おまえの せいぎは ぷりの あくなの。
ちょっと、話があるのだけれど……。と、ハギトを呼び止めたオクは、期待に顔を輝かせて迫って来る彼女の笑顔を、正視出来ずに目を逸らした。
「なに、なに、おくさま。おかし?」
どうして、この子、誰かが声をかけると、お菓子を貰えると思うのかしら?
オクは、暫し、回想した。
フルは、母性本能をくすぐられるのか、よくオヤツを作ってあげている。それはファレグも同様だった。アラトロンとベトールも、庇護欲をそそられたのか、時々、自分のお菓子を分けて上げていた。
ハギトちゃんにお菓子を与えないのは、オフィエルちゃんだけか……。
そう思い至ると、なんとなく、ハギトが他人に、懐く基準が分かったような気がした。
「う……うん、おいしい おかしが あるの。よかったら、わたしの おへやで いっしょに たべない?」
「うっわーい。」
ハギトが、嬉しさを爆発させて、飛び上がった。
ここ、AT THE BACK OF THE NORTH WINDでは、食べ物や服、日常雑貨は、無人のお店に陳列してあって、勝手に持って行って良い。七大天使達が、不自由せず暮らせるよう、オクが魔法で補充していた。(正し、品物は、湖島玲が子供時代を過ごした、七十年代の物しかない。)
なので、お菓子なども、食べ放題といえば食べ放題なのだが、何故か、ハギトは、人から貰うのを、凄く喜ぶのだ。
「だあって、だれかと いっしょに たべるのが、おいしいん だもん。」
満面の笑みで、そう言うハギトを見ていると、オクは、これからしなければならない話が、益々、言い辛くなっていくのであった。
千代田区に本社ビルを構える、その世界的にも有名な大企業を訪ねたリリスは、ほぼ、確信を持って、オフィエルが、創業者一族の令嬢であると断定した。
『一体、何の不満があるというのかしら?』
父親は会社の取締役。たった今、話して来たが、若いのに明確なビジョンを持った、才気溢れる人物だ。
と言って、家庭を蔑ろにするでもなく、行方不明の末娘の身を、本当に案じていた。
「松濤に行って。」
車に乗り込むと、運転手に告げた。
「今度は渋谷ですか……。プリちゃまのお家には、寄らないんですか?」
通過して行く皇居のお堀端を見ながら、隣の席の藤裏葉が、退屈そうに言った。
「松濤が終わったらね。」
「……私だけ、阿多護山で降りちゃダメですか?」
千代田区から渋谷に行くのに、途中で阿多護山の近くを通る。
「ダメよ。」
「だっ、だって、私、車中で待っているだけなのに……。」
「…………。裏葉さん、私のボディガードでもあるでしょ?」
私より万倍は強い人の、何をガードすれば良いの。
ボソッと言った藤裏葉の呟きを、リリスは聞き逃してはいなかった。
「ほ、ほら、あそこ。運転手さん、あそこで停めて。あの道を左に折れると、阿多護山のトンネルに……。」
「ダメよ。先に行って、プリちゃんを独占する気でしょ? 絶対にダメ。」
「そ、それが本音ですね。」
あれ、でも、これ良いかも。主家の我儘お嬢様に、愛する人と引き離されるお預けプレイ……。
ふと、そう思い至ると、我慢出来ずに、モジモジと身体を捻った。
「ああっ、リリス様ぁ。もっと、もっと、高慢に私を踏み躙って下さいぃぃぃ。」
「何が、どうなって、その台詞が飛び出て来たの?」
ところで、プリ様は愛する人なのか? という疑問を残しつつ、リリスと藤裏葉を乗せた車は、松濤へとひた走った。
「ぷり、この みらりんみらみらすてっき、ぶんかい しても いいかって、おゆるし。」
「だだだ、だめなの。やっと、かって もらったの。だいじ なの。」
「だいじょうぶ って かんじ。さんばいに ぱわーあっぷ して やるじゃん。」
玩具の何を、どう、三倍にするのか、意味不明であった。
「オフィエルちゃん、何でも分解したがりますね。」
「あたりまえ じゃん。ぶんかい、くみたて。このよに これいじょうの ごらくは ないって、しふく。」
お菓子をテーブルに置きながら言った昴に、ドライバーをクルクル回しながら、オフィエルは答えた。
最近、オフィエルは、二日と開けずに、神王院家へ遊びに来ているのだ。
「おっ、きょうの おやつも うまそう じゃーん。ほら、おまえも くうじゃん。」
「なんで、あなたに いわれなきゃ いけないの。」
ちょうど居合わせた晶が、オフィエルの言葉に、頰を膨らませた。
「まあまあ、あきらしゃん。いっしょに たべゆの。」
「……。ぷりちゃんが そう いうなら……。」
プリ様の仲介で、機嫌を直した晶は、大福を手に取り、大人しく食べた。
「おいしいね。」
「おいしいの。」
「うますぎ じゃーんって、みつぼし。」
愛想良く笑いかけたオフィエルから、無視するみたいに目を逸らす晶。
「つめたい じゃーん、あらとろん。まえは よく いっしょに ちゃー したじゃん。」
「って、だれが あらとろん なの。そんな へんな なまえ じゃ ありませーん。」
思わず言い返した晶は、オフィエルの顔を、マジマジと、見た。
まさか、思い出したのか? プリ様と昴に、一瞬走る緊張。
「ほらほら。こな ついてる。しょうがない こね。」
ティシュを取って、オフィエルの口を拭き始める晶。
『なんだ。また、あきらしゃんの おねえさんぶりっこ なの。』
『お姉さんぶりたい、年頃なんですぅ。』
プリ様と昴は、ホッと胸を撫で下ろした。
オフィエルが、特に抵抗もせず、大人しく口を拭かれた事から、晶のお姉さん心も満たされ「いいこ ね。」などと言って、打ち解けて来た。
そこに、尚子と、リリス&藤裏葉が、同時に阿多護神社に訪ねて来た。
「ままぁ。」
「晶〜。ゴメンね、置いて行っちゃって。」
用事で晶を預けていた尚子は、面倒を見てくれていた昴に礼を言い、晶を連れて帰って行った。
その親子の後姿を、オフィエルが、物言いたげに、眺めていた。
「ママのお迎えが羨ましいのなら、貴女も、お家に帰れば良いじゃない、本江田翼ちゃん。」
不意に、リリスから本名を呼ばれて、オフィエルの肩が、ビクッと、動いた。
「おふぃえゆ、つばさって なまえ なの?」
「可愛いー。翼ちゃんですかぁ。」
「うるさいよ。ぷり、おにんぎょう。だまんな。」
こ、怖いー。普通に喋っただけで、なんかメチャクチャ怖いー。
プリ様と昴は、抱き合って震えた。
「お父さんと、お母さん、死ぬ程心配していたわよ。七大天使なんて止めて……。」
言い募るリリスの前に、プリ様が立ち塞がった。
「プリちゃん、どいて。私はオフィエルと……。」
「だまゆの、りりす。」
自分を庇うプリ様を、オフィエルは不思議そうに見た。
「おまえ……なんでじゃん?」
「まえに おふぃえゆは いったの。まだ なにも なしてないって。りそうが あゆって。だから、かえれないの。そうでちょ?」
「ぷり……。」
誰も分かってくれなかった。自分の為すべき事、信念。大お祖父様の教え……。
「おふぃえゆ には、おふぃえゆの、せいぎが あゆの。つらぬくべき せいぎが あゆの。」
「ぷり……。おまえって やつは って かんじ……。」
二人の幼女は見つめ合った。そこには、確かな友情があった。
「でも、おまえ、わたしの すること、とめるんだよな って じゃまもの。」
「あたりまえ なの。おまえの せいぎは ぷりの あくなの。」
うっふふふ。今度は額を突き合わせて、不敵に笑い合う、プリ様とオフィエル。一触即発である。
その時、五時の時報が鳴った。
「おっと、もう かえらなきゃって もんげん。おくの やつ、うるさい こごと。」
「そっか、そっか。じゃあ、おふぃえゆ。またね なの。」
「ああ、おつかれぇ って かんじ。また くるじゃん。」
全く、普通に別れる二人。玄関から出て行くオフィエルを見送った後、いきなりリリスが、プリ様にしがみ付いて来た。
「ええーん。ごめんなさい、プリちゃん。私、感じ悪かった? 嫌わないでー、プリちゃーん。」
困った子だなぁ。と思いながら、プリ様は「よちよち。」と、リリスの頭を撫でて上げていた。