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がうっ、がうっ、がっおーん!

「こぐまたーん!」


 嬉しげに声を上げながら、プリ様は、ポ・カマムに飛び付いて行った。人見知りなのか、彼女は、プリ様を躱して、母親の後ろに隠れてしまった。


「アンタ、その子が子熊に見えるの?」


 つい、突っ込んではいけない事を突っ込んでしまう紅葉。


「え〜、こぐまたん なの。おみみ あゆの。」


 母親の後ろから、ちょこっと、顔を出すポ・カマムの頭の上には、確かに熊の耳が……。


『ケ、ケモミミ……。可愛いー。モフモフしたい!』


 藤裏葉に変なスイッチが入った。実は、未だに、シ○バニアファ○リーを集めているほどの、可愛い物好きなのだ。


『耳……、どうなっているの? 人間の耳もあるのかしら?』


 リリスは、生物学上の興味を持って、眺めていた。髪の毛は、そんなに長くはないが、耳があるであろう場所は、スッポリ覆われていた。母親は、腰まで届くくらいの長髪なので、やっぱり、良く分からない。


「紅葉殿……だったかな? 客人といえども、あまり、無礼な事を申されるな。この子が、熊以外の何に見えると、言うのですかな?」


 愛娘にケチを付けられて、少し、気分を害した様子のキ・イムンカム。


「ひゃうっ!」


 突然、ポ・カマムが声を上げた。何時の間にか、彼女の背後に回っていたトラノオが、貫頭衣のお尻の辺りを、捲ったのだ。


「うん、尻尾もあるよ。」


 トラノオの言葉に「ほらな。」という顔で、キ・イムンカムが顎を上げた。それで、何となく、紅葉も「すんません。」と頭を下げた。が、


『納得いかないわね。耳と尻尾が有れば熊なの? ほぼ九十七パーセント人間なのに? 』


 と、内心は思っていた。


「こぐまたん、なで させて ほしいの。」


 トテトテと近付いて来る、プリ様を避けるみたいに、益々、母親の後ろに隠れるポ・カマム。そんな彼女を促して、マ・チマムは、ほんの少し、娘を前に押し出した。


「が、がうぉ?」

「ガウガウガウオ、ガルルガウガオガオ。ガルゥゥゥ……。(訳 : この人の子は、貴女と友達になりたいのよ。さあ……。)」


 母親に言われて、ポ・カマムは、恐る恐る、プリ様の前に出て行った。


「こぐまたーん!」


 太腿に抱き付かれて、ビクッとするも、ソロソロと手を差し出して、プリ様のお頭(おつむ)を、撫でた。


「ぷりも、ぷりも なでたげゆの。こぐまたん。」


 腕を伸ばして、ピョンピョンと、飛ぶ跳ねるプリ様の為に、ポ・カマムは、腰を下ろして、跪いた。


「えへへへ。いいこ なの〜。こぐまたん。」

「がおがお。きゃうーん。」


 ニッコリ見合わす顔と顔。プリ様とポ・カマムの間に、今、確かな絆が生まれた。


「きゃううう。がっおーん。」


 ポ・カマムは、大胆に貫頭衣を捲り、お腹を出して、仰向けに寝転がった。そして、プリ様に、しきりと腹部を向けている。


「子熊さんはね、プリちゃんに、お腹を撫で撫でして欲しいのよ。」


 胡蝶蘭に言われて、プリ様も合点した。


「ほおら、こぐまたん。どうでちゅか?」

「がおっがおっ。ぐぅぅおおおん。」


 プリ様の小ちゃな手で撫でくり回され、ポ・カマムは、気持ち良さげに吠えた。


『プリもコチョちゃんも、アイツを完全に子熊として扱っているけど、もしかして、私だけ? 私だけなの? あの子が人間に見えるのは。』


 プリ様とポ・カマムの触れ合いを見て、紅葉は、自分の常識が崩壊していくのを感じていた。


 一方、和臣は、ポ・カマムの剥き出しの腹部を見ながら『いや、あれは熊なんだ。熊だよ。熊。』と、自分に言い聞かせていた。


 もちろん、プリ様を除く、紅葉と和臣以外のメンバーも、完全に人間の女の子として認識していた。しかし、キ・イムンカムが睨みを効かせているのと、プリ様とポ・カマムの、無邪気な触れ合いに水を差せず、口を噤んでいるだけであった。


「がるるるぅぅ。きゅいん、きゅいーん。」


 すっかりプリ様に懐いたポ・カマムは、這い這いをしながら近付いて、お顔をペロペロと舐め始めた。


「ダ、ダメですぅ。プリ様のお顔を舐めて良いのは、昴だけなんですぅ。」


 と言って、割って入ろうとした昴は、皆んなにガッチリと止められていた。


「ふむ。珍しいな、ポ・カマムが、これほど、他者に胸襟を開くとは……。」


 キ・イムンカムが呟いた。


「良し、人の子……符璃叢よ。神を降ろそうぞ。ポ・カマム、マ・チマムよ、支度をせい。神降ろしだ。」

「がっうー!」


 ポ・カマムは、座り込み、プリ様に抱き付いたままの姿勢で、雄叫びを上げた。




 神降ろしの儀式は、最初に転移した広場で行われるらしかった。集落は、この広場を中心にして、大きな円形に広がっていて、住居のある一角や、食物備蓄の蔵のある一角などに、分かれていた。


 広場中央には、すでに井桁に組まれた薪が積まれており、点火するだけの状態となっていた。ポ・カマムは、一人、その積まれた薪の前まで、トコトコと歩いて行き、正座をした。


「火を点けよ。楽を鳴らせ。」


 手際良く燃やされて、炎を上げる薪。広場を囲むように配置された肘爪熊達は、一斉に、手にした横笛や笙、篳篥(ひちりき)、鼓を鳴らした。


『熊の手で、どうやって笛吹いているの?』


 などという紅葉の疑問は置き去りに、残暑の照り付ける陽射しの下、儀式は粛々と進行していき、その間、ポ・カマムは、目を閉じ、澄ました顔で座っていた。


 彼女は、儀式の為の、ちょっと良い貫頭衣を着、首からは、勾玉や磨かれた銅鏡を、ネックレスの様にして下げていた。


 背格好は、小学生高学年くらいに見えるが、心の純真さから来るのか、表情は、あどけない幼女……赤ん坊と言っても、差し支えない程の、無垢なものであった。


 暫く経って、楽器の演奏が最高潮に達した頃、何かの小袋を持って、マ・チマムが立ち上がった。


「人には、刺激が、強過ぎるかもしれん。もう、ちょっと、下がっておれ。」


 キ・イムンカムに促され、座っていたプリ様達は、中腰になって、後ずさった。それと、時を同じくして、マ・チマムが、小袋の中にあった、何かの種みたいな物を、火中に投げ入れた。


 その途端、煙がモウモウと立ち昇り、マ・チマムは、素早く、それから逃れたが、ポ・カマムは、もろに煙を浴びていた。


「こぐまたんが……。」

「しっ、プリちゃん。黙って見てて。」


 プリ様親娘の会話を聞きながら、リリスは思っていた。『あれは、多分、幻覚作用のある植物の種。煙を吸って、巫女(シャーマン)は、トランス状態に入るのね……。』


 いつの間にか、楽器の音も止み、広場にいる全員の視線は、ポ・カマムに注がれていた。


「うううっ〜。がうっ、がうっ、がっおーん!」


 突然、異様に目を輝かせたポ・カマムが立ち上がった。


「がおっ、がおっ、がおおおーん。」


 右手が、何かを求めるが如く、真昼の太陽に向かって差し伸ばされた。その細い腕は、揺れる腰の動きに合わせて、たおやかに折れ、悩ましく回った。


 舞が始まると、ポ・カマムと同じくらいの少女達が、踊るポ・カマムと焚火を囲みながら、鉄製の筒状の物を鳴らし始めた。


「鈴……にしては酷い音ね。」

「我等の鳴く声に似せているのだ。」


 紅葉の呟きに、キ・イムンカムが答えた。


鉄鐸(さなぎ)……みたいですね?」

「ええ……。でも、あんなに幾つもの鉄鐸を、何人もで鳴らす神楽は見た事ないわ……。」


 リリスと胡蝶蘭は、神道関係者らしい分析をしていた。


「ガウッ、ガガウウ。グルグルゥ、ガルガル。ガオ、ガオ、グッグッガルー。」

「……ごめんなさい。分からないわ。」


 マ・チマムが、何か説明してくれたが、生憎、リリスには熊語が解せなかった。


「本当の佐奈岐(さなぎ)は、ポ・カマムなのだ。佐奈岐こそ、神の依代……。」


 マ・チマムに代わって、キ・イムンカムが説明してくれた。


「がっおーん! がっおーん! がっおおおおおおおんんんんん!!」


 そんな会話をしている間にも、ポ・カマムの踊りは、激しさを増していた。首から下げられた装飾具を揺らして、彼女は舞狂っていた。


 汗ばんだ両の太腿を、交互に上げ下ろし、その細い足からは想像も出来ない程、力強く地面を打ち付けた。


 その度に、凹んだ腹部は、盛んな骨盤の動きに、健気に耐えて、捻れた。


 そして、頭の上に挙げられた両手は、蛇を思わせる動きで、妖しく絡み合い、貫頭衣の下にある、膨らみ始めたばかりの乳房は、その動きに連動して揺れた。


「きゅううう。がらごろ、がら。がぅぅぅ〜ん。きゅうきゅぅぅぅ。」


 さっきまでの、あどけない子供とは思えない程の、艶かしい鳴き声を上げた後、動きが止まった。鉄鐸の音も止み、辺りを静寂が包み込んだ。焚火の爆ぜる音だけが、時が止まっているのではない事実を、思い起こさせてくれた。


 放心状態で、空を見上げていたポ・カマムが、ゆっくりと振り返った。






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