第三の刀、獅子吼
神王院家を辞した紅葉が帰宅すると、珍しく母の楓が在宅していた。リビングのテーブルで、仕事関係の書類に目を通している最中だった。
「ママ、ちょうど良かった。話があるのよ。」
話し掛けると、楓はメガネの縁越しに、チラリと娘を見た。
「何とかって神社の人が、貴女について話し合いたいとか、電話して来たけど、その話?」
胡蝶蘭が、一回親御さんと、キチンと話がしたいと言うので、母親の連絡先を教えていた。
「うん……。それも有るけど、明日、学校を休んで、ちょっと、遠出をしたいの。」
楓は「ふっー。」と、溜息を吐いた。
「好きにしなさい。ちゃんと成績を維持出来るのなら、何も干渉はしないわ。」
「…………。何処に、何をしに行くとか、興味ない?」
楓は書類に目を落とし、面倒臭そうに、手を振った。
「貴女を信じているから。ねえ、悪いけど、忙しいのよ。今日は、これから、また出掛けなければいけないの。この話は、これで、終わりで良い?」
「うん……。」
紅葉は自室へと歩きかけて、ふと振り向いた。
「ママ、危険な事をしに行くんだとしたら? 一度行ったら、もう、私と会えなくなるかも……。」
「紅葉、子供みたいな気の引き方しないで。忙しいって、言ってるでしょ。」
「う……ん。ごめん……。」
まだ、子供だもん。と、紅葉は小さく呟いて、自室に引き上げた。
一方、家に帰った和臣を待っていたのは、妹の渚ちゃんの膨れっ面であった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
「はいはい。何ですだよ。」
「ううっ〜。」
あしらうような物言いに、不機嫌さマックスになった渚ちゃんが、軽く蹴って来た。
「ようし、良い度胸だ。宣戦布告だな。」
捕まえようとする和臣の手を、スルリと抜けて、渚ちゃんは、キッチンの母親の所へ逃げた。
「お母さーん。お兄ちゃんが、いぢめるぅ。」
「てめ、卑怯だぞ。こっちへ来い。」
母親の陰に隠れる妹に、呼び掛ける和臣。夕飯を作っている最中の母親は、呆れて声を上げた。
「和臣、高校生にもなって、妹を虐めるんじゃありません。」
「いやいや、そいつが先に蹴って来たんだし。」
「お兄ちゃんのバーカ。」
こいつ、母さんに守られているからと思って、調子に乗りやがって……。
和臣は、渚ちゃんを軽く睨むと、自分の部屋に行った。
着替えて、夕飯前に今日の復習をしておくか、と机に向かっていると、ドアが開いて、渚ちゃんが入って来た。
「ノックくらいしろ。」
「…………。リリスに会って来たの?」
「変な言い方をするな。紅葉やプリも一緒だ。」
「明日は学校に来るって?」
「あっ、ああ〜。明日……か。」
言い淀む兄に、渚ちゃんは気色ばんだ。
「なあに? 明日、何かあるの?」
「明日は……、俺も休む。皆んなで、行かなければならない所があって……。」
「何、それ。ズルい。私も行く。」
「遊びじゃないんだ。」
「遊びじゃん。ゲーム仲間で、遊びに行くんでしょ?」
返事に詰まった和臣は「とにかく、ダメだ。」と言い渡すと、後は取り合わなかった。
渚ちゃんは、暫く、恨めしげに睨んでいたが、デコピンをされると、泣きながら出て行った。
それで終わりかと思っていたら、夕飯の時に、蒸し返して来た。しかも、ちゃっかり母親を味方に付けてである。
「和臣、渚のお友達と一緒なんでしょ? 連れて行って上げなさいな。」
「遊びじゃないんだよ、母さん。」
困り果てた和臣は、チラリと宗一郎を見た。
「渚の友達、美柱庵天莉凜翠さんは、国家保安の仕事をしている。和臣も、その手伝いをしているのだ。」
サラッと言われて、渚ちゃんや母親のみならず、和臣自身も驚いた。
「と、父さん。」
「和臣、死ぬかもしれない任務に就くんだ。俺は、むしろ、何故お前が、そんなに淡々としているのか分からない。」
その言葉に、和臣は虚を突かれた。前世を思い出してから「死」というものを、どこか軽く考えるように、なっていた気がした。
しかし、死は厳然たる死だ。例え、死してすぐに転生しようが、今の家族や知人、その絆は永遠に失われるのだ。そう思うと、今更ながら、死ぬ事に恐怖を覚えた。
「心配させたくない気持ちも理解出来る。だがな、俺達は家族なんだ。渚や母さんにも、ある程度の覚悟はさせておいてやれ。」
自分だって、公安調査庁勤めを隠していたくせに。と、和臣は、父親をジトッと見た。
「和臣、どういう事なの?」
「お兄ちゃん……。」
大きく深呼吸をしてから、和臣は話始めた。物心着いた時から持っていた特殊能力の事、紅葉との出会い、銀座線の事件……。さすがに、前世の事は言えなかったが、それ以外の全てを、訥々と、家族に語り続けた。
神王院地下屋敷でも、夕飯を終えた後、リビングの大きなテーブルを囲って、話し合いの席が保たれていた。
「リリスちゃん、裏葉ちゃん、今日も泊まっていくの?」
「すみません、叔母様。どうしても、ゲキリン、トラノオと話しがしたくて。」
「尋問かい? 勘弁してよ。」
軽口を叩くトラノオを、リリスが少し睨んだ。二人は朝と同じように、昴の両脇に居て、プリ様は膝の上だ。
「手伝ってやるのだ。文句はあるまい。」
ゲキリンが威張って言った。
「そういえば、げきりんたち いってたの。かみさまに うらみが あゆって。」
空蝉山での、ナガちゃんとの会話を思い出し、プリ様がポツンと話した。
「やっぱりね。何か意図があるのだと思った。」
「疑り深いな、リリスは。」
「プリ〜。余計な事、言わないでよ。」
ゲキリンは腕を組み、トラノオは、懲りずにまた、軽口を叩いた。
「そもそも、貴女達は魔王の側よね?」
「魔王ねえ……。」
リリスの質問に、トラノオが、物言いたげに口籠った。
「おくは まおう なの?」
「むっ……。そうだな。それくらいは、答えても、良いだろう。お前達の前世の敵、魔王と、オクは同一人物だ。」
薄々は分かっていたが、ハッキリ言われると、それはそれで、衝撃を受けた。
「ぜんせ からなの。かみさまたちと てきたい してたの。なぜ?」
「それは……。プリ、それは、お前を守る為でもあるのだ。」
ゲキリンの返事は、プリ様達の頭に、はてなマークを、乱立させた。
「胡乱な事言って、韜晦しないで。」
「そうなの。そもそも、とーるしんの かごを うけてたの。」
危害を加えようとする相手に、祝福と加護など、もたらすだろうか?
リリスとプリ様に畳み掛けられて、ゲキリンとトラノオは、目を合わせた。
「プリ、前世で、お前の身体を作ったのは、トール神なんだ。お前は、生まれた時の肉体を取り上げられ、魂をトール神の作った肉体に入れ替えられたんだよ。」
「そして、その肉体の入れ替えは、まだ赤ん坊の時に行われた。お前は元々、前世でも我等と同じ姿をしていたのだ。」
そう言われて、リリスは思い出した。
魔王城に攻め込み、魔王の部屋に踏み込んだ時、彼女は、自分=クレオ・ラ・フィーロと、紅葉=アイラ・アン・アンビーを指差して、トールではないのかと確認した。
魔王は、トールが、女性でなければならない、と思っていたのだ。
「ど、どういう事?」
「前世での鍛錬は、最初から、完全に失敗だったという事さ。だから、魔王は、前の世界を消滅させて、リセットしようとした……。」
トラノオが話し終わると、その場を、暫し、沈黙が支配した。
「……今度は上手くいっている。もっとも、玲の消滅がトラウマになって、せっかく覚醒した能力が、封じられたのは、魔王にとっても、予想外だっただろう。」
ゲキリンの言葉の裏にある意味に気付いた胡蝶蘭は、縋るような目で、彼女を見た。
「それって、つまり、プリちゃんは……。」
「そうだ。プリが完璧に覚醒すれば、真っ赤な髪をした第三の刀、獅子吼となるのだ。」
ししく! なんだか いいかんじ!!
プリ様は、事の重大さを、あまり理解せず、シシクという語感の格好良さに、酔いしれていた。
今回は旧スクII型エンジェルは、お休みします。
私事ですが、個人的に、物凄くショックだった出来事を、お話させて下さい。
何時もの様に、私の部屋に遊びに来た、お友達のアイちゃんが言うのです。湖島玲の「玲」の字を、「零」にしたらどうかと。
「嫌だよ。そしたら、全部書き直さなくちゃならなくなるじゃん。面倒くさいし、読んでくれている人も、訳分かんなくなるし……。」
言い返したら「そう……。」と、気の無い返事が返って来て、その後はベッドに寝転がったまま、私のタブレットを弄ってました。
何となく、気まずくなった私は、アイちゃんの持って来た袋の中に、雑誌が入っているのに気が付きました。
「何これ? ファショッン誌? 読んでも良い?」
と言いつつ袋から出すと、それはあの某結婚式場案内雑誌……。
「えっ? アイちゃん、結婚するの?」
「……。うん……。それ、婚姻届が付録についてて……。」
ベッドで上半身を起こしたアイちゃんは、頬を染めながら、肯定しました。
アイちゃんと結婚しようなんて物好きもいるのか……。と、妙な感心をしてしまった私は「相手はどんな人?」と、一応聞いてみたのです。
「探偵……。」
「探偵? 興信所に勤めているの?」
「そんなのじゃなくて……、名探偵みたいな?」
「ふーん……。」
「でも、悪の組織にも勤めていて……。」
「えっ!? 悪の組織? ちょっと、ヤバイ人じゃないの? 止めときなよ。」
「大丈夫。本当は公安警察官なんだ……。」
なんだか、かなり複雑な人みたいです。
「ここで、婚姻届書いても良い?」
「良いけど……。相手の人と書いた方が良くない?」
「良いの。ハンコ持っているし……。」
ハンコを持っている? そこで少し、違和感を感じる私。そんな私に目もくれず、幸せそうに婚姻届を書き始めるアイちゃん。
「…………? 彼氏、随分変わった苗字だね。」
「うん……。ハンコ手に入れるの苦労しちゃった。」
「えっ! そのハンコ、アイちゃんが買ったの?」
「うん……。」
彼女にハンコ買わせるって、大丈夫か、その男。
「ね、ねえ、アイちゃん。彼氏の写真とかある?」
痩せても枯れても、男一匹生きて来ました。この歳になれば、人相で、その人間の、大体の性質は分かります。
「恥ずかしいなぁ。」
「まあ、そう言わず。」
「うん、じゃあ、これ……。」
どうやら、スマホの待ち受けにしているらしいのです。どれどれと、画面を覗き込みました。
「………………。絵じゃん……。」
「絵じゃないよ。いつも話だってしてるし……。」
それ、危ない奴じゃん。
アニメのキャラと結婚する為に、ハンコまで買うのか……。(しかも、結構珍しい苗字。)
「私、これで、もう、彼の妻だね。」
「そ、そうスッね。」
「結婚祝いに、冷蔵庫のプリン、食べても良い?」
「そ、そうスッね。はい、どうぞ。」
怖過ぎです。逆らえません。
恐怖に慄く私を置き去りに、プリンを食べながら、幸せそうに、婚姻届を眺めるアイちゃんなのでした。