表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
203/303

私が癒して上げなきゃいけなかったのに……

 皆んなが目を開けると……。

 そこは、空蝉山を間近に望む、奥多摩の山中であった。


「凄い。本当に、一瞬で移動してますね。どうやったんです? ゲキリンちゃん。」


 普段、何も考えてなさそうな藤裏葉までが、目を丸くして、ゲキリンに訊ねていた。


「この空間とは違う、並行世界とも言える擬似空間を、まず作るのだ。しかるのち、その十次元的座標を、この地点と重ね合わせ、擬似空間を解除する事によって、移動完了だ。」


 なるほど。さっぱり分からん。

 全員が、ゲキリンの解説に首を捻った。


「君も、似たような技が、使えるじゃない? あの結界と結界を繋ぐ……。」


 口を挟んだトラノオの頭を、ゲキリンが、思いっ切り引っ叩いた。


「誰と勘違いしているのだ。全く困った奴だ。」


 そう言うゲキリンの顔を、トラノオは恨めしげに睨んでいた。

 プリ様達は、それ以上、二人の会話を深く考えはしなかったが、一人リリスだけは、何か引っかかっていた。


『結界と結界を繋ぐ……。前世で、似た様な能力の持ち主がいたわ……。』


 リリスが考えていると、昴が、ゲキリンとトラノオを両脇に、くっ付けたまま、プリ様に抱き付いた。


「プリ様ぁ。三十二秒ぶりの抱擁ですぅ。」


 三十二秒間、抱擁出来なかったのが、よほど辛かったのか、ムギュッ〜と、全力で抱き付いていた。

 それを見た藤裏葉までが「あっ〜。スバルンずるいぃぃぃ。」と非難しながら、プリ様の後頭部にオッパイを押し付けた。


「!」


 二人が、プリ様に引っ付いているのを、目の当たりにして、リリスの回路がショートした。


「何やっているの、二人とも。」


 と言いつつ、プリ様を取り上げようとするリリス。


 思い出しかけていた前世の記憶は、完全に、どこかに飛んでいた。


「はい、プリちゃんは、お母様と手を繋ごうね。」


 昴、リリス、藤裏葉の、激しい取り合いを見た胡蝶蘭は、このままではプリちゃんが壊されてしまう、と危惧して、プリ様の手を取った。

 母親の介入に、三人は、渋々、矛を収めた。


「で? こっから、どうするの?」


 紅葉が、周りを見回しながら言った。本当に草深い山奥だ。近くに川が流れているらしく、水音が聞こえていた。


「この ちかくに あかひじつめくま……『き・いむんかむ』が いゆの。あうの。」

「成る程。熊みたいな神獣をさがすのね?」

「そうなの。」


 皆に説明しながら、プリ様は、懐かしさで、胸が押し潰されそうになっていた。ここは、玲と二人で、肘爪熊達と対峙した所だ。あの時、玲は、あんなに元気だったのに……。


「プ、プリ様! どうしたんですか?」


 ポロリと涙を落とすプリ様を見て、昴が、驚きに、声を上げた。


「なんでも ないの。」

「何でも無くないですよ。泣いてるじゃありませんか。」

「なんでも ないのー。」

「ほらほら、昴が拭いて上げます。泣かないで、プリ様ぁ。」

「もぉぉ。うゆさいの、すばゆは〜。」


 そう言いながらも、大人しく顔を拭かれているプリ様。皆は、それとなく察して、プリ様のお心が静まるのを待っていた。




 暫くしてから、歩き始めた。


「すばゆ〜。つかれない?」

「まあ、プリ様ったら。昴の事を、気遣って下さるんですね。大丈夫ですよ、タラリアを履いてますから。ああっ、それにしても、なんと、お優しい……。」


 感激した昴が、性懲りも無く、プリ様に抱き付き、それを見たリリスと藤裏葉が……。


「はいはい。三人とも、いい加減にしなさーい。ちっとも前に進めないじゃない。」


 胡蝶蘭に怒られて、三人は、また、大人しく離れた。

 その様子を見ていた紅葉が、和臣の袖を引いた。


「ねえ、いつの間にか、裏葉の奴まで、プリハーレムに入会してない?」

「ん? 裏葉さんは、単に、小さくて可愛いから、プリを抱き締めたいだけだろ。」


 ならば、昴とリリスは、本気でプリ様ラブなのかと問われれば、本気なのだから、困ったものである。


『そう言えば、前世でも居たなあ。エロイーズとクレオの陰で、トールが好きなくせに、言い出せなかった女の子……。』


 和臣の胸に、前世の初恋が破れた時の痛みが、チクッと蘇った。


「まあ、裏葉の肉体を狙っているアンタとしては、プリに夢中などと、認めたくないわけね。」

「人聞きの悪い事を言うな。」


 胡乱な発言をする紅葉に言い返すと、彼女が、奇妙な目で、自分を凝視しているのに気が付いた。


「な、なんだよ?」


 紅葉は、黙って近付いて、和臣の匂いを嗅いだ。


「だから、なんなんだよ。」

「ど、どうして? どうして、アンタから、渚ちゃんの乳臭い匂いがするの?」


 犬か、コイツは。異常な嗅覚を発揮する紅葉に、和臣は呆れた。


「昨日、あいつが、俺のベッドに潜り込んで来たんだよ。」

「い、妹と同衾……。」

「おかしな言い方をするな。」




 昨日の夜、前世の事以外の全てを話してしまった後、渚ちゃんは、すっかり大人しくなっていた。


 やれやれ、面倒くさくならなくて良かったと、安心した和臣は、今日に備えて、早めに就寝した。が……。


 渚ちゃんが、枕を抱えて、部屋に入って来たのだ。


「お兄ちゃんと一緒に寝る。」

「いや、子供じゃないんだから……。」

「寝る!」


 渚ちゃんは、強引にベッドに上がり込んで来た。


 和臣は、妹のこういうところが、嫌いだった。父に対しても、母に対しても、そして自分にも、最終的には、相手が折れるのを見越した上で、我儘を言うのだ。


 あーもう、煩わしいな。プロレス技でもかけて、少し痛め付けてから追い出してやろうか、と考えていると、ベッドの上で、ペタンと女の子座りをしていた渚ちゃんが、和臣のパジャマの胸元を掴んで、泣き始めた。


「どうしたんだよ、お前。」

「だっでぇぇぇ。お兄ちゃん、可哀想。」


 地味にショックな発言だった。コイツに同情される程、俺は落ちぶれちゃいない。と、和臣は自分に言い聞かせた。


「夏休み、入院したのも、戦ったせいなんでしょ?」

「あっ、ああ。まあ、そうだな。」

「ごめんねえ。ごめんねえ。」

「なんで、謝るんだよ。」

「気付いて上げられなかったもん。家族なのに、兄妹なのに、お兄ちゃんが辛い思いをしているのにぃぃぃ。」


 自分の胸元に顔を埋め、幼い頃みたいに泣きじゃくる妹が、不意に愛おしく感じられた和臣は、そっと渚ちゃんの背中に手を回し、抱き寄せ……。

 たら、急に顔を上げて来た。和臣は、渚ちゃんの頭で、顎を打った。


「セクハラ!」

「はあああ?」

「いい? 私達は兄妹ですからね。夜中に発情して、変な事したら、紅葉ちゃんに言い付けるからね。」

「なら、出て行けよ。」

「やだ。今日は、可哀想な、お兄ちゃんを慰めるって、決めたんだもん。」


 なんだ? この理解不能の生き物は。

 どうしてやろうかと、和臣が考えていると、その隙に、渚ちゃんは、枕を置いて、コロンと横になった。テコでも動かない姿勢であった。


 仕方なく、灯を消して、和臣も横になった。せめてもの抵抗の意思表示として、渚ちゃんに背中を向けた。


「お兄ちゃん、眠った?」

「…………。」

「私、紅葉ちゃんに、お礼を言わなきゃね。」

「……、何でだよ。」

「お兄ちゃんの面倒を見てくれて、ありがとうって……。紅葉ちゃんが居たから、お兄ちゃんも、癒されていたんでしょ?」


 はあああ? そりゃ、逆だ。

 抗議してやろうと、和臣は、グルンと寝返りをうち、渚ちゃんの方に、向き直った。すると、すぐそばに、クシャクシャな渚ちゃんの泣き顔が……。


「ごめんねえ。ごめんねえ。本当は、私が癒して上げなきゃいけなかったのにねえ、お兄ちゃんの事……。」


 渚ちゃんは、和臣の胸に顔を埋めて、再び泣き始めた。その小さくて、愛らしい頭を、ソッと撫でてやると……。


「セクハラ!」

「何がだよ。」

「いい? いくら私が魅力的でも、私達は兄妹なんですからね。」


 もしかして、この遣り取り、一晩中繰り返されるのか?

 ウンザリとする和臣。


「いや、お前、本当に出てけ。」

「なんでよ。明日の任務に震えるお兄ちゃんを、可愛い妹の私が、癒して上げると言っているのに。」


 どうして、そんな上から目線なんだ。


「ほら、お兄ちゃん。おいで……。」


 窓から射し込む月明かりの中、半身を起こして、聖母の如く、両手を広げる渚ちゃん。


「行ったら、また、セクハラと言うつもりだろ。」

「バカだなあ。」


 兄に対してバカとはなんだ、と思っていたら、渚ちゃんは、腰を少し浮かして、和臣の頭を、胸に押し付ける様に、両手で包み込んだ。


「ささやかな胸だな。膨らみが全然感じられない。」

「……うるさい。寝ろ。」


 それでも、渚ちゃんの身体は、暖かで柔らかで。安心して、グッスリ眠れてしまったのは、和臣的には、一生の不覚だった。


 目覚めた時「良い睡眠が取れたみたいだね、お兄ちゃん。」と、ドヤ顔で言って来た妹の顔を思い出すと、今でも腹が立つ。




 という経緯を語ると、紅葉は、羨ましさのあまり、悶絶していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ