ぷりの しんゆうは わたし じゃん?
怪人「悪魔崇拝男」だった若い男は、爆発のドサクサに紛れて、逃げ出していた。ビルを出て、商店街を走り抜け、人気の無い多摩川の河川敷まで来て、漸く、一息ついた。
「旧スクII型エンジェルだと? くそ、何なんだ。」
せっかく得た、異次元からの力も、失ったみたいだ。光極天家の遠い傍流の家系出身で、大した能力も持たない男にとって、怪人でなくなったのは、手痛い結果だった。
「逆に言えば、あの旧スクII型エンジェルを、何とか生贄に出来れば、悪魔を呼び出すのも、ワンチャンあるという事だ。」
邪な考えに、男がニヤリと口を歪めると、再び「太田区」のウェーブと男の心が同調した。
「うおおお。戻って来た。力が戻って来た。」
歓喜する悪魔崇拝男。その背後で、誰かが溜息を吐いた。
「だ、誰だ?」
其処に居たのは、ほとんどビキニという上下を着た、肌丸出しの少女であった。
「救われませんね。せっかく、あの子が、人間に戻してくれたというのに……。」
「! お前は、確か、美柱庵十本槍の一人……。」
「あら? 結構、有名なんですね、私……。」
「知っているとも、この淫魔め。男を垂らし込む為に飼われている、美柱庵の売女。」
淫魔! 売女!
罵られた藤裏葉は、歓喜に、ゾクゾクと、身体を震わせた。
「ああっ、もっと、もっと言って。罵倒して。」
「…………。へ、変態か……。」
「変態! あああああ。堪りませんわ。」
藤裏葉が、罵詈雑言を堪能している間に、男は、ソッーと、その場を逃れようと……。
「ダメですよ。私の結界内に入ったら、もう、逃げられません。」
十メートルほど離れた所で、男は壁に当たって、進めなくなった。
「ふっふふふ。」
「何か、可笑しいですか?」
不敵に笑い出した男に、藤裏葉は、首を傾げながら訊ねた。
「追い詰めたつもりか? 今の俺の力なら、お前を倒すなど、赤子の手を捻るようなものだ。」
「私を倒す?!」
藤裏葉は、再び、海老反るみたいに、身体を震わせた。
「ああ、あれですか? 格下だった相手に、手も足も出ず、惨めに敗北して、捕まって、拘束されて、衣服を剥ぎ取られた後、無残に初めてを奪われて、散々に玩具にされた後、調教を受けて、奴隷、いやいや、一気に家畜に堕とされて、家畜小屋で飼われて、毎日慰み者にされる日々を送る、とか、そんな感じですか?」
勢い込んで語る藤裏葉に押されて、男は、つい「う、うん。そんな感じかな……。」と、言ってしまった。
「ああっ。やっぱり……。」
妄想に感極まり、ウットリと目を閉じる藤裏葉。
「じゃ、じゃあ、戦いましょう。なるべく、乱暴に、物みたいに、私を、ボコボコに、して下さいね。」
「あっ、はい。」
促されて、男は藤裏葉に襲い掛かった。
『来た、来た、来たわ。でも、少しは抵抗しないと……。抵抗して、力尽きて、敗北の方が、惨めさも増すわ。』
藤裏葉は、ほんのちょっと、抵抗しようと、技を繰り出した。
「次元断層障壁〜!」
解説しよう。次元断層障壁とは、結界の操作を得意とする、藤裏葉が編み出した、瞬間的に超強力な結界を張り、通常空間の連続性を断裂させてしまうという、人智を超えた技であった。
『ああっ、技を破られた私は、為す術も無く、敵に嬲られてしまうのだわ。』
頰に手を当てて、期待に胸を震わせる藤裏葉。
「うきゃん。」
しかし、男は、次元断層障壁に打ち当たると、一言発しただけで、気絶してしまった。
「あっ、あれ? おーい、怪人『悪魔崇拝男』さーん。」
呼んでも、返事は無かった。藤裏葉は、あからさまに、落胆した表情になってから、スマホで連絡を取り始めた。
「えっ? 『不本意ながら、敵を倒しました。』って、どういう事? 裏葉さん。」
連絡先はリリスであった。
「ごめんなさいね。ちょっと、裏葉さんと、込み入った話をして来るから。」
プリ様、昴と一緒に、オフィエルを慰めていたリリスは、途中で立ち上がって、部屋を出て行った。
そのリリスを見送りながら、二人は、オフィエルの背中を摩ってやっていた。
「ぐすん。ぐすん。ということは、ななだいてんしも べとーる までは やぶれたって かんじ?」
泣きながらして来る、オフィエルの質問に、プリ様の顔が、少し曇った。
「えっ……と、玲ちゃ……ファレグちゃんもですぅ……。」
言い辛そうなプリ様に代わって、昴が返事をした。
「なんと……。ふぁれぐ までって きょうてんどうち。」
オフィエルは、繁々と、プリ様を見詰めた。
「おまえ、つよすぎる じゃん。しょうじき、ふぁれぐに かてる とは おもって なかったって ばんくるわせ。」
褒めているのだろうが、オフィエルに言われれば、言われる程、プリ様のお顔は、強張っていき、唇をギュッと、噛み締めていた。
そこに、折良く、リリスが、戻って来た。
「リリス様ぁ……。」
救いを求めるみたいに、見上げて来る昴の様子に、リリスは全てを理解して、オフィエルを手招きした。
「なんじゃん? りりす。わたしは ぷりと はなしちゅう って、おじゃまむし。」
「これ、分解しても良いわよ。」
着けていたスイス製の高級機械時計が、餌にされた。オフィエルは、目を輝かせて、リリスの方に寄って行き、そのまま、二人はリビングから出て行った。
「プリ様……。」
床に直に座っていたプリ様に、昴が後ろから抱き付いた。
「すばゆ……。」
プリ様は昴の腕の中で、モゾモゾと身体を動かし、彼女の胸にしがみ付いた。
「ヨシヨシです、プリ様。」
「すばゆぅ。」
背中を、ポンポンと、優しく叩いてくれる昴の胸に、頭を軽く擦り付けながら、プリ様は、暫く、泣いていた。
「ふぁれぐが きえた?」
隣の部屋に行き、テーブルに着いたオフィエルは、早速、時計をバラそうとしたが、リリスの言葉に、驚いて目を見張った。
「六花の一葉を失ったら……ね。」
そう言われて、自分の右手の甲にある、六花の一葉を眺めた。
「彼女は、特別だったみたいね。アラトロンやベトールは、今でも元気に生きているから、貴女も心配する必要はないわよ。」
「ふぁれぐは しんだって かんじ?」
「おそらく……。」
流石のオフィエルも、痛ましげに、目を瞑った。
「それで ぷりは おちこんでいる じゃん?」
「それだけじゃないの。プリちゃんと、ファレグは、この夏、親交を深めていたみたいで……。」
空蝉山での事を、掻い摘んで、説明してやると、今度は、ちょっと、頰を膨らませた。
「ぷりの しんゆうは わたし じゃん? ふぁれぐめ、いつも おいしいとこ もっていくって かんじ。」
親友なのか……。リリスは、少し、複雑な表情になった。
「よし。わたしが ぷりに はっぱ かけてやる じゃん。」
大好物の機械時計の分解も忘れて、立ち上がったオフィエルを、リリスは、慌てて止めた。
「あらあら、ダメよ。今は、ソッとしておいて上げないと……。」
「しんだ やつは どうやっても いきかえらない じゃん。なら、かなしむ なんて むだって かんじ? みらいしこうで いきるじゃん。」
正しいけど、正しくない。三歳のオフィエルに、死を悼むという概念を、どう、教えれば良いだろう。と、リリスは頭を抱えた。その時……。
「おっーほほほ。こっちに居るって、聞いて来たわ。光極天の姫のおなりよ。下人ども、出て来なさい。」
玄関から、六連星の声が、聞こえて来た。
『また、ややこしい奴が現れた。』
リリスは、更に、頭を抱えた。
「だれか きてるじゃん。」
オフィエルは、よっこいしょ、と椅子から滑り降りて、ノコノコと、玄関に向かって、歩き始めた。
「ちょっ……ちょっと、待ちなさい。」
オフィエルと六連星を会わせるなんて、絶対にマズイ。リリスは、急いで、後を追ったが、廊下に出た時点で、取次も待たずに、上がり込んで来た六連星と、バッタリ鉢合わせしてしまった。
「おや? 貴女、どこの子? ガキの友達かしら……?」
首を捻る六連星に、オフィエルは高笑いをして、言った。
「われこそは ようじょしんせ……。」
そのオフィエルのくちを、素早く塞ぐリリス。
「名乗ったりしたら、首をへし折るわよ。」
「は、はい じゃーん。」
ドスの効いた声に、リリスの本気を感じたオフィエルは、震えながら頷いた。




