誕生! 旧スクII型エンジェル
『お父さん、ごめんなさい。育ててもらった恩も返せずに、私は、此処で、死ぬみたいです。』
『操ちゃん、ごめんね。せっかく、姉妹になれたのに、また、寂しい思いをさせちゃうね。ダメな、お姉ちゃんを許して下さい。』
舞姫は、魔法陣の真ん中の祭壇で、男が再び唱え出した呪文を聞きながら、そんな事を思っていた。
『悔しいなあ。訳の分からない、儀式の生贄にされて、死ぬなんて……。』
そんな理不尽な話はない。泣くまいと我慢していたのに、気が付くと、頬を涙が濡らしていた。
『諦めちゃダメですよ。絶望は愚か者の結論です。』
『そんな事言ったって、こんな状態で、どうやって……。』
あれ? 私、誰と話しているの? そもそも、頭の中に直接話し掛けてくるなんて……。
不審に思った舞姫が、辺りを見回すと、さっきまでキュロットのポケットから、あのコンパクトが、こぼれ落ちていた。
『コンパクト……さん?』
『そうです。私は、想い人のかけら。舞姫さん、私と契約して、魔法少……じゃなくて、正義の味方になって下さい。』
胡散臭い。この絶望的状況にして、匂い立つような胡散臭さである。大体、何々になって、などと言ってくる奴は、後出しで、とんでもない事実を、突き付けてくるものなのだ。
『…………。』
『あっ、お疑いですか? 大丈夫、痛くありません。ほんのちょっと、変身の時に、お触りされるくらいで……。』
『………………。』
『み、見返りなんて、求めませんよ? ほんのちょっと、舞姫さんの裸を見せてもらったり、エッチな声を聞かせてくれたりすれば……。』
『はい? はいぃぃぃ??』
『いえいえ、全然。安心安全、クリーンな契約です。』
その時、呪文を呟く声が止んだ。
「ああっ。ダメだ。やっぱり、ダメだ。」
男は、また、フラフラと舞姫に近付いて来た。
「悪魔達は、やはり、血と腑を、お望みみたいだ。」
男の手の爪が、禍々しく伸びた。
「ぶち撒けろ、内臓を。お前の屍肉で、悪魔を呼び寄せるのだ。」
男が、腕を、振り下ろした。
「ちょっと、まつ じゃん。はなびたいかいで、わたしが なにしたって? きかせろ。」
蒸し返すなー。クレオルに夢中な渚ちゃん以外の、全員が、心中で叫んだ。
「おい、渚。アイス屋の本格アイス奢ってやる。ついて来い。」
「アイス!」
阿多護山を降りて、ちょっと歩くと、ホテルのレストランにも卸している、絶品のアイス屋さんがあった。
普段、ケチな兄の申し出に、目を輝かせる渚ちゃんだが……。
「リリスは、どうするの?」
「わ、私はオフィエルと話があるから……。」
そう返答されて、悩む渚ちゃん。
「そうだ、お兄ちゃん。帰りに奢ってよ。」
「ダメだ。今、すぐ、行くんだ。」
和臣は、渚ちゃんの肩を抱いて、耳元で囁いた。
「逆らうなら、此処で、監獄固めの刑だ。どっちが良い?」
ほほほ、本気だ。目が座っている。
渚ちゃんは、チラッと、皆んなの方を見た。
「きゃ〜。お兄ちゃんが、いぢめるよう。助けてぇぇぇ。」
しかし、訴えても、目を逸らされるだけで、誰も助けてはくれなかった。
「お前の味方は、誰も、居ないようだな。」
「そ、そんなぁ。リリス、プリちゃん、昴ちゃーん。」
名指ししても、声が耳に届かないかの如く、全員、知らぬ顔の半兵衛だ。
「おら、来い。」
「み、皆んな……。」
「…………。」(皆んな)
今まで、周囲の人間の力を借りて、兄を弾圧していただけに、見放された落魄感は強烈だった。勝ち誇る兄の前に、渚ちゃんは、敗残者として、その支配を受け入れざるを得なかった。
「さあ、歩け。グズグズすんな。」
「…………。はい、お兄様……。」
ドナドナ感満載で、歩き始める渚ちゃん。
「まあまあ。私も、付いて行って、上げるから。」
「…………。はい、お姉様……。」
和臣と紅葉に挟まれ、捕まった宇宙人を思わせる様子で、渚ちゃんは連行されて行った。
「さあ、もう いいじゃん。はやく はなせって かんじ。」
「う〜ん。なんと、言っていいやら……。」
「おまえ、おくの あいじん やらされてたの。」
リリスが言葉を濁していると、プリ様が、ズバッと、口にした。
「それは ふるが……。」
「フルねえ……。フルが貴女の身体に入ったのは、花火大会の後だと思うの。」
雛菊の家に行った時、フルは滝昇静ちゃんの身体を使っていた。
「私が、クラウドフォートレスで会った貴女は……。」
「くらうどふぉーとれす? かんせい したのか って いつのまに。」
そういえば、うっかり忘れていたが、目覚めてから、ベトールに会っていない。
「べとーゆの いせかいかけいかくは しっぱい したの。そして、それを そし したのが……。」
プリ様は「じゃあ、日本一は誰だ?」と聞かれた私立探偵の様に、親指で自分を指した。
「おおお、おーまーえー。くらうどふぉーとれすを こわしたのか って、さつい。」
「いや、貴女、自分で自爆装置を作動させていたわよ。」
「ななな、なんですとー。」
オフィエルにとって、その報告は、物凄く精巧に作っていた完成間際のプラモデルが、眠っている間に、寝惚けた自分の手によって壊された、というのと同じくらい、もどかしさを感じる事実であった。
「みたかった じゃん。いろいろ うごかしたかった じゃーん。」
激しく落ち込むオフィエルに、プリ様、昴、リリスの三人は、御愁傷様としか言いようがなかったのであった。
舞姫に向けて振り下ろされた腕は、何かに阻まれて、途中で止まった。
『舞姫さん。今、私の力で、怪人の腕を止めてます。』
『あ、ありがとう。想い人のかけらさん。』
『しかし、契約をしなければ、力尽きて、結局は舞姫さんの腑は、抉り出されてしまいます。』
『契約……?』
『正義の味方、旧スクII型エンジェルになるのです。』
『えっ…………。』
『旧型スクール水着II型を纏って、大田区の平和を守るヒロインです。』
『えっ…………。』
そんな怪しげなヒロイン、絶対にお断りしたい。しかし、怪人の腕は、今にも、自分のお腹を切り裂きそうな勢いである。
『迷っている場合ではありませんよ。』
『ええっ〜。でもぉ……。』
躊躇っていると、腕が一段ガクンと下がって来た。もう、爪の先が、お腹に触れそうなくらいになっていた。
「わかった。なります。旧スクII型エンジェルにー。」
「良く言いました。」
今まで、頑なに開かなかったコンパクトの蓋が、パカっと開き、眩い光に、辺りが包まれた。そして、気が付くと、縛めも解かれ、灰色の空間に、プカプカと浮いていたのであった。
「初回だけは、この鏡の世界での変身となります。その……ログイン情報の入力とか、私に逆らえなくする仕込みとか……。」
「んっ? なんか言った?」
「いえいえ。では、変身です!」
「ああっ、いや……ん。誰か触っている。誰かが私の全身を撫で回しているよぉ。」
悶え、喘ぐ、女児の訴えを他所に、彼女の身体は、着々と、旧スクII型エンジェルへと、変えられていった。
「くそ、何処に行った?」
男は、消えた舞姫の姿を、キョロキョロと捜し回っていた。
「そこまでよ。怪人悪魔崇拝男。」
「誰だ? 俺に変な名前を付けるのは。」
叫ぶ男の前に、颯爽と現れる美少女。
「背中のU字は、勇気のU。乙女の純情、絶対正義! 旧型スクール水着II型のエンジェル。略して、旧スクII型エンジェルよ!」
男は、呆気に取られて、立ち竦んだ。
「今です。舞姫さん。怪人に向けて、お尻をフリフリするんです。」
「なんで? なんで、そんな恥ずかしい事しなくちゃいけないの?」
「必殺技なんです。とにかく、私を信じて。」
全く信頼に値しない「想い人のかけら」の言葉だが、非常に素直な舞姫は、半信半疑ながら、お尻を振ってみた。
「うっぎゃあああ。なんなんだ? 心が洗われていくー。」
怪人悪魔崇拝男は、断末魔の声を発して、爆発した。
『えっ〜。これで、終わり?』
誘拐、生贄、腑抉り出し(未遂)と、恐怖の連続だったのに、この馬鹿馬鹿しい結末は何?
舞姫は脱力して、へたり込んだ。