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それが例え象さんであろうと

「ぷり、ししく なの。」


 空蝉山行きの日、神王院家地下施設にやって来た、和臣と紅葉に、プリ様は胸を張って言った。


「ああ……、そう……?」


 当然、何の事だか分からない二人は、曖昧に頷いた。


「もおおお。プリちゃん、それがそんなに嬉しいの?」


 プリ様の手を引いていた胡蝶蘭は、泣きそうな表情でしゃがみ込み、娘の顔を凝視した。


「お母様はね、貴女にシシクになんてなって欲しくないの。いつまでも、私の赤ちゃんでいて欲しいの。」

「お、おかあたま……。」


 いつまでも赤ちゃんは嫌だけど、つまり、それだけ、自分が可愛いという例えなのだろうと、賢いプリ様は理解した。


「おかあたま、ごめんなさいなの。ぷり、あかちゃん なの。」

「プリちゃん……。」


 自分の胸に、頭を擦り付けてくる、いじらしさに、胡蝶蘭はヒシと娘を抱き締めた。


 その様子を見ていた紅葉と和臣は、半ば呆気にとられていた。


「何が、どうなっているんだ?」

「昨日の夜、ゲキリンとトラノオから、色々話を聞いたのよ。」


 和臣に訊ねられたリリスは、紅葉も交えて、昨晩の話をした。


「ななな、何ですって!!」


 プリ様が、前世でも、生まれた時は女の子だったと知った紅葉が、悲鳴にも似た声を出した。


「なんて事するの、トール神め。私が、前世で、どれだけトールの筋肉を我慢していたと思うのよ。」


 筋肉を我慢するって、何だよ。

 リリスと和臣は、冷めた目で、紅葉を見詰めた。


「あんた達、何よ、その目は。トールが美少女で、クレオ姐さんやエロイーズに手を出してなければ、あのパーティは(アイラ)のハーレムだったのよ。」


 そうかな? 幼女のプリを、昴とリリスが奪い合っている現状を鑑みるに、前世トールが美少女でも、結果は同じだったのではないだろうか。

 和臣は冷静に分析していた。


「私は紅葉(アイラ)ちゃんのハーレムになんて、入らないわよ。」


 リリスが反論すると、その肩に、紅葉は、ポンッと、手を置いた。


「大丈夫。任せて。一晩一緒に過ごせば、心は大っ嫌いでも、身体は大好きになるから。」


 それって、要するに調教よね……。全然、大丈夫じゃないわ。こいつ、オク以上の危険人物なんじゃ……。

 リリスは、変質者を見る目で、紅葉を見た。


「ああっ、ズルイです。そんな蔑んだ目は、私に対して、向けて下さい。」


 近くに立っていた藤裏葉は、羨ましさに口を尖らせた。


「う、裏葉さん。また、凄い格好だね……。」


 溢れ出る鼻血を抑えながら、和臣が言った。


 藤裏葉は、全身を覆うタイツを着用していたが、身体の線がクッキリ出るので、いつもの露出過多の服装よりも、かえって扇情的な姿になっていた。


「リリス様が、山間部は藪蚊に刺されたり、草で傷付けるから、なるべく、肌を晒さない方が良いって言うんです……。ごめんね、和君。」


 何故、謝る?

 紅葉の厳しい視線に気付いて、和臣は、慌てて手を振った。


「あんな草深い山中で、素肌を露出させているのは、思っているより、不便で不快よ。」


 藤裏葉を諭すみたいに、リリスが口を挟んだ。


「……。そうね、アンタは半裸で走り回っていたものね。経験者は語る、か。」

「ちょっと紅葉ちゃん。私を、変態扱いするのは、止めてくれないかしら?」


 リリス、紅葉、藤裏葉の三人の女が、何となく不穏な空気になり、和臣は怯えた。


「さあ、行くぞ。皆、用意は良いか。」


 そこに、トラノオと一緒に、昴にくっ付いていたゲキリンが、声を張り上げ、緊張状態が解けた。和臣は、密かに、胸を撫で下ろしていた。


「まつの、げきりん。ぴっけちゃんが まだなの。」

「でも、これからピッケちゃんを捜していたら、遅くなっちゃいますよ、プリ様ぁ。」

「だいじょぶなの、すばゆ。」


 プリ様は、ニヤリと笑って、チョコ菓子「黒い稲妻」を取り出した。


「ぴっけちゃーん!」


 呼びながら、袋を開けると「うにゃうにゃうにゃーん。」と鳴きながら、凄まじい勢いで飛んで来た。そして、プリ様の腕にしがみ付き、貪る様に「黒い稲妻」を食べ始めた。


「よ、良し。全員揃ったな。行くぞ。」


 ゲキリンは言い、空間への干渉を始めた。




 やっと、出発か。

 寝転んで瞑想をしていたオクは、上半身を起こした。


『それにしても あいつら。ぺらぺらと よけいな ことを……。』


 昨晩の、ゲキリンとトラノオの話は、昴を通して、オクも聞いていた。


『かみ への うらみは、わすれて ないようだけど……。』


 空間も時間も超え、オクと、ゲキリン&トラノオを結び付けているもの、それは神々に対する怨みだった。


『なにか たくらんでいる のか?』


 グルグルと思考を巡らせて、オクは考え込んだ。


『あいつらも、ししくの かくせいは のぞんでいる はず……。』


 トラウマで、能力が使用不能になっているのなら、妹とも言えるプリ様(シシク)を、より良く導こうとしているのかもしれない。


「まあ、いいわ。きょう あってみて、はんだん しよっと。」


 さて行くか、とベッドから滑り降りた時、部屋の中に、人の気配を感じた。


「お出掛けですか?」

「とき……。いきなり あらわれ ないで。」


 トキは、フードを被り、灰色の長い髪が、目まで隠しているので、表情が全く読めない。


「ぶきみすぎる から。」

「本当に、貴女は失礼ですね。」


 仰々しく溜息を吐くトキ。


「貴女の、お身体が万全になって、私も少々暇です。一戦交えるなら、お供しますよ?」

「あっ〜、いや、たぶん ふるちゃんが……。」


 そう、言い掛けた時、ノックと同時に部屋の扉が開いた。


「だれと はなして いるんですの? おくさま。」


 入室と同時に、トキの姿を視認したフルは、即座に戦闘態勢を取った。


「くせもの! のわけそうりゅう!!」

「ふふっ……。」


「野分」とは、光極天の分家の者が使う、割と必殺の技である。吹き起こされる激しい風は、力の弱い者なら、五体をバラバラにされる恐れもあるくらいだ。


 しかも、双龍となれば、この地上の、どんな物であろうと吹き飛ばすのだ。

 それが、例え、最大の陸棲動物、象さんであろうと。


 だが、トキは、吹き荒れる風の中、微動だにしなかった。


『なに、こいつ……。いじょう(異常) だわ。からだが うごかない のは ともかく、かみのけ いっぽん、なびかない なんて。』


 フルは戦慄を覚えていた。そよ風どころか、まるで無風状態に居るかのような佇まいなのだ。


「はぁぁぁ。」

「な、何。」


 突然、トキが、気怠げに息を吐き、フルは後ずさった。


「お戯れが過ぎますわ、オク様。こんな、弱き者を、お側にお付けになるなんて……。」

「おのれ、みくびるな!」


 激昂したフルが、身体中に仕込んだ暗器を展開した。


ひこう(飛蝗)!」


 空を埋め尽くす、バッタの群れの如き、大量のクナイが、トキの視界全面に展開された。当たれば、何者であろうと、肉片レベルに引き裂かれてしまうだろう。


 そう、それが例え、象さんであろうと、だ。


 しかし、クナイは全て、トキの身体を通り抜けてしまった。


「な、何をしたの?」

「ふっ、まあ、良いでしょう。可愛らしい容姿をしているし、オク様の側女としてなら、申し分無い。」


 何時の間にか、トキはフルの目の前に立っていて、彼女の顎を人差し指でしゃくった。

 その動きを、全く感知できず、フルの背中を冷や汗が伝った。


「そういう わけ だから。うつせみやま には、ふるちゃんと いくわ。」

「そうですか……。エロイーズ……昴様にも、久し振りにお会いしたかったのですが……。」


 そう言いながら、トキは、徐々に、その姿を薄くしていった。


「やっぱり、私は私で、行く事にします。シシク様達には干渉しませんので、御心配無く……。」


 トキが完全に消えてしまうと、フルは、腰を抜かして、へたり込んだ。


「なにもの なんですの?」


 怖過ぎでしょう。という言葉を、フルは飲み込んだ。


「ふるい しりあいよ。ふるちゃん よりもね。」


 オクは、溜息をつきながら、トキの消えた中空を見詰めていた。

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