激怒プリ様、魂の叫び
昴を守る。それだけを考えて、紅葉が走り出そうとした時、突然プリ様の埋まった石がミノタウロスの方に向かって吹き飛んだ。ミノタウロスとプリ様の相中に立ってバカ笑いをしていた蝙蝠女は、モロに喰らって弾き飛ばされた。
ユラリ……、土煙の中からプリ様が立ち上がった。可愛らしいフリフリのついたピンクのお洋服は所々が破けて、スカートもスリット状に裂け目の入った、せくしぃなお姿になっているが、プリ様のお顔は、そんな自身の格好も気にならないくらい怒りに燃えていた。
不意討ちだったので、少し防御が遅れてしまったのだが、その時に肩から提げていた、お気に入りのプリプリキューティーのポシェットがボロボロに四散してしまったのだ。それはもう見事にバラバラ。
プリ様の頭には、あのポシェットを買って貰った日の記憶が鮮明に蘇って来た。
二ヶ月前の四月、もうそろそろ桜も散ろうかという時期だ。お誕生日のプリ様は、両親とお付きの者(昴含む)に連れられてデパートに行き、プレゼントを買われまくっていた。山程のプレゼントにホクホクのプリ様は帰りがけに出会ってしまった。新番組、魔女っこプリプリキューティーのポシェットに。
「もうダメです。」
お母様からは拒絶の一言が発せられた。基本甘い母親なのだが、さすがに今日は買い過ぎたかな、と反省していた矢先だったのだ。
チラリとお父様を見た。無制限に甘い父親なのだが、奥さんには逆らえない。彼は悲しげに首を振った。
「大丈夫ですよ、プリ様。」
昴がそっと耳打ちした。
「私が後でコッソリ買っておきます。」
そう言われて、プリ様のお顔が輝いたのを、お母様は見逃さなかった。
「昴ちゃん。もしコッソリとプリちゃんに買い与えたりしたら、貴女を実家に送り返し、お父様とお母様、ご兄弟に囲まれた幸せな日々を過ごしていただきますよ。」
「ひえぇぇ、奥様〜、それだけはご勘弁を〜。」
家族の団欒などより、プリ様と一緒に居られないのが何より辛い昴の弱点を熟知していた。
ショボくれかえったプリ様を見て、お母様も少し心が揺れたが、教育の為と心を鬼にして帰ろうとしていた。
「奥様、良い考えがあります。」
その時、メイド頭のペネローペさん(本名:白井菊乃さん)が提案した。
「お嬢様には明日から一週間、ニンジンを残さず食べてもらいましょう。それが出来たらご褒美に、というのは如何でしょう?」
おのれペネローペさん(あだ名です。)人の弱味につけ込んでニンジンを食べさせようというのか。あんな不味いモノを……。
しかし、その条件を飲むしかなかった。プリ様人生三年目にして、初めての敗北であった。
「大丈夫ですよ、プリ様。ニンジンはコッソリ私が……。」
「昴さん。もしコッソリとニンジンを始末したら、実家に送り返して……(以下略)」
「わかってます。わかってますぅ〜。」
翌日から地獄が始まった。食べ物に溢れてはいるが、此処は地獄に違いない。プリ様は半泣きだった。
朝、昼、晩、きっちりニンジンを使った料理が並べられた。ご丁寧にオヤツまでキャロットケーキやニンジンチップスが出されるのだ。
おまけに完食した後に「おいたわしい。」だの「良く頑張りました。」だのと言って、一々昴が泣きながら抱き付いて来るのが鬱陶しい事この上なかった。
だからこそ、手に入れた時の喜びもひとしおだった。ペネローペさん(旧姓:横溝さん)は「今度はピーマンにチャレンジしましょうね。」などと言っていたが、無視した。
「おまえに、わたちのきもちが、わかいまちゅか?」
プリ様はミノタウロスに向かって叫んだ。魂の叫びだった。
「プ、プリ様が怒ってます。」
「う、うん。何だか激怒してるね。」
プリ様周辺の空気が怒りで揺らいだ。さしものミノタウロスも気圧されている。短い御御足が一歩踏み出された。一歩、もう一歩、徐々にミノタウロスに近付いて行く。再び角から雷を発生させたが、プリ様が右手を前に出し「きゃんせゆ。」と叫ぶと、中空で消滅した。
「やいじんのけしんにいなづまはきかないの。」
おお、そうだよ、トールって雷神だった。
紅葉はポンと手を打った。
「おまえに、にんじんのまずさが、わかりまちゅか?」
そう言いながら蝙蝠女の横を通り過ぎた。プリ様のただならない様子に恐怖していた彼女はホッと胸を撫で下ろした。だが、その時、プリ様がグルリと回し蹴りを女の顔面にヒットさせた。完全に八つ当たりだったが、これで蝙蝠女は絶命した。
更に歩を進め、もうプリ様はミノタウロスの眼前に迫っていた。彼は持っていた金棒を振り上げた。
「にんじん、たべやえゆようになっちゃったの。」
シャウトしながら、降って来る金棒を右の拳で迎撃した。ニンジンを克服してしまった悲しみを、この一撃に込めていた。金棒は拳の触れた先から亀裂が入り、砕け散った。
「よごえちまったかなしみに……。」
憂いに満ちたプリ様のお顔を見ながら、ミノタウロスは生まれて初めて恐怖を感じていた。ヤバい奴に手を出してしまった。後悔百万年である。
しかし彼とて、この新橋駅を預かるボスなのだ。幼女に負けました、そうですかー。ではすまない。
彼は自分の右拳に全ての力を込めた。魔法力も電撃のパワーも、全てをのせたパンチを放った。
潰れろ! 潰れろ! つ・ぶ・れ・ろー!!
プリ様は両腕を十字に組んで、それを受け止めた。当たった衝撃で身体が少し後ろに下がったが、なんとか持ち堪えた。
自重を増やしているのか。
ミノタウロスは思った。しかし問題ない。力で押し切れば良い。重力を操る力だって、永遠に続くわけではない。先に力尽きた方が負け。そしてそれは身体の小さいこいつに決まっている。
「おまえ、なんにもわかってないの。ばかなの。」
不意にプリ様が涼しい顔で言った。
「ほうだんがわえたこと、かなぼうがくだけたこと。ちゅういぶかく、かんがえゆべきだったの。」
何だ? こいつは何を言っている?
ベキッと音がして、ミノタウロスの右腕に亀裂が入った。驚いた彼は右手を引いて、一歩後ろに下がった。
その隙にプリ様が突進して来た。
「じごくで、にんじん、たべてなさい。」
ミノタウロスの体重十人分くらいの重いパンチが彼の腹部に当たった。新橋駅のボス、ミノタウロスは力尽き、膝を折って倒れた。
『どういう意味だ?』
死の間際、ミノタウロスは必死に考えていた。
『砲弾が割れた。金棒が折れた。俺の腕が裂けた……。」
重力を操る力、稲妻をキャンセルし……。
『そうか! そういう事か。』
なんだよ、滅茶苦茶チートじゃねえか。勝てるわけねえ……。
ミノタウロスは息絶えた。
プリ様は彼の死体を哀愁に満ちた目で見ていたが、やがて一言呟いた。
「うぃすきーぼんぼん。」
「もしかして、ボン・ヴォヤージュって言いたかったの? ボンしか合ってないし。」
近付きながら、プリ様の呟きを聞き取った紅葉が突っ込んだ。
「ぼん・ゔぉやーじゅ……。」
「良い旅をって、あんた、それすごい皮肉よ。」
ミノタウロスの惨殺死体を見ながら紅葉は言った。
「プリ様〜。よくぞご無事で。」
ゲキリンを構えたまま、昴が抱き付こうとした。プリ様は顔を青くして避けた。
「どうして逃げるんですか? プリ様〜。」
どうしてもクソもあるか。ゲキリンをしまえ。危な過ぎるだろ。っていうか、追って来るな。
逃げるプリ様に、昴は泣きながらついて行った。
伝説のミノタウロスさんは稲妻なんて出しませんが、本名が雷光とか、そんな意味があるというので、安易に雷を出してしまいました。
決して、稲妻ネズミの回で、トールは雷神というエピソードを入れ忘れたからではありません。