが飛んで来て、プリ様の頭を叩いた。
「い、いたいのぉ。」
「おーまーえー。長髄彦の言葉を、聞いてなかったのか? 奴は、ウルリクムミは、イシュタルでさえ敵わなかった、バケモノだぞ。」
涙目で頭を摩るプリ様に、ゲキリンが捲し立てた。
「おい、お前等。一つ断っておくが、妾は負けたのではないぞ。魅了してやろうとしたのに、あの石ころ野郎は、見向きもしなかっただけじゃ。」
イシュタルが何か言っていたが、プリ様とゲキリン、トラノオは、無視して議論を続けた。
「とにかく、もう、ポ・カマムは諦めろ。お前は、この世界を守る者であろう?」
「せかいを まもゆの。こぐまたんも まもゆの。も、もう……。」
言葉を詰まらせ、泣きそうな顔になるプリ様。
「もう、だれひとり ぎせいに しないのー。」
プリ様が吼えた。
『プリ様……。玲ちゃんの事を……。』
頑ななプリ様の言葉の意味を理解し、皆は、何も言えなくなった。
「シシクよ、見事だ。感動したのじゃ。何かを守る為に、誰かを犠牲にする。妾が間違っていた……。」
「かみさま……。じゃあ、もう、げーと ひらかない?」
「うむ。そうじゃの……。」
皆が、ホッと、顔を見合わせた。イシュタルは、その隙に、水晶の柱まで、辿り着いた。
「感動はしたが、それはそれ。魔王は、是が非でも、倒さねばならんからのぉ。」
三本の水晶の柱の中に入ったイシュタルは、拳を握り締めた両手を、胸の前でクロスした。
「悪く思うなよ。」
イシュタルが念を込めると、水晶の柱から、凄まじい雷が、天を目指して、駆け昇った。
空に亀裂が走った。亜空間ゲートが開かれたのだ。