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神の前に人権など関係あるか

「イーシュータールー!!」


 神が名乗りを上げると、憤怒の表情となったトラノオが、彼女に飛び掛った。


「むっ、トラノオ。」


 構えるイシュタル。

 その時、ゲキリンが、二人の間に割って入った。


「止めるんだ、トラノオ。ここで、コイツをやっつけても、依代となっているポ・カマムの肉体が滅びるだけだ。」


 ゲキリンに抱き止められたトラノオは、それでも、イシュタルの方に手を伸ばし、叫び続けた。


「よくも、臆面なく、私達の前に顔が出せたな。殺してやる。必ず殺してやる。」

「ふん。長髄彦から聞いても、信じられなかったが、本当に、お前達が、まだ、永らえていたとはな。」


 イシュタルは、向けられる敵意にも動じる事なく、腕を組み、むしろ観察するみたいに、ゲキリンとトラノオの様子を見詰めていた。


「妹の鞘に寄生して、生き延びていたのか……。」


 チラリと昴の方を見て、呟いた。その仕草に、今度はゲキリンが反応した。


「プリ、昴の元に戻れ。守るんだ。」


 切羽詰まった言い方に、訳が分からないながらも、プリ様は素直に従った。ミョルニルを構えたまま、昴の前に、スッと立つ。


「プリ様ー。昴を守って下さるんですね。やっぱり、私達は、オシドリ夫婦なんですぅ。」

「いみが わかんないのー。はなれゆの、すばゆ。うごきづらいのー。」


 と言われても、感涙に咽ぶ昴は、背中から、グリグリと、プリ様に抱き付いていた。


「ふふっ、カワユイのぉ。お前達も、ああであった。」


 ポロリと漏らすイシュタル。その言葉に、トラノオは激昂した。


「おーまーえーがー。お前達、神が。私達から鞘を奪ったのだろうがぁぁぁ。」

「ならば、どうする? 此処で妾を殺すか?」


 トラノオは、完全に理性を失って、なおも前に進もうともがいた。その妹を、ゲキリンは、全力で押さえ込んだ。


「ゲキリン! はーなーせー。」

「落ち着け、落ち着くのだ。」

「お前はー。お前は悔しくないのかあ?! 仇が、仇が目の前に居るのにぃぃぃ。」

「あれはポ・カマムだ。」

「イシュタルだ! イシュタルだあ!!」

「お前は……。お前は、キ・イムンカムやマ・チマムに、我等と同じ悲しみを味合わせたいのか?!」

「! …………。」

「激情に駆られて、あの二人から娘を奪えば、お前も奴と同じだぞ……。」


 奴と同じ……。その魔法じみたワードは、トラノオの頭を冷やし、冷静にさせた。


「酷い言われようだの。まるで、妾が人でなしみたいじゃ。」

「…………。アンタは、何故、この世界にやって来たんだい。」


 平静になったトラノオは、何時もの口調で、イシュタルに問い掛けた。


「お主等に危害は加えんわい。ゲートを開きに来ただけじゃ。」

「だから、何故、貴女程の高位の神が、使いっ走りの様な事をしているのか? と、トラノオは聞いているのだ。」


 トラノオに重ねて、ゲキリンも質問をした。


 その時、一瞬、イシュタルは辛そうな顔をした。それに気付いたゲキリンは、おやっと、彼女の顔を見詰めたが、すぐに、いつもの、傲慢な表情に戻っていた。


「神に楯突く三本の刀が群れをなす、危険な死地に飛び込むのだ。妾くらいの、強者でなければ、務まらないわ。」


 その返事を聞きながら、プリ様パーティの皆んなは思っていた。何時の間にか、シシク、プリ様も、魔王の側にされている、と……。


「何か、誤解があるようですね。私達は、魔王のオクとは、敵対関係にあるのですよ。」


 イシュタルの威圧も収まり、やっと動けるようになったリリスが、皆の心中を代弁して言った。イシュタルは、そのリリスに、フッと目を向け……。


「おおおっ。なんじゃ、この美味そうな娘は。妾への貢物か? 来た甲斐があったわい。」


 そう、一声上げると、電光石火、風と見紛う速さで、リリスをお姫様抱っこし、手近な竪穴式住居に駆け込んで行った。


 主役である神に取り残され、呆然とするプリ様パーティと、集落の熊達。そのうち、イシュタルとリリスの入った住居から「いやぁぁぁ。止め、止めて。ひぃぃぃ。」という、リリスの悲鳴が聞こえ始めた。


「一つ、教えておくけど……。」


 トラノオが、ポツリと、語り始めた。


「アイツは、無類の性豪。美しければ、男でも女でもオッケーという見境なしだよ。」


 という事は……。


「りりすが あぶないの。」


 助けようと住居に向かうプリ様達の前に、肘爪熊達が立ち塞がった。


「ちょっと、どいて……。」

「い、いや。神の思し召しであれば、身体を捧げるくらい……。」

「何を言っているのです。貴女の娘さんの肉体を使って、リリスちゃんとエッチな行為を、しようとしているんですよ。」

「…………。」

「ポ・カマムちゃんの初体験は、リリスちゃんって事になっちゃいますよ?」

「グッ……、グオオオーン。」


 胡蝶蘭の指摘に、耐えかねた様子で、咆哮を上げるキ・イムンカム。その時、竪穴式住居から、イシュタルが蹴り出されて来た。


「何なの? 何なの? このケダモノ。」


 乱れた衣服を、手で直しながら、リリスが出て来た。


『ああっ。やっぱり、神獣の身体で、降りて来たのが分霊だと、リリスを手篭めに出来るほどの能力は無いのだな。』


 と、ゲキリンとトラノオは納得していた。


「ぶ、無礼者。神である妾が、情けを施そうというのに、何じゃ、その反抗的な……。」

「情けなんて、頂かなくて、結構です。」

「お前のような、半神半人は、一番後腐れなく遊べて、しかも美味という、神界の人気者なのじゃぞ。」


 神界の人気者……? 慰み者の間違いじゃないの? 人間界を飛び出して、森羅万象的視点で見ると、私って、そういう立ち位置なんだ……。

 リリスの頭の中で、既存の価値観や死生観が、崩壊する音が聞こえていた。


 と、同時に、今までのオクの、さも、愛人にして当然という態度が、ストンと腑に落ちた。


『後腐れなく遊べて、しかも美味。彼奴も、そんな風に、私を見ていたのかぁぁぁ。』


 リリスの全身から、怒りのオーラが立ち昇り、自分への怒りと勘違いしたイシュタルは、ビクッと震えて、居住まいを正した。


「と、とにかく、基本的人権を尊重する、法治国家ですので、神様といえども、相手の承認無しの行為というのは……。」


 胡蝶蘭の懇切丁寧な説明に「神の前に人権など関係あるか。」と、イシュタルは、凄まじく危ない台詞を吐いたが、リリスに睨まれて、口籠った。


「ところで、お前は何者じゃ?」


 ふと気付いて、胡蝶蘭を見上げるイシュタル。


「ぷりの おかあたま なの。」


 危険人物……危険神様から、母親を庇うが如く、プリ様が、小ちゃいお身体を、いっぱいに広げてガードした。


「何? 今生では、お主がシシクに受肉したのか?」


 イシュタルは、驚愕に目を見開いて、胡蝶蘭を見た。


「どういう事だ? オクは、何を、考えている?」

「さてね。そこまでは、私達も知らないよ。」


 その問い掛けに、ソッポを向きながら、トラノオが答えた。


 イシュタルは、暫し、考え込んでいたが、やがて、髪の毛を掻き毟りながら言った。


「ええい。考え込んでも、分からんものは、分からんわい。それよりも……。」


 言いつつ、周りを見回した。


「今の問題は、誰が、妾の床の相手を、するかという事じゃ。」


 えっ、その話、まだ引っ張っるの?

 良い感じに、興味が別の方向に行ったな。と思っていた皆んなは、ウンザリとした顔で、暴虐たる神を見た。


「男でも良いぞ。」


 その言葉に、肘爪熊達及び和臣が、ちょっと色めき立った。キ・イムンカムは、泣きながら、縋るような目で、リリスを見た。どうしても、イシュタルが止められないのなら、せめて女の子同士で、という考えなのだろう。


「い、嫌よ。」

「キュ、クウィーン……。」


 痛々しくも弱々しく鳴かれ、断り切れず、追い込まれて行くリリス。


「…………。しょうがないわね。私が相手をするわ。」

「も、紅葉ちゃん?」


 見兼ねた様に、紅葉が手を上げた。


「前世含めても、アンタには世話になっているし、恩返ししとくわ。」

「紅葉ちゃん、そんな……。」

「良いのよ。キ・イムンカム、アンタの家を借りるわよ。恥ずかしいから、誰も近寄らないでね。」


 そう言い残すと、イシュタルの手を引き、キ・イムンカムの竪穴式住居に入って行った。


「もみじ……。」


 プリ様達は、その尊い自己犠牲の精神に涙した。


「あいつ……。」


 和臣も、思うところがあるのか、語り始めた。


「最初から、ポ・カマムを、狙ってたんじゃないのか? 百合だし。小学生の頃から、渚に目を付けるくらいの、ロリコンだし……。」


 和臣の呟きに『多分そうだ。』と、プリ様パーティの皆んなは思い至った。


 キ・イムンカムの慟哭が、奥多摩山中に木霊した。


 結局「こぐまたんを いじめちゃ だめでちゅ。」という、プリ様の幼児の主張を、前面に押し立てられて、紅葉の野望は、未遂に終わった。

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