ヤバイ奴が降りて来た
明らかに目の色が違う。
振り返ったポ・カマムを見て、皆は、そう思った。
『というより、何か尋常ならざる雰囲気。』
迂闊に近付くのはヤバイ。今まで、各々、修羅場をくぐって来た歴戦の勇士だ。その勘が、プリ様パーティの全員の動きを止めていた。ノホホンとしている昴でさえ、得体の知れない不気味さは、感じ取っていた。
彼等だけではなく、肘爪熊達、両親のキ・イムンカム、マ・チマムでさえ、近寄るのが憚られ、動けないでいた。
『一体、どんな神が、降りて来たのだ?』
キ・イムンカムは、首を捻った。話の流れから、てっきり、長髄彦がやって来る、と思っていたのだ。しかし、今のポ・カマムからは、彼のフレンドリーさは、微塵も感じられなかった。
『もっとも、あの可愛らしい容姿で、お爺さんの声で話されても困るけど……。この間のピッケちゃんみたいに。』
そう思いながら、チラッと見ると、野性の勘で何かを感じ取ったピッケちゃんは、全身の毛を総毛立てて「ふうっー。ふひゅー。」と、唸っていた。
とにかく、その場に居た者達の心の声は、言葉には出さないけれど、
『絶対、ヤバイ奴が降りて来た。』
で一致していた。ただ一人を除いて……。
「こぐまた〜ん!」
全員が、金縛りにあったが如く、動けないでいる中、全く状況を理解していなかったプリ様が、踊り終わったポ・カマムと遊ぼうと思って、彼女に向かって、トテトテと歩き始めたのだ。
『こいつ、絶対バカだろ!?』
再び、その場に居る皆んなの、心の声が一致した。
「プ、プ、プ、プリちゃぁぁぁん。それ、子熊さん、違うぅぅぅ。」
止めようとする胡蝶蘭も、ポ・カマムから発せられる、並々ならぬプレッシャーに押され、うわずった声しか出せないでいた。そうしている間にも、プリ様は、トテトテ、トテトテと、ポ・カマムの所に、ドンドン近付いて行っていた。
『ゲキリン、多分、アイツだよ。』
『そうだな……。この神威、覚えがある。』
『プリ、マズイんじゃない? いきなり、首を斬り落とそうとするかも……。』
『神獣を依代にしている分霊だ。そこまでの力は無い、と思うが……。』
トラノオとゲキリンの予想通りなら、規格外の相手だ。能力だけでなく、性格も規格外なのだ。
ポ・カマムへと歩を詰める、プリ様を見守りながら、二人は、グッと、身構えた。
「あそびに きたじゃん って、はやく いれろ。」
その頃、プリ様達不在の阿多護神社に、オフィエルが訪問していた。
「おやまあ、オフィエルさん。」
玄関先に応対に出た、ペネローペさんは、オフィエルの小さい身体を見下ろしながら言った。
「お嬢様達は、今日は、用事で出払っております。しかし、もし、貴女が訪ねて来たら、お茶やお菓子の提供、お嬢様所有のディスクの鑑賞や、玩具の貸し出し(室内に限る)は許可されていますが、いかが致します?」
そっか〜。ここんところ、来てなかったから、外出の予定を伝えられなかったんだな。と、オフィエルは理解し、それでも、自分を気遣って、使用人に指示を残しておいてくれた、プリ様の心遣いを、嬉しく思っていた。
「それなら、おことばに あまえるじゃん。おちゃと おかし だけ、ごちそうに なろうと おもうのよ。」
オフィエルの返事を聞いて、ペネローペさんが、彼女を招き入れようとしていた時、第二の訪問者がやって来た。
「光極天の姫のおなりよ。お姉様は、今日は居ないの? ついでにアマリとガキも。」
ペネローペさんは、チラリと、六連星を見、その後ろに居る乱橋を一瞥した。
「今日は、昴さんは不在です。お嬢様も、天莉凜翠様も、いらっしゃいません。早々に、お帰り下さい。」
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ。そっちのガキには、お茶とお菓子を出して、主家の姫である私には、何も無いの?」
その言葉を聞いたペネローペさんは、深い深い溜息を吐いた。
「六連星様、前々から、言おうと思っておりましたが、現代日本には『姫』などという身分の方は、いらっしゃいません。よって『姫』の身分に付随する特権なども、ございません。お分かり頂けましたら、お帰り下さい。」
能面の様に、表情を変えず、ピシャリと言い切るペネローペさんの態度に、半泣き状態になる六連星。
「ま、まあまあ、白井さん(ペネローペさんの本名です)。お嬢も、疲れとうし、ちょっ〜と、休ませてくれんかね。」
見兼ねた乱橋の口添えに、ペネローペさんは、再び、深い溜息を吐いた。
「オフィエルさん、この二人が一緒でも、よろしいですか?」
「しらない かお でも なし、かまわないじゃん って、あいせき?」
『どうして、この私が、そのガキに、許可して貰わなければならないの〜。』
と、六連星は思ったが、ペネローペさんが怖いので、我慢した。
ともあれ、変わった顔ぶれで、お茶を啜る三人。
「この あいだの ぽんこつは できたじゃん?」
対幼女神聖同盟用移動要塞建設の、進捗状況を聞いてみるオフィエル。言われた六連星は、イラッと、眉毛を動かした。
「じゅ、順調よ。推進機関のジェットエンジンは、快調に作動しているわ。」
「そこらの こんぴゅーた じゃ、せいぎょ できるはず ないってかんじ。せいたいのうこんぴゅーた でも つかって いるのかって ぎもん。」
六連星の言葉を真に受けたオフィエルは、首を捻りながら言った。
「…………。た、例えばよ? 貴女なら、どうやって、エンジンを制御するのかしら?」
実は行き詰まっていた六連星は、藁にも縋る思いで、オフィエルに訊ねた。
「そもそも、じぇっとえんじん なんて、つかわないじゃん。こうりつ わるいし、ふあんてい ていせいのう。」
「じゃ、じゃあ、どうやって動かすの?」
「きぞんの かがくぎじゅつ じゃ、むり ってかんじ。」
「だから、どんな技術で……。」
質問を重ねる、六連星の顔を眺めて、オフィエルは、ニヤッと笑った。
「わたし なら つくれるじゃーん。きょうりょく して やろうかって こうきしん。」
今のままでは、何百億もの予算が、水の泡だ。リリスに、どれだけ怒られるか分からない。
追い詰められていた六連星は、つい、オフィエルの申し出を、受け入れてしまった。
「こぐまた〜ん。」
ピトッと、プリ様が、ポ・カマムの太腿に貼り付いた。
『ひぃぃぃ。あんな、怖そうなのに、貼り付いているぅぅぅ。』
それを見守る皆んなの心中は、起爆装置の外れた核弾頭に、ガンガン蹴りを入れている様子を見ているのと、同じくらい、緊迫感で張り詰めまくっていた。
「くっくっくっ。童、貴様シシクだな?!」
ポ・カマムが、口の端で笑いながら、言葉を発した。
「こぐまたん?」
「神威全開で、この場の者全てを、平伏させてやるつもりだったのに、全く萎縮せんとは。やはり、お前達三本の刀は、一味違うな。」
ポ・カマムは、プリ様を睥睨し、ゲキリンとトラノオをも睨みながら言った。彼女が、一言、一言、口から押し出すだけで、プリ様、ゲキリン、トラノオ以外の皆は、心に重りを付けられたかの如く、立っているのも困難な重圧を感じていた。
「! おまえ、こぐまたん じゃ ないの。」
今頃気付いたのかよ……。全員、突っ込みを入れてやりたくて、ウズウズしていたが、心理的圧迫感で、それどころではなかった。
「この神威の圧力の中、妾の太腿に貼り付くとは、天晴な童よ。」
褒美を取らす、と言いながら、ポ・カマムに降りて来た神は、手刀を振り上げた。
「プリちゃーん!」
響く、胡蝶蘭の絶叫。プリ様の脳天をカチ割る勢いで、手刀が振り下ろされた。しかし、プリ様は、ミョルニルで、それを受け止めていた。
「ふっ。くっくくく。やりおる。やりおるわい。この童め。」
「おまえ、だれなの? ようしゃ しないの。じゃしん なら。」
「邪神? ふっふっふっ。そうよの。邪神と呼ぶ奴等もおるわい。」
神は手を引き、プリ様も、一歩後ろに飛び退いた。
「我が名はイシュタル。妾が来たからには、おのれら皆んな、地獄に住まうと思えよ。」
『いや、アンタ、亜空間ゲートを、開きに来たんじゃないのかよ。』
もう、居合わせた全員、突っ込みを我慢するのが、限界に達していた。