定期検診のお時間です
AT THE BACK OF THE NORTH WINDは、今日も平穏無事である。
『さすがに これは いじょう だわ。』
オクは熟考中であった。
『ふぁれぐちゃんが いない いま、これほど、この じくうが あんてい している はずがない。』
もしかして、ファレグ=湖島玲は生きている? そう考えて、色々調べたが、湖島家は、密やかながら、玲の葬儀を出し、その肉体が焼かれて骨になるまでを、オクも陰ながら確認した。
『うつせみやまで、にぎちゃんと せっしょく してたわよね……。』
二千年前の勝負、実力は伯仲していたが、僅かに、饒速日命が競り勝っていた。彼女が負けたのは、傷付き倒れたオクの痛々しい姿を見て、一瞬、トドメをさすのを躊躇ったからだ。
それ程までに慈悲深い神が、事情を抱えた玲と触れ合って、見捨てるのは、違和感があった。
『いってみるか……。うつせみやまに。』
空蝉山に思いを馳せると、あの夏の日に、リリスの両手足を切断して、強制エッチした(未遂です。)楽しい思い出も甦って来た。
『そうだ。りりすちゃんも さそって、いっしょに いこう。だれも いない やまおくで、ふたりは ついに むすばれるの。』
キャッ〜と顔を赤らめるオク。蛇蝎の如く嫌われているのに、何故、リリスがノコノコついて来ると思えるのか、不思議な精神構造であった。
「随分、楽しそうですね、オク様。」
突然、何も無い宙空で声がした。オクが目を上げると、その空間が黒くなっていった。
「とき……。」
黒い穴から抜け出て来たのは、魔女の様なフード付きマントを、頭からスッポリ被った、スレンダーな女性だった。
「定期検診の時間です、オク様。」
フードを外すと、灰色の長い髪が現れた。瞳も灰色だ。顔は整っているが、血色が良いとは言えなかった。人間の歳なら、二十歳くらいの容姿だ。
「どっちの?」
「両方です。では、まず、貴女から。」
言われたオクは、首に下げているペンダントを手渡した。そのトップの水晶に似た石を、トキは、矯めつ眇めつ眺めていた。
「ほとんど万全ですね。二千年間、よく我慢しました。」
トキの言葉に、オクは満足気に微笑んだ。
「次は昴様の番です。」
その言葉に、オクはスルリと服を脱いだ。
「此方も、完治ですね。十歳で死ぬ事はありません。」
裸のオクは、トキの台詞に、心の底から安堵した表情を見せた。そして、涙が一雫、零れ落ちた。
「貴女も母親なんですね。」
「ふっ、なにを いって いるの、とき。ちがうわ。」
オクは涙を拭いた。
「さやが ばんぜん なら、あとは とうしんを きたえあげる だけよ。それも あと ちょっと。」
ファレグとの戦いの際、プリ様が「創造する力」を使ったのは、確認している。もしかしたら、ハギト、オフィエル、フルの、残り三人の出番は、必要ないかもしれないのだ。
「かたなが さんぼん そろえば、かみがみ とて、おそれは しない。あいつらに おもいしらせて やれるひが ちかいと おもったら、なけてきた のよ。」
オクは、小さな拳を握り締めて、語った。
「わたしは ふくしゅうの おに。にぎたま なんて とっくに すてたわ。」
そうですか……。と、トキは溜息を吐いた。
「私には『光極天雛菊』が、貴女の和魂に、見えますけどね。」
「……。ちがうわ。」
ムキになって睨んで来るオクの視線から、ソッと目を逸らし、トキは再び深い溜息を吐いた。
道場では、リリスと舞姫の、激しい技の応酬が始まっていた。
「あらあら。舞姫ちゃん、前よりも、動きにキレがあるわ。」
「そういう、リリスさんだって……。」
オッパイ大きくなっている……。
そんな二人とは別に、道場の片隅では、プリ様と操の、宿命の対決も始まっていた。
「ねえちゃんも はなせるぜ。おまえを ぶちのめしても いいってよ。どうぎに きがえさえ すれば。」
「おまえ ばかなの。しあいなら たたかっても いいの。まいきしゃんは そう いったの。」
「たたかう いこーる ぶちのめす。なんだよ。」
叫びながら、ローキックを放つ操。プリ様は、それを、跳んで避けた。
「くっ、ちょこまかと……。」
習ったばかりの、正拳突きを、繰り出す操。
「きゃあああ。プリ様ぁぁぁ。」
やられたと思った昴が、悲鳴を上げた。しかし、プリ様は、緩やかに回避して、一発も当たってなかった。
『なんか、まえにも あったの。こんな こと。』
思いながら、プリ様は、がら空きの脇に、中段蹴りを入れた。バランスを崩して、前のめりになった操の頭頂部に、今度は踵落としを決めた。
「この……やろ……。」
ふらつきながらも、繰り出して来た操の突きを、掌で受け止めたプリ様は、そのまま、グルリと彼女の身体を回して、床に叩きつけた。
プリ様は、頭を打たないように、操の腕を持ったまま投げたので、痛みは無かったのだが、自分が何をされたのか分からない操は、寝転がったまま、目をパチクリしていた。
「凄い〜! 勝った。プリ様が勝ったぁ。」
喜ぶ昴が、プリ様に抱き付こうとしたら、藤裏葉に、素早く、横取りされてしまった。
「さすがプリちゃま。それでこそ、リーダーです。」
「返して。プリ様を返して下さい。」
ご褒美とばかりに、プリ様のお顔を、胸の谷間に埋める藤裏葉の周りを、昴は、ピョンピョンと、飛び跳ねた。
「まて、まて。おれは まだ まけてねえ。」
起き上がりざま、抗議する操の耳を、後ろから近付いていた舞姫が、軽く引っ張った。
「ほらほら。悪い癖だよ。勝ち気なのは良いけど、負けは負け。認めなさい。」
「いたた。ごめんなさい、ねえちゃん。まけました。」
それから、舞姫は、プリ様の方に向き直った。
「最後のは、合気道の技みたいだったけど、プリちゃん、いくつも格闘技習っているの?」
そう聞かれて、返答に困った。前世、トールは、様々な修行を積んだ、格闘技マイスターだった。その記憶があるだけなのだ。
「まあ、次の対戦では、その技は通用しなくなっているけどね。」
ひぃぃぃ。姉ちゃんの地獄の特訓が始まる。操は、恐怖に、震えた。
プリ様は、やれやれ脳筋姉妹め、と思ってから、思い出した。空蝉山で、高校生になった幻を見せられた時、同じように操と戦ったのだ。
空蝉山の事を、思い出すと、辛かった。常に一緒にいた玲を、自然と、思い起こしてしまうからだ。
「どうした? ぷり。」
急に大人しくなったプリ様を心配して、操が声を掛けて来た。
「な、なんでも ないの。みしゃお、もう、ひとしょうぶ なの。また、なげとばして やゆの。」
「なにお。なまいきな〜。」
プリ様は、わざと明るく振る舞い、操を挑発した。
「プリちゃん、何かあったんですか?」
練習を終え、シャワーを浴びながら、舞姫もリリスに訊ねていた。
「ええ……。実は、夏にね……。」
リリスは、掻い摘んで、ファレグとの経緯を説明した。
「そうですか……。それは、小さな子には、キツイですね。」
同情を示す自分を、リリスが凝視しているのに、舞姫は気付いた。
「なな、なんですか? リリスさん。」
「いや……。こんな、特殊な事情を、話せる相手が居るのって、良いな、気が休まるなぁって。そう、思ったの。」
確かに、一般人でありながら、幼女神聖同盟絡みの話も出来る舞姫は、プリ様パーティにとって、貴重な存在と言えた。
『そそそ、それって、私がリリスさんの心の安らぎって事? 遠回しに、私を、手元に置きたいって、言っているのかしら。 きゃあああ。』
当の舞姫は、舞い上がるだけ、舞い上がっていた。
『そうだ。私も、あの変なコンパクトについて、相談してみようかな……。』
そう考えて、リリスを見ると、にこやかに微笑まれて、はにかんでしまった。
『や、やっぱり、止めとこ。変な子だと、思われちゃう……。』
喋る不審なコンパクトの話など、切り出せない舞姫であった。