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再起動

 突然、激しい振動を感じて、勇者トールは目覚めた。眠っていたのか、気絶していたのか? そういえば、魔王と相討ちになったのではなかったか。朧げな意識の中で記憶を辿っていると「プリ様、プリ様ぁぁぁ。」と喚き散らす女の声に思考をかき乱された。

 声の主はトールを庇うように抱き締めていた。今、自分は立っているのに、女はしゃがみ込んで抱き付き、しかも顔は同じ位置にある。してみると、この女は3メートル弱はある計算だ。驚いて辺りを見回したら、それと同じくらいの大きさのゴブリン達が六匹程うろついていた。巨人の国にでも迷い込んだのかと、さすがのトールも少し怯んだ。


「プリ様逃げますよぉ。」


 女はトールをひょいと持ち上げて、胸元に抱えて走りだした。女の装束は紐状で、辛うじて大事な所が隠されているだけだった。ほとんど裸なので、顔に押し付けられる乳房の、形がないくらいの柔らかさもダイレクトに伝わって来る。よくこんな柔らかい身体で自分を持ち上げる力が出せるものだと感心して、よくよく顔を眺めていると、何だか見覚えがあった。銀髪で、首輪を付けていて……。


『あっ、エロイーズ!』


 彼女を思い出した事によって、益々混乱が増して来たが、わかった事も一つあった。周りが大きいのではなく、自分が小さくなったのだと。だが、どんな状況だろうとトールは勇者だ。『ゴブリン共など蹴散らしてやる。』と決意して、グッと右手に握り締めている筈のミョルニルを確認すると、持っていたのは金属製の籠だった。中では子犬が太平楽に眠っている。


『えっ、武器も無いの?』


 これにはかなりヘコんだ。そうこうしている内にエロイーズは壁際に追い詰められている。改めて見回したら、今居る場所も変わった所だった。箱状の細長い木製の部屋。壁側に長椅子が設置されている。知っている物の中で、一番良く似ているのは乗合馬車だ。ただ違うのは、それが何両も連結されているらしいという点だった。


「プリ様、必ずお守りいたしますぅ。」


 エロイーズは目を瞑り、恐怖に震えてはいたけれど、トールをしっかり抱いて離さなかった。健気だが、戦うには邪魔だ。「離せエロイーズ、俺が戦う。」そう言ったつもりだったのに、耳に聞こえたのはこんな言葉だった。


「はなちて。たたかうの。」


 何だ? この可愛らしい声は。俺の声か?

 狼狽えるトールの頭に、徐々にトールとしてではない別の人生の記憶が蘇って来た。そうだ、自分は電車に乗っていて……。


「グギギィィィィィ。」


 突然、後方に居たゴブリンが二匹、悲鳴を上げて吹っ飛んだ。その叫びにトールの思考は中断された。


「もう、大丈夫だぞ。」

「私達が全部やっつけるから。」


 隣の車両から移って来たであろう十五、六歳くらいの少年と少女が現れ、一瞬で二匹を葬りさったのだ。敵の出現に、ゴブリン共はトール達から彼等に注意を向けた。二人は、まるで見開き大ゴマの技名シャウトで敵を蹂躙するような手際の良さで、全てのゴブリンを投げ飛ばした。

 戦闘を終えて、二人は此方に近づいて来た。エロイーズはトールを抱き締めたまま、何度も礼を言ったが、彼等は微妙な表情で彼女を見詰めていた。


「この女をどう判断する?」

「抱いている女の子を守っているようにも見えるけど……。」


 こいつ等どっかで見た覚えがあるな、とトールはぼんやり考えていたが「抱いている女の子。」という言葉を聞いて仰天した。それは、多分、恐らく、絶対、自分の事を言っているのだ。待て、待て、そういえばさっき何か思い出し掛けていた。

 ギンザセンに乗ったんだよ……。


「魔族でしょ。女の子は独り占めで食べる気だったんじゃない?」


 少女の方がそう言って拳を振り上げた。


「ま、まままま、待って下さいぃ。私はそんな怪しげな者ではありません。どこからどう見ても人間でしょ?」


 裸同然の格好に銀髪。どう見ても怪しげで魔族です。ご愁傷様です。


「魔族は皆んなそう言うのよ。安心して。痛みをかんじる間もなく、一瞬で殺して上げるから。」


 少女はニッコリ微笑んだ。彼女も何となく悪魔っぽい。


「わわわわ、私の名前は光極天昴(こうぎょくてんすばる)といいます。正真正銘、人間ですぅ。」


 はいはい、とまるで聞く様子もなく、瞬殺しようとしている手を、少年が抑えた。


「なんかさあ。俺、こいつ見た事ある気がするんだよな。」

「うわ、キッモ。口説くの? また、そうやって口説くの? この女、魔族よ。見境いないの? あんた、私と初めて会った時も同じ手口で口説こうとしたよね?」

「口説いてないし。本当に、なんかこう……、前世からの宿縁みたいな? そんなのを感じたんだよ。」

「出たよ、前世。キモさの極北。あれ? 私何でこんなキモいのと連んでいるんだろ? 風邪引いて熱でもあるのかな?」

「……。好い加減にしろよ、お前。泣かすぞ?」

「はあ? 誰が誰を泣かすって?」


 二人が言い争っている隙を突いて、昴はトールを抱いたまま、ソーッと立ち去ろうとしていた。


「待ちな。逃がしゃしないよ。」


 少女に凄まれ、ビクッと立ち止まった。振り向くと、トールを下ろし、自分の背中に隠しつつ、二人と相対した。


「ここここ、こうなったら最後の手段です。」

「何? とうとう魔族の本性剥き出しにしようっての? 面白いじゃん。」


 昴と少女の間に緊張が昂まり、稲妻が走った。気がした。


「ごめんなさい。許して下さい。何でも言う通りにいたしますから、命ばかりはお助けをー。」


 昴は少女の足元にひれ伏し、土下座した。身も世も無いという様子で額を地面にグリグリ擦り付けている様は、憐れを通り越して滑稽ですらあった。


「お許し下さい。お許し下さい。何でもしますぅ。靴も舐めますぅ。」

「じゃ、舐めて。」

「えっ、ホントに?」

「舐めるって言ったよね? 出来ないの? なら死ぬ? 」

「舐めます。舐めますぅ。」


 そんな遣り取りを見ていた少年がポンと手を叩いた。


「お前、エロイーズだな。」


 その言葉に少女と昴(=エロイーズ?)が彼を見た。


「うおおお、凄えぇぇ。一つ糸口が掴めたら、芋づる式にドンドン前世を思い出して来た。その奴隷装束といい、情けなさの極まった土下座といい、全然変わってねえ。」


 興奮する少年を気味悪そうに少女が見た。


「和臣、そこまで来たらちょっと笑えないわ。そんなにあの女が欲しかったの?まあ、あれだけエロい格好をしていたら、あんたが目覚めてしまうのもわかるわ。思春期の男の子だものね。私、後ろ向いとくから一発いっとく?」

「嫌です。嫌ですぅ。一発なんかいきません。大体エロい格好って何ですか。私は由緒正しいメイドの服装を……。」


 そこまで言って、昴は改めて自分の姿を見直した。


「うわああああ。何ですか、これ。何ですか、これ。何なんですかああああ。」

「ああ、そのドジッ()ぶり。いやあ、懐かしいわ。」

「和臣、止めなって。マジ痛いよ。」

「何言っているんだよ。お前の事も思い出したぞ。お前、アイラ・アン・アンビーだっただろ?」

「私は絵島紅葉。アイラなんて、そんな珍妙な名前じゃ……。」


 言いかけて、紅葉は頭を抱えた。


「えっ、嘘でしょ。知らない記憶が蘇って来る。マジ? マジ? 確かに居た。奴隷のエロイーズ。そして和臣、あんたは……イサキオス。イサキオス・ミキリソ。」

「そうだよ。同じ記憶がある。やっぱり俺達は前世から連んでたんだ。」

「嘘。嘘、嘘。認めない。前世なんか認めない。認めないのに何で記憶が鮮明になって来るの? イサキオス……、じゃない和臣。あんた何かしたでしょ。あんたの厨二病がうつったんだ。」

「認めろよ。凄いぞ、前世は本当にあったんだ。」


 和臣は興奮していて、紅葉は混乱していた。その隙を突いて昴はソーッと……。


「まあ、待ちなって。エロイーズ。」

「きゃっ、きゃううん。」


 後ろから紅葉にがっちり肩を掴まれて飛び上がった。


「確かにあんたも前世の知り合いだったよ。」

「そっ、そうですか。それならもう靴舐めなくても良いですか?」

「ああ、良いよ。」

「ほ、ホントですか?」

「あんたは魔族で魔王の娘だった。やっぱり()る。」

「ひいいぃぃ、おおおお、お助けを~。」


 そうかー。あいつ等、イサキオスとアイラだったかー。顔も身体つきも変わってしまっていたけど、なんか懐かしい感じだったんだよなぁ。

 三人の会話から完全においていかれたトールは少しウトウトしながら思っていた。そろそろおネムの時間であった。


主人公の影が薄いのではないかと御疑いの貴方。

早まってはいけません。

次回ではフルネームも明かされて、可愛さ爆発です。

たぶん……。

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