長髄彦からの依頼
プリ様の家から帰ったオフィエルは、オクの城へと向かった。プリ様と遊んだ日は、一応、オクに報告しているのだ。オフィエルなりの、筋の通し方であった。
城の入り口の石段の所まで来ると、小さな人影が石段に座って、蹲っているのが見えた。ハギトだった。
「はぎと じゃーん。どうしたって たいちょうふりょう?」
「……。おふぃえるちゃん……。」
おや? 逃げないのか。珍しいな。と、思った。いつもなら、オフィエルが話し掛けるだけで、逃走をする。
オフィエルは、ハギトの隣に、ストンと座った。一瞬、ビクンと、肩を竦めたが、やっぱり、ハギトは座ったままだった。
「おふぃえるちゃん……。しってた? ふぁれぐちゃんの こと……。」
ああ、オクの奴、話したのか。泣きながら自分を見て来る、ハギトの顔を暫し眺めた後、オフィエルは黙って首肯した。
「わたしだけが しらなかったんだ……。」
「……、わたしも、つい さいきん しった じゃん。」
オフィエルは、鞄の中を弄り、プリ様の家を辞去する時に包んでもらった、大福を一つ、ハギトに手渡した。
「めずらしい。おふぃえるちゃんが おかし くれる なんて。」
「かなしい ときは あまいものが いいって かんじ? なみだが とまるじゃん。」
ハギトは、小ちゃなお口を、精一杯開けて、パクッと一口かぶりついた。続けて一口、もう一口。
「とまら ないよ。ぜんぜん、なみだ とまらないよぉ。」
「…………。そういう ときも あるじゃん……。」
泣きながら大福を頬張るハギトの横に、オフィエルは、寄り添う様に、いつまでも座っていた。
プリ様にしがみ付いていたリリスが、漸く落ち着いた頃、胡蝶蘭が出先から帰って来た。その頃には、昴、リリス、藤裏葉で、例によって、プリ様の取り合いになっていたのだが、三人とも、実の母には勝てず、プリ様は胡蝶蘭に、ヒョイと抱き上げられてしまった。
「プリちゃーん。空蝉山に行ける日が決まりましたよ〜。」
「ほんと でちゅか? おかあたま。」
喜んだプリ様は、母親の胸に、ヒシと貼り付いた。
「空蝉山に行くんですか?」
「そうよ。リリスちゃんも来る……。」
と言いかけて、胡蝶蘭は口を噤んだ。龍になって暴れてしまったので、空蝉山は、リリスにとっては、あまり良い思い出ではないかもしれないのだ。
そんな気配を感じ取ったリリスは、ニッコリと微笑んだ。
「大丈夫ですよ、叔母様。確かに、あの夏の日は、オクの玩具にされた、最悪の日でしたけれど……。」
そこで、頰を赤らめて、チラッと、プリ様を見た。
「プリちゃんが、まるで、花嫁への誓いを立てる様な、熱烈なキスをしてくれた事で、全部帳消しになりましたから……。」
リリスは、胸に手を当てて、幸せそうに、ウットリと目を閉じた。
ふ、ふーん。そうなの……。と、胡蝶蘭は、若干引き気味に頷いていた。
「ちょっ……、ちょっと、何ですか、それ。そんなの、全然、聞いてないんですぅ。」
「あらあら、恋人同士の秘め事ですもの。普通は言わないのよ?」
気色ばむ昴に、冷静に言い返すリリス。
「そうです。ズルイです。私も、プリちゃまと、キスします。」
そこに何故か、藤裏葉も参戦して来た。争いの坩堝と化す、神王院家リビング。
「けんかは だめ なのー。」
プリ様が叫んだ、ちょうど、その時、ピッケちゃんが、フワフワと飛びながら、リビングに入って来た。
「ぴっけ!」
その可愛い姿を見て、プリ様は、胡蝶蘭から離れると、ピッケちゃんを抱き締めた。
「ぴっけ! ぴっけ! ぴっけ〜!」
「ぴっけちゃん、なにが いいたいの?」
ピッケちゃんは、物言いたげに、盛んに「ぴっけ、ぴっけ。」と繰り返していたが、やがて、ラジオのチューニングが合うみたいに、誰かの言葉が聞こえて来た。
「ピッケ……き……聞こ……えるか……。プ……リ……。」
「この こえは……、ながちゃん?」
ナガちゃん? もしかして、プリ様が空蝉山で会ったという、長髄彦命か?!
プリ様以外の、その場に居た全員が、初めて聞く神の声に、総毛立つほどの戦慄を覚えた。
「ピッ……プ……リ……。おま……え……に、頼み……が……あるの……ッケ……だ。」
そこまで聞いた時、リリスは、ハッとして、藤裏葉に命じた。
「裏葉さん! 昴ちゃんを次元断層障壁で囲って!」
「えっ、陰湿なライバル潰しですか? リリス様。」
「違うわ。オクに聞かれない為よ。」
前にオクは認めていた。昴を通して此方の様子を窺う事が出来るのだ、と。
「えええ? なんで、オクって子に、聞かれないようにするのに、私を結界で囲うんですか?」
「説明は後よ。裏葉さん、やっちゃって。」
「次元断層障壁〜!」
「ちょっと……待っ……。」
無慈悲に結界が張られ、昴の言葉は、途中で掻き消された。
「プリ、神……獣で……ある、ピッケ……の脳を……借りて、お前に……通信……している……。」
途切れ途切れだった音声は、やがて、明瞭に聞こえ始めた。長髄彦の声で喋るピッケちゃんを見て『違和感が有る、というより、不気味だわ。』と、皆んな思っていた。
「ながちゃん、なんの よう?」
「プププ、プリちゃん!」
あまりにフレンドリーに神様と会話をするプリ様を、胡蝶蘭は、思わず、窘めた。
「だいじょぶなの、おかあたま。ながちゃんは ともだち なの。」
神様が友達……。なんか凄いわ。と、胡蝶蘭、リリス、藤裏葉は感心した。
「プリよ、空蝉山に行って欲しいのじゃ。」
「ちょうど、いく つもりだったの。」
「何? それはラッキーじゃ。」
ナガちゃんの声は喜色を帯びたが、その軽いノリに、プリ様以外の三人は「なんか、胡散臭いわ。」と思っていた。
「なにを すれば いいの? ながちゃん。」
「亜空間ゲートを開く装置を、作動させて欲しいのだ。」
亜空間ゲート?! 良く分からないけど、カッコいい。プリ様は、俄然、張り切った。
「ピッ……おっと……ケ。これ以上は……ピッ……ピッケちゃんの脳が……ケ……保たん。……ではの、プリ。」
「まつの。どうすれば いいか わからないの。」
「現地に……ピッ……行って……、キ・イムンカムに……ピッ……聞け。」
「それ だれ?」
「お前が……ピッケ……赤肘爪熊……ピッケ……呼んでいた……ピッケ、ぴっけ……者だ。」
長髄彦の言葉は、そこで途切れ、ピッケちゃんが、ウニャウニャ、ピッケピッケ、と鳴くだけになった。
「おかあたま……。」
目を輝かせて、母親を見るプリ様。
「しめい が できまちた。おかあたま。」
「えっ……ええ。」
返事をしながらも『大丈夫なのかしら、あの神様。』と、まだ胡散臭く思っている胡蝶蘭。
「叔母様、私と裏葉さんも同道します。可能なら、和臣ちゃんと紅葉ちゃんも……。」
何か、キナ臭いものを感じ、リリスは、プリ様パーティでの任務遂行を提案した。
「ようし、ぷりぱーてぃの しゅつじん なの〜。」
「おおっー!」(リリス&藤裏葉)
紛いなりにも、神様からの依頼を受け、士気上がる三人。
「ところで、リリスちゃん。そろそろ、昴ちゃんを解放して上げたら?」
「あっ、忘れてた。」
テヘペロ、コツンするリリス。お茶目さんである。
「プーリーさーまー! 死ぬかと思いました。プリ様欠乏症です。昴はプリ様欠乏症なんですぅ。」
解放された昴は、そのまま、プリ様に抱き付き、プリ様ラッシュを始めた。
まあ、仕方ないかな。と、大人しくしているプリ様であった。
おっ、話が面白くなって来た。と思ったら、次元断層障壁に阻まれ、何も聞こえなくなった。オクは、瞑想を止め、寝ていたベッドの上で、半身を起こした。
やっぱり、神々は行動を起こしたか……。しかも、予想よりも早い……。
軽く舌打ちをし、オクは考え込んだ。
空蝉山に行く、プリちゃん達を、気付かれないように追いかけよう。
オクは、そう決めて、ニヤリと笑った。