プリ様抱っこ権争奪戦
九月も一週間程経とうかという、ある日、モーニングティーを
楽しむオクの自室に、フルが駆け込んで来た。
「たたた、たすけて。おくさま。」
「どうしたのよ? ふるちゃん。」
フルは、質問には答えず、床まで着くクロスが掛けられている、丸テーブルの下に潜った。
フルの姿が隠れた、ちょうどその時、今度はオフィエルが、ドアを開けて入って来た。
「じゃま する じゃ〜ん。って、さがしもの。」
「な、なにを さがして いるの? おふぃえるちゃん。」
「ふる じゃ〜ん。」
オフィエルは、クローゼットを開けたり、箪笥を引き出したりしながら、答えた。
「からだ かいりょう してやるって、ていあん。そしたら にげたって かんじ?」
「か、かいりょうは しなくて いいんじゃない かな。」
「なぜ? わたしなら やつの からだを、さんばいの はやさに ちゅーにんぐ できるって おもうのよ。」
オクは、技術者の好奇心に、キラキラ瞳を輝かせるオフィエルの様子を見て、溜息を吐いた。それから、日常生活を、通常の三倍の速さで行動する事の、弊害を説いた。
「ねっ? おちゃを のんだり、しょくじを するのも、さんばいの はやさ だと、あわただし すぎて いや でしょう?」
その説明に、オフィエルは、本当に不思議、といった表情をした。
「なぜ? えいようの せっしゅ なんて、きゅうゆと おなじ じゃん? はやく おわる ほうが、いいに きまって いる。と、おもうのよ。」
違う。この子は感性が普通と全く違う。オクは攻め方を変えた。
「ええっと……。でも、おふぃえるちゃん、まほうや れんきんじゅつの ちしきは ない でしょ?」
フルの身体は、現代の科学技術と、魔法、錬金術の融合体だ。
「それが だいじょうぶ なんじゃーん。ふるの ちしきが、わたしの のうずいに きざみこまれているって、ちょうらっきー。」
オフィエルの脳を使って思考した結果、フルの魔法や錬金術の知識が、脳内に残ってしまったらしい。
「と、とにかく。ここには、ふるちゃん いないわよ。」
オクが言い切ると、訝しげな顔をしながらも、オフィエルは出て行った。
「ふうう。いったわね。」
「ふふふ、ふるちゃん!!!」
オフィエルと入れ替わりに、テーブルの下から出て来たフルの胸ぐらを、オクは思わず掴んでいた。
「ととと、とんでもない こと してくれたわね、ふるちゃん。」
ただでさえ、何を作り出すか分からないオフィエルが、魔法及び錬金術の知識までを得てしまったのだ。
「はいぶりっどで、ちきゅうに やさしい さつりくへいきを はつめい したら どうするのよ。」
「お、おちついて くださいな。しょうしょう、さくらん して ましてよ。」
恐慌状態のオクに、お茶を淹れ直してやるフルだった。
その頃、早起きしたプリ様は、日曜日のお楽しみ、魔女っ子プリプリキューティを見終えて、その面白さを反芻している最中だった。
「返して。プリ様を返して下さい。」
プリ様は、泊まりがけで遊びに来ていた、藤裏葉の膝に乗っかっていた。それを、昴が取り戻そうとしているのだ。
「えっー、プリちゃま、あったくて柔らかいから、ヌイグルミ代わりに、ちょうど良いのに……。」
「プリ様はヌイグルミじゃありません。」
そこに、同じく、昨日から泊まっていた、リリスが顔を出した。
「お早う、プリちゃん。こっち、おいで。」
両手を広げる、リリスの所へ行こうと、腰を浮かせたプリ様を、ギュッと抱き止める藤裏葉。
「あらあら、裏葉さん。我儘はダメよ。プリちゃんは私に抱っこされたいのよ?」
「いくら、主家のお嬢様でも、プリちゃま抱っこ権だけは譲れません。」
「返してー。プリ様を返してー。」
三つ巴である。
「じゃあ、プリちゃんに選んで貰いましょう。誰に抱っこされたいか。」
リリスの提案に、昴は、リリスと藤裏葉を見比べた。
藤裏葉は、最年長であり、手足の伸び切った大人の女性の体躯である。胸もプリ様の大好きな、大きなオッパイだ。
リリスは、発展途上だが、急成長したオッパイは、最近のプリ様のお気に入りでもある。
省みて、自分は……。
「プリ様……。プリ様ぁぁぁ。昴を見捨てないで下さい〜。」
このまま、藤裏葉の膝に居ようか、それとも、気分を変えて、リリスの元へ行こうかと、悩んでいたプリ様は、泣き出した昴を見て当惑したが、最後に、断腸の思いで、彼女へ腕を差し出した。
「プリ様! 昴を選んで下さるんですね?!」
「……んっ。」
「嬉しい! プリ様、大好きー。好き好き、プリ様ぁ。」
「……んっ。」
『プリちゃま、もの凄く渋い顔ね……。』
『今のプリちゃんの心境は……、泣いて馬謖を斬る。ちょっと違うか。』
負けた女二人は、各々感想を抱いていたが、泣く子と地頭には敵わぬ、と矛を収めた。
午後からは、カルメンさんに車を出してもらって、大田区の中山家の道場に向かった。空手の練習に行くという、リリスに便乗して、遊びに行く事にしたのだ。
「ふっふっふっ。みしゃおの やつ。きょうも やっつけて やゆの。」
チャイルドシートで、気炎を揚げるプリ様。
「プリちゃん、仲良くしないと、舞姫ちゃんに怒られるわよ。」
「ま、まいきしゃん……。」
普段の舞姫は、空手チャンピオンとは思えない程、柔和で穏やかな性格なのだが、喧嘩や悪ふざけには、容赦しない。それは、誰に対しても平等で、他所の子のプリ様でも、叱る時には、ちゃんと叱るのだ。
「こここ、こわく ないの。まいきしゃん なんて。」
「プリ様ぁ。全身が、霞む程、振動してますよ。」
「その子が怖いんですか? プリちゃま。」
「こここ、こわく ないって いってゆの。」
怖くないと言っている割には、道場に着いても、操を挑発したりはしなかった。それは、操も同様で、二人は会うなり、視線で火花を散らしたが、操の後ろに居た舞姫が、チラッと見ただけで、大人しくなった。
その舞姫は、一番最後に玄関に入って来たリリスを見て、嬉しげに駆け寄ったが、抱き付くまでは出来なくて、そっと彼女の手を握った。
「お久しぶりです。リリスさん。」
「そうね。阿多護山の花火大会以来かしらね?」
そこまで言葉を交わすと、もう、胸がいっぱいになり、舞姫はモジモジと俯くだけだった。
「恋、ですね。」
「ななな、何なんですか、貴女。」
いきなり、声をかけて来た藤裏葉に吃驚し、舞姫は手を離した。
「恋って、何?」
「リリス様、この方は貴女に……。」
「ああっ、リリスさん! 着替えですよね。どうぞ、此方に。」
大声を出して、背中を押して来る舞姫に、首を傾げながら、リリスは行ってしまった。
『まいきしゃんが いなく なったの。』
『こごとねえちゃんが きえた。』
宿命のライバルである、二人の幼女は、真っ正面から向かい合った。
「のこのこ やられに きやがったか、ぷり。」
「こっちの せりふ なの。この しすこん!」
「し、しすこんって なんだ? ぎゅうにゅう かけて くうのか?」
あわわわ、喧嘩が始まってしまった。狼狽える昴。
『ととと、止めなきゃ。私だって、舞姫さんとは同い年。しっかりしなきゃ。』
なけなしの勇気を振り絞って、二人の間に割って入った。
「こらぁ、二人とも……。」
「じゃまなの、すばゆ。」
「どきな。けが するぜ。」
ひぃぃぃ。怖いよぉ。止めるなんて無理。
昴は、ソッと、藤裏葉を見た。
「う、裏葉ちゃん……。」
「子供なんて、喧嘩するぐらいの方が良いですよ。」
そう言って、ニッコリ微笑む藤裏葉。
武闘派だ。この人、武闘派だ。
どうしようと、狼狽えている間に、すでに、ローキックの応酬が始まっていた。
「こらあ! 何やってんの、あんた達。」
そこに、戻って来た舞姫が、素早く二人を引き剥がし、一瞬で喧嘩は終わった。プリ様と操は、それだけで、半泣きだった。
『舞姫さん、やっぱり凄い。正義の味方みたい……。』
昴は、己の不甲斐なさに、打ち拉がれた。
藤裏葉は、勝敗決まるまで見たかったな、と思っていた。