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明るく爆ぜる線香花火

 新宿御苑の戦いから三日経って、プリ様は、胡蝶蘭、昴と共に、慈愛医科大学病院に来ていた。御三家合同霊障医学研究センターの鷹白に、昴の経過観察をしてもらう為だ。


「いいんです。もう、治ってます。プリ様が、空蝉山で治してくれたんですぅ。」


 と、病院の玄関まで来ても、昴は頑強に抵抗していた。


「すばゆぅ。わがまま いったら 『めっ。』なの。」


 自分を窘めて来るプリ様の、あまりの可愛さに、思わず抱き付いて頬擦りしていたら……。気が付いた時は、鷹白の診療室に入室していた。


「いいい、いつの間に?!」

「昴ちゃん、自分で歩いて、ついて来ていたわよ。」


 夢中でプリ様を可愛がる昴を、さり気なく誘導して、胡蝶蘭が連れて来たのだ。


「座る……。」


 鷹白に言われた昴は、プリ様をギュッと抱いたまま、用心深く、鷹白の前の診察椅子に座った。


「人間……。戻ってる……。」

「そうです、鷹白先輩。プリちゃんが二千年様の所に行って、十種神宝で治してもらって来たんです。」


 胡蝶蘭は胸を張り、若干、自慢気に説明した。親バカであった。


「プリちゃん……離す。診察……出来ない。」

「嫌です。嫌ですぅ。もう、騙されないんですぅ。絶対、プリ様と離れたりしないんですぅ。」


 先日、睡眠薬で眠らされ、プリ様と引き離されたので、警戒心をマックスにしているのだ。

 鷹白は、フゥッと、溜息を吐き、ポケットから飴玉を取り出して、まず、プリ様に与えた。


「ありがと なの。せんせい。」


 プリ様は喜んで、モゴモゴと、飴玉を口にした。

 次に鷹白は『飴玉でホッペを膨らますプリ様、可愛過ぎですぅ。』という表情の昴に、何気なく飴玉を渡した。つい、つられて、飴玉を口にしてしまう昴……。


 まんまと、また、眠らされてしまうのであった。




 前回と同じ様に、食堂でプリンを与えられたプリ様は、前回と同じ様に、病院内の探検に……、行ったりはしなかった。ついているテレビを漫然と眺め、物思いに耽っていた。


 やがて、崩れ落ちるみたいに、テーブルに突っ伏した。自然と溜息が出て来る。それに合わせて、卓上に投げ出された長い御髪が、微かに波打った。


 大分長いこと、そうしていたが、ふと、何かを思い付いて、椅子から降りた。

 前のプリ様なら、元気良く飛び降りていたのに、今は、物音一つ立てず、静かに、スルリと床に降り立った。


「たしか、こっちだったの……。」


 食堂を出たプリ様は、独り言を言いながら、廊下を歩いていた。


 玲が、空蝉山で、自分の名前「玲」を地面に書いてくれた時、何処かで見た覚えがある、とプリ様は思った。それが、この病院の、女の人が寝ていた、白い病室の名札だったのを思い出したのだ。


「ここなの……。」


 辿り着いた病室の入り口には、もう、名札は掛かっていなかった。そうっ〜と、扉を開けてみたが、中は真っ暗で、医療機器も、ベッドもなくなっていた。もちろん、あの女性も居なかった。


 それが何を意味するのかは、幼いプリ様には判然としなかったけど、ただ何となく、この部屋は今の自分の心と同じだ、と感じた。


 プリ様は、主人を失った暗くてガランとした部屋を、ずっと、見詰めていた。




 昴の診察が終わったので、プリ様達は、今度は、地上部分の普通の病棟に居る、和臣の病室に向かった。

 紅葉は、一晩、点滴を受けただけだったが、重傷を負った和臣は、念を入れて、精密検査をする為に、入院したのだ。


 病室に行くと、入り口の所に、渚ちゃんと宮路さんが立って、中を覗いていた。


「どうしたんです? 渚さん、宮路さん。」


 昴が小首を傾げながら話し掛けると、渚ちゃんは口に指を当て、宮路さんは寂しげに微笑んだ。

 不思議に思ったプリ様達が、中を覗き込んでみたら……。


 和臣が寝ているベッドの脇で、紅葉が床に跪いて、眠っている彼の腕に、頭をのせていた。


「渚ちゃんに、和臣君が入院しているって聞いて、お見舞いに来たのだけれど……。」


 宮路さんが、誰にともなく呟いた。


「私の出る幕なんて……ないかなぁ……。」


 彼女は、持っていた花束を渚ちゃんに手渡し、そのまま帰って行った。


「私だって……、とても入れないよ……。」


 そう言う渚ちゃんに、皆も同意した。


 夏の陽光に満たされたその部屋は、二人の呼吸、心音さえもが、完璧なユニゾンとなって、異分子の侵入を拒んでいた。


「素敵ですぅ。プリ様……。」


 感動した昴は、プリ様を、後ろから抱き締めていた。


 じゃあ、和臣君が目を覚ますまで、冷たい物でも食べてましょうか? という胡蝶蘭の提案で、四人は院内の食堂に向かった。




 渚ちゃんと別れて、家に戻ると、リリスが山程の花火を持って来ていた。


「なんだか、いっぱい、親戚筋から頂いてしまって……。プリちゃん、昴ちゃん、今晩、一緒にしようよ。操ちゃんや、晶ちゃんも呼んでいるわよ。」


 プリ様を心配した、リリスの心遣いであった。


 プリ様は、ちょっと嬉しげに花火の袋を摘み「そっか、そっか。」と、呟いた。


 夕方になって、尚子に連れられて晶が、舞姫に連れられて操が、其々やって来た。


「ぷりちゃーん。はい、おみやげ。」


 母親と田舎に行っていた晶が、プリ様にお土産を渡した。


「お、おれは なんにも ないが……。」


 手土産の無い操が、言い訳を始めた。


「おれさまの えがおで じゅうぶん だろ?」


 威張って自分の胸を指差す操を見て、プリ様は、フッと、微笑んだ。


「そっか。そっか。」


 笑みを浮かべながら、そう言うプリ様を見て、操のみならず、晶まで、驚きに目を見張った。


「ここで、けんかに なるんでしょ? ぷりちゃん。」

「そうだぞ。ほら、ぷり。かかってこい。」


 だが、プリ様は、優しい眼差しで、二人を見詰めるだけだった。


「ふぁれぐ って ひと。おぼえてゆ?」


 プリ様の、唐突な質問に、二人は顔を見合わせた。


「きいた こと、ある ()がする……。」

「そうだな……。どこかで……。」


 晶と操が考えていると、リリスが三人を呼んだ。


「ほら、こっち来なさい。始めるわよ。」


 操と晶は、歓声を上げて駆けて行き、ファレグの事は、もう、頭から飛んでいるようであった。




 阿多護神社の駐車場で、身内だけの、ささやかな花火大会が始まった。子供達は大喜びだ。


「プリ様ぁー。危険ですよ。危ないですよぉ。」


 躊躇なく、打ち上げ花火に火を点けて回るプリ様に、昴は、近寄りたくても、近寄れないでいた。


「どお? みしゃお()、つけられゆ?」


 プリ様の挑発に、負けじと打ち上げ花火をセットする操、しかし……。


「こここ、こえぇぇぇ。おねえちゃん、こわいよー。」


 ブルってしまって、舞姫を呼ぶ操。悲しいかな、三歳児の心臓は、花火に点火する時の恐怖に耐えられる程の、強度はないのであった。


「ぷりちゃん、みさおちゃん。てもちはなび やろうよ。」


 晶は、リリスに火を点けてもらいながら、誘った。


「おおっー。なんだ、その はでなの。」

「きれい でしょ?」

「うん。きれいなの。」


 三人は、お揃いの花火を手に持って、笑い合っていた。


 そんな楽しい時間も、あっという間に流れ、リリスが、〆にとっておいた、大物を繰り出して来た。皆は夢中になって、それを見ていた。


 昴は、ふと、皆の輪の中に、プリ様がいないのに気が付いた。辺りを見回すと、一人、隅の方で、しゃがみ込んでいるプリ様を見付けた。


「線香花火ですか? プリ様ぁ。」

「うん。きれい でちょ?」


 プリ様は振り返りもせず、明るく爆ぜる線香花火を、無心に見ていた。そのプリ様の隣に、昴も座り込んだ。


「れい がね、すきだって いってたの……。」

「そうですか……。」


 プリ様は、ポツリポツリと、空蝉山に旅した時の事を語り始め、昴は、黙って、聞いていた。




 うまれて はじめて、ひとりで おそとに でたよ。


 しんせつな おねえさんに そらいろの じてんしゃに のせて もらったよ。


 ぴっけちゃんと ふたりで、おさかなを つかまえ たんだ。


 その おさかなを たべようと したら……、れいに あったよ。


 れいと いっしょに おさかな たべたんだ。よるは れーしょん たべたんだ。


 よぞらを みあげて、ふたりで ほし()を さがしたんだ……。




 線香花火の最後の火玉が落ちても、プリ様のお話は終わらなかった。昴は、ただ黙ったまま、丁寧に、プリ様のお言葉を拾っていた。


 三歳の夏、プリ様のお胸に刻み込まれた、色とりどりの大切な思い出。親友(とも)との出会い。それは、プリ様のお心に、生涯輝き続ける宝物……。

今回で「あくしあ」編は終わりです。

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