カラバリ商法のプリ様
その日の朝、神王院家地下屋敷の食堂は、異様な緊張感に包まれていた。
「昴ぅ、おかわり欲しいなあ。」
「昴、我にもおかわり。」
「おまえら、すばゆ から はなれゆのー。」
プリ様を膝に乗せた昴の両脇に、トラノオとゲキリンは、ピッタリと張り付いて、無心で食べ物をかっ込んでいた。
「すまぬ、プリ。昴から魔法子の提供を受けている以上、あまり離れるわけにもいかぬのだ。」
「なんだい、プリ〜。ヤキモチ妬いているのかい?」
「や、やいてないの。とらのお、ばかなの。すばゆ、なんとか いったげて。」
昴に訴えるプリ様。しかし、彼女は、感動の涙していた。
「プ、プリ様がヤキモチ……。プリ様が、プリ様が……。」
「やきもち ちがうの。」
「良いんですよ、プリ様。照れなくても。ああっ、可愛い、可愛い、プリ様ですぅ。」
「やいてないのー。」
感極まって、プリ様のオツムに、激しく頬ずりをし始める昴。
「クスクス。赤ちゃんみたいだよ、プリ〜。」
「うゆさいの、とらのお。すばゆ、やめゆのー。」
「はいはい、分かってますよ。私のカワユイ赤ちゃん、プリ様。」
辛抱堪らなくなった昴は、テーブルに向かっていたプリ様のお身体を、グルっと自分の方にひっくり返し、ホッペをスリスリしたり、鼻の頭を舐めたり、顔面にキスの嵐を降り注いだり、もう、やりたい放題。
「はい、ゲキリンちゃん。トラノオちゃん。」
「むっ。かたじけない、藤裏葉。」
「ありがとね、裏葉ちゃん。」
身動き出来ない昴に代わって、給仕をして上げてから、藤裏葉は、リリスの隣の席に戻った。
「ゲキリンちゃんが、しっかり者の長女。トラノオちゃんは、自由奔放な次女。甘えん坊の末っ子がプリちゃま。という感じですかね? リリス様。」
「…………。」
「リリス様?」
返事が無いので、ソッと横を見ると、リリスはプルプルと震えて、顔を真っ赤にしていた。
「す、昴ちゃん。ちょっと、やり過ぎよ。そんな、羨ましい……、じゃなくて、プリちゃんを離しなさい。」
「いやですぅ〜。せっかく、プリ様がヤキモチ妬いてくれたんですぅ。今のうちに、最大限の愛情表現をするんですぅ。」
「やいてないのー。」
「おやおや。お顔が暑そうだよ、プリ。」
「プリちゃま、私もキスして上げます。」
「……。これも美味い。おかわり。」
カオスな状態を呈する食堂。
「はい、全員、一旦落ち着く!」
胡蝶蘭が、パンと手を打ち、その場は静まった。食堂には、ゲキリンが、無心にお味噌汁を啜る音だけが、響いていた。
「まいぺーす すぎゆの、げきりん。」
「何だ? 今度は我に矛先を向けるのか?」
「プリはねぇ、昴を一人占め出来なくて、癇癪を起こしているのさ。」
「もぉぉぉ。ほんとに うゆさいの、とらのお。」
「嬉しい、プリ様ぁ。やっぱり、ヤキモチを……。」
「プ、プリちゃん、今度は、お姉ちゃんの膝の上においで。」
「プリちゃまー、オッパイですよー。」
食堂は、再び、狂騒状態に陥った。
「はい。もう、いい加減にしなさーい。裏葉ちゃん、食堂で、オッパイを、放り出そうとするのは止めなさい。」
胡蝶蘭が怒鳴って、一堂は、また、口を噤んだ。ゲキリンは、焼き魚の身をほぐし、せっせっと口に運んでいた。
「ちょっと、リリス。今日、何で学校来なかったのよ。」
「そうだぞ。渚の奴が、俺達の教室まで来て……。」
放課後、神王院家を訪ね、地下屋敷でリリスの顔を見た和臣達は、開口一番に文句を言ったが、走り回る三人のプリ様を見て、硬直した。
「とらのお〜、かえすの。」
「ちょっと、貸しておくれよ。遊んでみたかったんだ、ミラリンミラミラステッキ。」
「すまんな、プリ。少し弄れば、トラノオも満足するから……。」
「…………。もお、しかたない なあ、とらのおは。」
青いプリ、黄色いプリ、ノーマルプリ……。何だ、これは。カラバリ商法なのか?
紅葉と和臣は、パニックのあまり、思考が混線していた。
「はっ! あいつら、ゲキリンとトラノオなの?」
「……。どうも、そうみたいなのよ。」
「何故だ? なんで、アイツらが人間になっているんだ?」
「というより、何で、プリと同じ姿なの?」
「ええっと、それは……。」
「何故? どうして? ホワイ?」(和臣&紅葉)
「ちょっと黙って。シャラップ! こっちが知りたいくらいなのよ。」
和臣と紅葉に詰め寄られて、堪らず叫ぶリリス。とにかく、落ち着けと、藤裏葉が、二人をリビングのテーブルまで誘った。
「しかし、渚を連れて来なくて良かった……。」
「あらあら。あの子、来たがっていたの?」
「一日、アンタに会えなかったから、寂しいんですって。」
リリスの問いに、紅葉が、面白くなさそうな声で、答えた。
「ほら、プリ、返すよ。面白いね、ミラリンミラミラステッキ。」
「……。わかったの。ときどき、かしたげゆの。」
「おおっ、プリは良い子だ。お前の方が、お姉ちゃんみたいだな。」
「ちょっと待って、ゲキリン。私がプリより子供だって、言うのかなぁ?」
どっちも子供だろ? リリス、和臣、紅葉、藤裏葉は、同時に、心中で突っ込みを入れていた。
「しかし、あの会話からすると、やっぱり、三人は姉妹みたいに聞こえますよ。」
「おおっ、裏葉さん、鋭い分析だね。」
「ふふふ、和君。美柱庵家は、情報の収集、解析が専門なのですよ。」
「つまり、それで、何が分かるわけ?」
「よくぞ聞いてくれました、モミンちゃん。総合的に解釈すると、あの二人は……。」
「あの二人は……?」(リリス&和君&モミンちゃん)
「やっぱり、コチョ様の隠し子だと……。痛い、痛い、痛い。」
得意げに自分を指差す、藤裏葉の両方のコメカミを、胡蝶蘭が思いっ切り両手の拳でグリグリした。いわゆる「ウメボシ」である。
「違うって、言っているでしょ。シツコイわね、この子は。」
「痛い、痛い。ああっ、でも、この痛さが快感に〜。もっと、もっとして下さい、コチョ様〜。」
処置無しである。
「しかし、どうすんだ? 明日だろ、空蝉山行き。」
「そうそう、今日も、その打合せに来たんだし。」
和臣達の言葉に、三人で積み木をして遊んでいた、ゲキリンとトラノオが反応した。
「その為に、我等が出て来たのだ。」
「そうそう。役に立つよ、私達。」
それ、どういう事? と、胡蝶蘭は二人に近付いた。
「そもそも、どうやって、昴を空蝉山まで、連れて行くつもりだったのだ?」
ゲキリンに質問を仕返され、胡蝶蘭は返事に詰まった。
「ヘリで行って、パラシュートで降下……かな、と。」
「昴がパラシュートで? 出来ると思う? コチョちゃん。」
嫌味ではなく、トラノオが真顔で聞き返した。胡蝶蘭は、益々、言葉に詰まった。
その会話を聞いていて、昴は、ハタと、気が付いた。
『あれ? なんか、私が、お荷物みたいになっているんですぅ。』
昴は、話しに入り込もうと「あのぅ……。」と、手を挙げたが、三人は気付かずに話し続けていた。
「胡蝶蘭、我等二人が手を貸せば、昴は……、昴だけでなく、全員、空蝉山までは、難無く輸送出来る。」
「しかも、一瞬でね。」
「瞬間移動?」
「そうだよ。さすがの御三家でも、そんな真似の出来る術者はいないでしょ?」
瞬間移動……、これだ! 話しの糸口を掴んだ昴は、ここぞとばかりに、声を張り上げた。
「しゅ、瞬間移動なら、プリ様だって出来ますぅ。ねっ、プリ様。」
ななな、なんだってぇぇぇ。その発言に、胡蝶蘭のみならず、リリス、和臣、紅葉も驚愕した。藤裏葉だけは、もう一度ウメボシしてくれないかなぁ、と胡蝶蘭を見詰めていて、聞いてなかった。
「プ、プリちゃん、いつの間に、そんな大それた事を……。」
質量を持った物質である限り、何人たりとも、光速を超えるのは不可能だ。もし、出来るのならば、宇宙最強と言っても、過言ではない。
しかし、昴から話を振られたプリ様は、困った様に頭を掻いた。
「おぼえて ないの。」
「えっ……。プリ様、確かに、玲ちゃんと戦った時、瞬間移動してましたよ。」
「ううっ〜ん? れい との たたかい。よく、おもいだせないの……。」
必死に思い出そうとしているのか、顔を真っ赤にして俯くプリ様を、思わず、昴は抱き締めていた。
「ごめんなさいです、プリ様。思い出さなくて良いんです。」
玲の最期は、それ程までに辛い記憶となっているのか。封印してしまうほど……。
皆は、プリ様の為に、胸を痛めた。