いつまでも、かなしんで いられないの。
泣き止んだプリ様が、昴に抱き付いて、いい感じに甘えていると、リビングに、ドヤドヤと、リリス、オフィエル、六連星主従が入って来た。慌てて、昴から離れるプリ様である。
「とにかく、これを見てちょうだい。アマリちゃん。」
テーブルに着くと、六連星は、セルロイドの筒から、何かの設計図を取り出して、広げた。
「これが、対幼女神聖同盟用移動要塞よ。」
暫く姿を見せないと思っていたら、そんな物を作っていたのか。しかも、それを、オフィエルの前で広げる間の悪さ。
リリスは頭を抱えていた。
ドレドレと、プリ様達も、物見高く、近寄って来た。オフィエルも、食い入るように、 設計図を眺めていた。
「都内某所で建設中なの。これが出来た暁には、貴女達は、お払い箱よ。おっーほほほ。」
あっ、我々、プリ様パーティの為に、作ってくれているんじゃないんだ。
プリ様、リリス、昴の三人は、ジトッと、六連星を睨んだ。
「雲隠島で回収した、クラウドフォートレスの技術を模倣して、お嬢が秘密裏に作らせていたらしいんだわ。」
乱橋が、ソッと、リリスに耳打ちした。
なるほど、雲隠島には、昴に、会いに来ただけではなかったのか。無駄に目端の利く奴め。
リリスは、呆れた様な、感心した様な目で、六連星を見た。
「ぎじゅつてきけってんが、ざっと、ろくじゅっこは あるかんじ? うごかない じゃん。」
「ん? 何言っているの、このお子様は。」
オフィエルの、ボソッとした呟きを聞いた、六連星が気色ばんだ。
「いちばんの もんだいは すいりょく じゃん。じぇっとえんじん こんなに つけても、せいぎょ できないって、わらえる。」
痛いところを突かれて、六連星は、押し黙った。クラウドフォートレスの破片からは、推進機関に相当するものが見つからず、設計図を作る際、間に合わせで、ジェットエンジンを付けたのだ。
「あ、貴女、どうやって動かすか、分かるっていうの?」
「お嬢、お嬢。大人気ないつっーの。」
六連星に言われても、オフィエルは不敵に笑い返した。
「あたりまえ じゃーん。くらうどふぉーとれす つくったの わたし……。」
言い終わる前に、リリスから口を塞がれた。
「首へし折るって、言ったわよね?」
「わ、わかった じゃーん。だまる じゃん。」
オフィエルが、口をつぐみ、話は有耶無耶になった。
千客万来だった一日が終わった。来客は皆帰り、入れ替わるみたいに、夕方、胡蝶蘭が戻って来た。最近は、どんなに忙しくても、プリ様と一緒に、夕飯を食べるようにしているのだ。
「プリちゃーん。良い子にしてましたか?」
「はいなの。ぷりは いつも いいこ なの。」
地下施設に戻って、母親を出迎えたプリ様は、ニコニコと返事をした。
「おかあたま、おはなしが あゆの。」
その後、改まって話始めたプリの様子に、胡蝶蘭は、おやっと、目を止めた。
「ぷりね、うつせみやまに いこうと おもうの。」
「ど、どうしたの? 急に。」
まさか、空蝉山に行けば、玲ちゃんと会えるなんて、思っているんじゃ……。胡蝶蘭は、心配そうに、プリ様を見詰めた。
「だいじょぶ なの、おかあたま。ぷり……、なんというか……。」
語彙の少ないプリ様は、自分の心中が、上手く表現出来なくて、苛立った。
「プリ様……。気持ちの整理がしたいんですか?」
「そう、それなの。」
プリ様の背中にくっ付いていた昴が、助け船を出した。
「ようじょしんせいどうめいは、まだ、きょうてき いっぱい なの。たたかわ なくちゃ いけないの。」
ここで、プリ様は、ちょっと、言い淀んだ。
「いつまでも、かなしんで いられないの。かなしんでちゃ……だめなの。」
こんなに小さいのに……。我が子を見る胡蝶蘭の瞳が、涙で曇った。
こんなに小さいのに、親友の死に折り合いをつけ、前へ進もうとしている。その健気さに、思わず娘に抱き付いていた。
「分かったわ。少し、時間を頂戴。お母様、二、三日で、必ずお仕事片付けて、連れて行って上げるから。」
そう言われて、プリ様は、目をパチクリした。
「おかあたまは べつに いいの。ひとりで いけゆの。」
「…………、プリちゃーん。三歳の子は、一人でお出掛けなんて、しないのよ。」
胡蝶蘭にホッペを引っ張られて、プリ様は「ももも、もちよん なの。おかあたまと いくの。」と訂正した。
「ようし。そうと決まれば、私も、張り切って、お弁当作りますね。」
当然、自分もついて行く。という感じで、昴が発言し、親子は顔を見合わせた。
『大変。昴ちゃんも行くなら、ヘリを出さないと……。』
『すばゆも くゆのか……。りりすたちも よんだ ほうが いいの。』
二人の心配を他所に「プリ様ぁ。新婚旅行みたいですね。」と、プリ様ラッシュを始める昴であった。
空蝉山に行くのか……。
これは、好都合だわ。と、昴の目を通して、プリ様達の様子を窺っていたオクは、ほくそ笑んだ。
「ぷりちゃんの『そうぞうする ちから』も かくにん して おきたいしね……。」
自室で一人呟いていると、いきなり、オフィエルが入って来た。
「はなしが あるじゃん。おくぅ。」
こ、怖い。何か怒っている、この子……。
思い当たる節が、いっぱいあるオクは「な、なにかしら?」と、精一杯愛想良く答えた。
「きょう、ぷりんちに あそびに いってきた じゃん。」
「えっ? ぷりちゃんちに あそびに いったの?」
確かに、前に遊んで来た時も、構わないとは言ったが……。そんなに気楽に訪ねて行くのも、敵対関係にある者同士として、どうなのかしら。
オクは、暫し、考えた。
「ぷりたちに きいたじゃん。おまえ、わたしを せんのう して、あいじんに して くれちゃってた らしいって、げきおこ。」
バレた! しかも、激おこ。(もはや死語です。)
オクは、反射的に、椅子から飛び降り、土下座した。
「ごごご、ごめんなさい。おふぃえるちゃんが あまりに かわいらしい から……、つい その……、できごころで……。」
「まあ、いいじゃん。かしひとつ って かんじ?」
「えっ、かし……。」
「いいよねぇ? かし で。」
ふふふ、普通に喋らないでぇぇぇ。すっごく、怖いぃぃぃ。
「は、はい。それは もう『かし』で、けっこう です。」
恐怖から、敬語になってしまう、オク。それを聞いて、オフィエルは「フンッ。」と一息ついて、一旦、怒りを治めた。
「あと……。」
「ままま、まだ、なにか あるの、おふぃえるちゃん。」
「ふぁれぐ の こと……。」
ファレグの名を出されて、オクも、しんみりとした。
「ほんとうに しんだ じゃん?」
「まちがい なく……。」
そう言いつつも、オクは、確信が持てないでいた。AT THE BACK OF THE NORTH WINDが、無事な理由が説明出来ないからだ。
「はぎと には いったのか って、ぎもん。」
意外だった。二進法で思考するオフィエルが、まさか、ハギトを気に掛けるとは、思ってなかったのだ。
「た、たびに でている って……。」
「ごまかし てんじゃ ないじゃん。」
怒気を含んだ声で言われて、オクは溜息を吐いた。
「とても、いえない わよ。」
ファレグは人望が有り、人気者だった。あのベトールでさえ、一目置いていた。中でもハギトは、一番懐いていて、彼女が来ると、ベッタリくっ付いていた。
「いっても いいか って、きょか。」
「…………。だめよ。それは おふぃえるちゃんの しごと じゃないわ。」
いつかは、言わねばと思っていたのだ。つい、伸ばし伸ばしにしていた、自分の不明を、オクは恥じた。
「わたしは めいしゅ だから。」
いつも、ふざけているオクの、聞いた事もない真面目な返事に、オフィエルは敬意を払った。
オクも、また、オフィエルの心の底にある、仲間を思う優しさを知り、柔らかく微笑んだ。
オフィエルは、そのまま、黙って、オクの部屋から出て行った。