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残酷な思春期

 昴と紅葉は非常に気まずかった。「ニール君をたのむわよ。」と紅葉がケージを置いてからの流れは、完全に彼女が特攻を決意したものなのは明らかだったからだ。


 フラグを立てておいて、生きて帰ったら格好悪い。


 和臣に言った台詞が、今ブーメランとなって紅葉の頭に突き刺さっていた。


「あ、あの紅葉さん……?」


 遠慮がちに昴が声を掛けた。


「わ、私感動しました。私を助ける為に紅葉さん……。」

「はっはっ、何の話かな。私はニール君を置いてお手洗いに行こうとしていただけよ。」

「えっ、で、でも……。」

「くどいわよ。また、可愛がって欲しいの。」


 紅葉がイヤラシイ手付きで両手を動かした。昴は小さく「ひぃっ。」と可愛らしい悲鳴を洩らして、プリ様の後ろに隠れた。


「すばゆ、だいじょぶ。もみじ、てえてゆの。」

「誰も照れてないわよ。っていうか、あんた、あの時、埋まってたじゃん。」

「せんじょうの ようすは ぜんぶ はあくすゆの。それが いくさ じょうずなの。」


 無駄に能力の高い幼児だ。

 紅葉は追い詰められていた。もう、耳まで真っ赤だ。昴だけではなく、プリ様にも聞かれていたのだ。


「なかなか できない けついなの。おそやく じばくかくごで つかうつもいだったの。『こごえゆ つきのちひょう』を。」


 足らない舌で饒舌に解説してんじゃねえよ。何でそこまで私の心理状態を読んでいるんだ。いっそ殺してくれ。

 紅葉は頭を掻きむしって悶絶した。


「まあ、今回もプリの筋肉のお陰で勝てたわね。」

「きんにくじゃないの! みのたうろすのはなし きいてたよね? もみじ。」

「聞いてませーん。何も聞いてませーん。プリは筋肉で勝ちましたー。」

「きんにくじゃないの! きんにくじゃないのー!」


 ふっ、何とか誤魔化せたか。と思っていたら、プリ様の後ろの昴が「フフッ。」と笑いを堪えているのが目に入った。


「いい? 忘れなさい。私が立てたフラグも、プリの解説も全部よ。でないと乳揉むわよ。」

「はいぃぃ。もちろんですぅ。忘れましたー。」


 奸智と強権で、紅葉は全てをなかった事にしたが、空気を読まない幼児は、いつ話を蒸し返すかわからないのである。まるで針のむしろであった。

 今となっては、和臣の帰還こそが唯一の希望であった。彼が帰って来れば、四人中、二人が恥ずかしい奴となって、自分はそんなに目立たなくなるのだ。


 どうせ死んだりなんかしてないでしょ。早く帰って来なさいよ。

 紅葉は銀座駅の方を見ながら思っていた。


「それにしてもプリ様ご無事で何よりですぅ。」「あら、プリ様? お顔が汚れてますわよ。」「金貨さん、ウェットティッシュになって下さい。えっ、なれない?」「じゃあ、タオルとタライとお水でお願いします。」「わぁ、出た出た。プリ様、お水、お水。」「ほらぁ、プリ様逃げないで。昴が拭いて上げますから。」「ほら、ほら、我慢して下さい。」「大人しくしないなら抱き締めちゃうぞ。えーい。」「ああ、相変わらずの抱き心地、プリ様、プリ様〜。」


 しめた。昴のプリ様ラッシュが始まった。ほら、早く。今のうちよ、和臣。どうして帰って来ないの? まさか、本当に()られちゃったんじゃないんでしょうね。そんなの私許さないわよ。

 紅葉の焦燥感は半端なかった。


「はーい。綺麗になりました。」


 やばい、昴が顔を拭き終わった。プリ様ラッシュが一段落してしまっている。何? 何よ? 何で、こっち見ているの、プリ。

 紅葉の動揺をよそに、プリ様がテトテトと近付いて来た。


「もみじ〜、おかお きれいになったの。」

「おお、そうね。良かったじゃん。」

「うん。そえでね、さっきの『こごえゆ つきのちひょう』をつかった じばくのことだけど……。」


 蒸し返すな〜。何で幼児は同じ話を何回もしたがるんだ。「プ、プリ様、もう、その事は……。」って、やめろ昴、そんな言われ方したら、もっと惨めじゃないの。それというのも和臣、あんたが帰って来ないからじゃない。

 紅葉は知らずに叫んでいた。


「和臣。帰って来てよ。私を一人にしないでー。」

「そこまで心配されているとは思わなかったな。」


 何時の間にやって来たのか、和臣がすぐ後ろに居た。


「か、和臣ぃ……。」


 感極まった紅葉が和臣に抱き付いた。思春期の少年なら、充分に勘違いしてしまう行為であった。


「紅葉……。」


 そんなに俺の事を……。

 和臣は胸をキュンとさせた。前世から通算しても、一度も可愛いと思った事はなかったが、涙を見せながら、必死に自分にしがみついて来られれば、心も動くというものだ。胸の膨らみも当たって、ちょっぴり気持ち良い。事程左様に、思春期の少年ぐらいチョロいものはない。ほぼダボハゼ。


「ほら、ご覧なさい! こいつも生きて帰って来たでしょ。恥ずかしいのは私だけじゃないのよ。」


 自分からも抱き締めようと、紅葉の背中に手を回した途端に突き飛ばされ、和臣は尻餅をついた。「何転んでんのよ、トロいわね。」と、当の紅葉から駄目だしを食らっている。


『ひどいの……。』

『可哀想……。』


 プリ様と昴からの非難の視線にも気付かず、紅葉は勝利の高笑いをしていた。



「こっちも片付いたみたいだな。」


 辺りを見回して言った後、和臣は紅葉の持っているケージを見た。


「ニール君はずっと一緒に居たんだよな?」

「当たり前じゃない。ニール君が一人でどこに行くのさ。あんた、頭でも打ったんじゃないの?」


 何でこう、この女は一言多いのだろう。一瞬でも、こんな奴にときめいたのは一生の恥だ。

 和臣は、うっかり「好きだ。」とか言わなくて本当に良かった、と胸を撫で下ろした。


「いや、俺、クレオに助けられた気がしたんだけど……。気のせいだったのかな。」

「気のせいよ。ニール君は此処に居たもの。」

「そうだよな、気のせい、気のせい。あははは。」


 此奴らの悪いクセだ、とプリ様は思った。疑問が生じたのなら、何故もっと熟考しないのだ? 前提条件が違うのかも、とどうして考えないのだ。


「あの……、それって、もしかしたら、ニール君以外にクレオさんが居るって事なんじゃ……。」

「馬鹿な話しないで。いくら生まれ変わりだからって、クレオ姐さんが二人も、三人も居るわけないでしょ。」

「そうだよ、昴。常識でものを考えた方が良いぞ。」


 悪いクセその二だ。昴は唯一柔軟な思考が出来るのに、気が弱いから、押し出しの強い馬鹿(特に紅葉)に反論出来ないのだ。どうせ暫く考えた振りをした後「そ、そうですよね。やっぱりそうかな、うん。」とか言って、自分の意見を引っ込めてしまうのだろう。

 プリ様はそう予測し、この先の推移を見守った。


「…………。そ、そうですよね。やっぱりそうかな、うん。」


 全く嬉しくない予想が的中し、プリ様は溜息を吐いた。


「しかし、プリ。お前も酷くやられたな。」


 プリ様のボロボロのお洋服を見て、和臣が言った。全く無傷なのは、腰に巻いている銀魚くらいだ。


「ちょっと ゆだん しただけなの。そう、ちょっと……。」


 そこで四散したポシェットを思い出して、怒りがぶり返して来た。


「まったくね……、ちょっとの ゆだんで だいさんじなの……。」


 肩がフルフル震えている。


「プ、プリ様が、プリ様が怖い。」

「何があったのよ、あんた。さっきから黒いオーラが出まくっているわよ。服破られたのがそんなに口惜しかった? 見方によっちゃ、けっこうセクシーよ。和臣なんか、さっきからヨダレ垂らしてガン見してるし。」

「酷い、和臣さん。プリ様をそんな欲情に満ちた目で見ていたなんて。」

「見てねえよ。」

「和臣はあんたも狙っているのよ。早く十歳に戻らないかなー、って。」

「ケダモノ! ケダモノですわ、和臣さん。」


 うるせえな、此奴ら。プリ様はやさぐれていた。ゆっくり感傷に浸らせろ、とも思っていた。


「十歳に戻る……、そういえば、いつ戻るんですか?」

「何がよ?」

「いや、ですから、ボスを倒したら元に戻るんですよね? 私、まだエロイーズのまんまなんですけど。」


 昴の疑問に、プリ様、和臣、紅葉は辺りを見回した。駅も元に戻っていない。ミノタウロスは大ボスではなかったのか。

「あー、やっと、このエッチな格好から解放されるんですね。」と暢気に言っている昴には悪いが、まだ事態は終わってないのだと、三人は気付いていた。






最近ちょっと昴ちゃんの影が薄かったので、怒濤のプリ様ラッシュをしてもらいました。

本当は昴ちゃんだけ描写していたいくらいなのですが、そうもいかないので話を進めます。

それと、今回、和臣と紅葉にフラグらしきものが立ちかけていましたが、高校生同士の思春期モジモジ幸せカップルなんて、この地球上にあってはならないものなので、早々にへし折らせて頂きました。

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