ぷりに まかせゆの。
お昼休みに、リリスが和臣達の教室に行くと、鴻池と名乗る女生徒が近寄って来た。
「噂の中等部の子ね? 曽我君に用?」
「ええ。和臣ちゃんと、紅葉ちゃんにも。」
それを聞いた、教室中の曽我絵島ウォチャッーに、激震が走った。
とうとう直接対決なのか、と。
因みに、リリスが和臣達の教室に来たのは一回だけ、それも、和臣を花火大会に誘う為だった。そして、度々、妹の渚ちゃんを交えて、一緒に居るところを目撃されたので……。
リリスは妹の友達。それが、兄の和臣に好意を持ってしまった。と、推測されていたのだ。
無責任な世間の風評は恐ろしい。
「そ、曽我君、呼ぼうか?」
若干、緊張で上ずる鴻池さんの声。
リリスは、教室中のピンと張り詰めた空気を感じ取り『何なのかしら、この緊迫した雰囲気は。』と、思っていた。
「あらあら、また二人でベッタリなのねぇ……。」
窓際の席で、友達の安田君と話しながら、お弁当を食べている和臣の隣に座り、彼の耳朶を弄っている紅葉を見付けたリリスは、ちょっと呆れたみたいに溜息を吐いた。
「ひ、引かないの?」
その呟きを聞いた鴻池さんが、驚いて訊ねた。前に妹の渚ちゃんですら、異様な光景と断じていたのに……。
その時、いつものように、和臣がタコさんウィンナーを、紅葉の口に放り込んだ。
リリスが和臣に恋しているなら、さすがに、これはショックを受けるだろう。と、変な期待に満ちた目で、鴻池さんはリリスを見た。
「あっ〜。教室で、あれはマズイわね。どう見てもラヴラヴカップルだわ。ねえ、鴻池さん。」
しかし、リリスは、ニッコリと、鴻池さんに笑いかけた。
『場慣れしているわ。待って。確か前に、絵島さんが、曽我君は浮気性の酒場の未亡人に失恋したって……。』
まさか、この子!? いやいや、そんな馬鹿な。でも、英国帰りだって噂だし、あっちでは、もしかして、この位の歳で、結婚して未亡人になれるのかも……。
有り得ない想像をして、グルグルしている鴻池さんを残し、リリスは和臣と紅葉に近付いた。
「うおお。リリスちゃんじゃん。お、俺、覚えている……?」
リリスの入室によって、教室内は色めき立ち、安田君は、何とか繋がりを持とうと、必死で話し掛けていた。
「こんにちは、安田さん。二人とお話ししたいので、ちょっと、その席使わせて頂いてよろしいですか?」
「ど、どうぞ。どうぞ。」
リリスからの頼みに、安田君は、座っていた椅子から立ち上がり、丁寧に座面を手で払った。リリスが自分の名前を覚えていた事に、完全に舞い上がっている様子であった。
『お前、体良く追っ払われているぞ。』
和臣は、盛んに愛想笑いをしながら、離れて行く安田君を見て、思っていた。
「わざわざ、教室まで来て、何の用なの?」
言外に、どうせ放課後に会うじゃん、と紅葉は言っていた。
「渚に聞かれたくなかったから……。」
空蝉山行きを打診しに来たのだ。
「行くのは、平日なんだけど……。」
確かに、渚ちゃんに聞かれると、色々厄介だ。
「勿論、行くわよ。」
紅葉は二つ返事で了承した。紅葉程に捻くれた性格でも、パーティの為となれば、躊躇いなどしない。彼等と前世から仲間であったのは、僥倖であるのだな、とリリスは思った。
しかし、一方の和臣は、少し、考え込んでいる風であった。
「何よ、アンタ。行かないの? パーティの仕事なのよ。」
「行かないとは言ってない。ただな、平日に、俺とお前が同時に休むと、また、あらぬ噂がな……。」
何を今更……。
「あらあら。新婚旅行くらいにしか思われないから、大丈夫よ。」
「いや、それは大問題だろ。」
「それよりも、ご両親に説明出来るかしら? 叔母様から言ってもらいましょうか?」
和臣の抗議を無視して、リリスは話を続けた。
「私の家は平気よ。どうせ、親は私に無関心だし……。」
サラッと、家庭の問題を言う紅葉。
「まあ、俺も両親に話を通しておく。」
キチンと筋を通せば、それ程煩い親ではない。と、和臣は高を括っていた。
実際、夕飯後、渚ちゃんが部屋に引っ込んだのを見計らって、両親に話をすると、母親は「先方に迷惑をかけちゃダメよ。」と、特に難無く認めてくれた。
しかし、何時もは、母親以上に大らかな父、宗一郎が、難しい顔をして、腕組みをしていた。
「和臣、ちょっと来い。」
遂には、連れ出され、車に乗せられた。
「紅葉ちゃんも拾って行く。住んでいるマンションの玄関まで、出て来るように、連絡しておけ。」
和臣一家の住む集合住宅は、六本木駅の近くにある。紅葉の住まいは、ロシア大使館で有名な狸穴の近くだ。車なら五分で着くだろう。和臣は、慌てて、電話をした。
車に乗り込んで来た紅葉は、いかにも、お嬢様というフリルの付いた黄色いワンピースを着ていた。壊滅的に似合わねえ、と思ったのは和臣だけで、宗一郎は「紅葉ちゃんは清楚な服装が似合うねえ。」などと言って、相好を崩していた。
「それで、お父様、何処に向かっているんですか?」
おい口調が、いつもと違うぞ。トーンも一オクターブ高くなっているし……。
和臣が苦々しく思っていたら、宗一郎は、意外な行き先を口にした。
「阿多護神社だ。」
阿多護神社の住宅部分を訪ねると、玄関まで、プリ様がお出迎えに来てくれていた。
「かずおみ〜、もみじ〜。」
そう言って、二人に抱き付いて来るプリ様は、とても可愛い。和臣は、高い高いをしてやり、プリ様もキャッキャッと喜んだ。
「ええっと、君達だけかね? お母様は?」
宗一郎は、子供しか居ないのを、不審に思って、昴に声を掛けた。人間関係を把握していないので、プリ様と昴を、姉妹だと思っているらしい。
昴が口を開こうとした時、遅れてリリスがやって来た。
「叔母は不在でして、私がお話を伺ってもよろしいですか? 曽我宗一郎さん。」
「おおっ、貴女は美柱庵の……。やはり、そうだったか。」
なんか、展開に乗り遅れている。と、プリ様達は思っていた。
「親父、公安調査庁に勤めていたのか?」
和臣が驚いて口にした。なんで、父親の職業を知らないんだよ。と、プリ様、昴、紅葉は、ジトッと彼を見詰めた。
「任務の秘匿性によっては、身分を隠す事もあるのよ。」
リリスがお茶を啜りながら言った。居間に移ったプリ様達は、そこで、テーブルを囲って話をしているのだ。
「宗一郎さんは、政府と御三家のパイプの一つ。特に諜報を担当する美柱庵とは、持ちつ持たれつの間柄なの。」
冴えない中間管理職の小役人だと思っていた……。
「親父〜、御三家相手なんて、苦労しているんだな。」
「どういう意味かしら? 和臣ちゃん。」
その、和臣とリリスの親しげな会話を聞いていた宗一郎が、大きな溜息を一つ吐いた。
「特殊事案Yに民間の協力者が居る、とは聞いていたが、やっぱり、和臣と紅葉ちゃんだったか……。」
「どうして、気付いたのです?」
「今回、神王院家から出された『神事』の計画書に、二人の名前があった。まあ、此処に出入りしている時点で、薄々気付いてはいたが……。」
リリスの質問に、宗一郎は複雑な表情で答えた。
「まあ、しかし、御三家の人間が全て入っているチームというのは稀だ。その一角がリリスさんならば、残りの光極天と神王院の方も、さぞかし、猛者揃いなのでしょうな。」
息子と、その婚約者を心配する宗一郎は、自身を安心させるかの様に言った。その宗一郎の袖を、プリ様が嬉しげに引っ張った。
「ああ、お嬢ちゃんのママかな? チームリーダーの符璃叢さんは。」
「ちがうの。ぷりが ぷりむら なの。」
えっ……。宗一郎の驚きに、居間を沈黙が支配した。
「あんしん して いいの。かずおみと、もみじは、ぜったい まもゆの。ぷりが まもゆの。」
得意満面に、自分の胸を親指で差すプリ様。救いを求めるかの如く、リリスに視線を送る宗一郎。だが、リリスは、微笑んで首を振った。
「おじたん、ぷりに まかせゆの。りーだーの ぷりに。おおぶねに のった きで いゆの。」
なんで、舌も回らない幼女が、リーダーなんだ? 宗一郎は、苦悩の表情を浮かべ、頭を抱え込んだ。