神の写し絵となったファレグ
神器ウルスラグナは、体内に取り込む事によって、その真の力を発揮出来る。オクから、そう、聞かされていた。
「べとーるちゃんが、さいごに けらうのすの かけらを とりこんだ とき かくしん したわ。」
神器といえども、道具に過ぎない。使う者の能力に比例して、攻撃力も増していく。
つまり、人間では、どうあがいても、神と同じようには扱えない。精々、出せる性能は、一万分の一くらいだ。だが、ベトールがやったみたいに、己が体内に取り入れれば、人間でも、神の千分の一ほどには、使いこなせる。
それが、オクの立てた仮説であった。
『いまの ぼくでは、しんきを みっつ つかう、むらちゃんには かなわない。でも、おくの いうとおり なら……。』
プリ様を睨み付け、グッと、ウルスラグナを握り締めるファレグ。
「れい、めを さますの!」
ミョルニルをふりかざして、プリ様が迫って来た。狙いは、ファレグの手中にあるウルスラグナだ。攻撃力を奪い、降伏させるつもりなのだ。
『まだだ。まだ、まける わけには いかない。この てを ちで けがし、えるものが なにもない なんて、そんなの ばかげている。それに……。』
僕は、むらちゃんの、敵でなくてはならない。
「てき とは……。」
ファレグは、着ていたティシャツを脱ぎ捨て、ウルスラグナを、その胸に押し当てた。
「きょうだいな ちからで たちふさがる、にくい あいての ことだ。」
七色の光が、オーラの如くたなびき、ファレグの身体を包んだ。あまりの眩さに、プリ様も進撃を止め、立ち竦んだ。
光が治ると、地鳴りの様な霊圧に、空気が震えた。そこには、髪も瞳も、白銀に輝く、神の写し絵となったファレグが居た。
俯いていたファレグが顔を上げ、ギンッとプリ様を見た。それだけで、小さなプリ様のお身体は、気圧されて、二、三歩退いた。
「これが きみの てき。ふぁれぐ あるてぃめっとだ!」
ファレグアルティメット。カッコ良い……。と、一瞬思ってしまったプリ様は、慌てて首を振った。
「れい! ぐれゆ のは、ゆゆさないの!!」
叫びながら、再び、突撃を開始するプリ様。
『ぐれる? そんな じょうきょう じゃない だろう……。まったく きみは おもしろいよ。』
ファレグの口元に、寂しげな微笑みが浮かんだ。
もっと一緒に、色々、遊びたかったな……。
一瞬の感傷が通り過ぎると、もう、ファレグに迷いはなかった。
飛び上がり、振り下ろされるミョルニルを、右の掌で受け止めた。
「みょゆにゆが うごかないの。この かいりきは……?!」
「きんぎゅうの うるすらぐな。」
ファレグは、掴んだミョルニルごと、プリ様を放り飛ばした。
「はくばの うるすらぐな。」
「!」
プリ様の背が、地面に着く前に、ファレグは素早く駆け寄った。
「やぎの うるすらぐな。」
山羊が喧嘩をする仕草で、プリ様の宙に浮かぶ胴に、頭を擦り寄せて、空高く投げ上げた。
「ぐっ……ぬぅ……。めぎんぎょるず!」
何とか態勢を立て直そうと、メギンギョルズの羽を広げて、プリ様は滞空した。が……。
「たいほうの うるすらぐな。」
背中から大きな翼を広げて、空にまで、ファレグは上がって来た。
「ま、まさか……。」
「そう。うるすらぐなを とりこんだ いま、ぼくは じゅうの うるすらぐな すべての ちからを つかえる。」
「くっ……。」
とにかく距離を置こうと、さらに上空に舞い上がったが、これは、完全に失敗であった。
「かぜの うるすらぐな!」
ファレグが、両手をプリ様に向かって広げると、凄まじい風が巻き起こり、軽いプリ様のお身体は、錐揉み状態になって、落下した。
『ぐっ。いたいのぉ。』
落下の寸前、重力を軽くして、軟着陸したが、少し、足を捻ってしまったみたいだ。鈍い痛みが、ジワジワと、肉体を苛んだ。
「ひとがたの うるすらぐな。」
声だけが聞こえて、姿は見えなかった。ダブルウルスラグナよりも、もっと、高速で移動しているのだ。
『とんで ひに いゆ なつのむし なの、れい。』
プリ様アイは、ちゃんと、迫って来るファレグを、分子的視界で捉えていた。
「いばしょが わかれば つかえゆの。ぐらびてぃうぉーる!」
これで決まりだ。プリ様は、そう、思っていた。超高速で突っ込んで来ているが故に、玲には避けられないと思ったのだ。
「らくだの うるすらぐな。」
そのファレグの声が上がると、激しい砂嵐が起き、グラビティウォールに、大量の砂が呑み込まれて行った。
「ぐらびてぃうぉーる。たしかに おそろしい わざだ。だが、どれだけの しつりょうを とりこめる?」
猪のウルスラグナ。そう言うと、ファレグは、重力の壁の吸引力を和らげる、砂の防壁に守られて、猪の脚力で後退した。
「ぐらびてぃうぉーるを やぶるのは かんたんだ。すいこめる いじょうの しつりょうを、なげこんで やれば いいのだ。」
ファレグは、お城を掴むと、恐るべき力で、土台ごと持ち上げた。
「ぐらびてぃうぉーる やぶれたり!」
さすがのグラビティウォールも、大量の砂と、お城全てを吸い込むのは不可能だった。グラビティウォールは消え、吸い込めなかった瓦礫に、プリ様は埋もれてしまった。
「ぷり。このまま、いせかいが こてい するまで、そこで おとなしく してて。そうしたら、みのがして あげるよ。せめてもの なさけだ。」
プリ様は、咄嗟に、魔法障壁を張って、瓦礫の下敷きになるのだけは防いでいたが、戦意は著しく減少していた。
「れい……、どうして『むらちゃん』と よんで くれないの?」
怪我の痛みより、何より、友の言葉が胸に刺さって、泣けて来た。
どうして、こんな事になったんだろう。もう一度、玲に、あの涼やかな瞳で、優しく見詰めて欲しかった。鈴の音色を思わせる、気持ちの良い声で「むらちゃん」と呼んで欲しかった。
「もう、いやなの。たたかいたく ないの。」
障壁で出来た、狭い空間に、コロリと仰向けになった。
今まで、戦いが嫌だなんて、思ったりはしなかった。敵が強ければ、強い程、ワクワクして、嬉しくなった。
『もう いいの。わたちは せいいっぱい やったの。』
実際、手詰まりだった。最強のグラビティウォールでさえ、通用しなかったのだ。
『これいじょう つよく できないし……。じゅうりょく……。』
これ以上、強力にしたら、前世の二の舞だ。それ以前に、今のプリ様では、前世ほどの超重力は操れないでいた。
『とーゆは、どうやって……。』
何か、大事な事を、忘れている気がした。
「い、いやいや。もう、かんがえないの。もう、やめたの。」
これだけ頑張ったんだ。お母様だって、許してくれる。そう思って閉じた瞼の裏に、何故か、悲しげなお母様の顔が映った。
『なぜなの? おかあたま。わたちは、もう、たたかえないの。くたくた なの。』
お母様のお顔は、不甲斐ない、と嘆いているようにも見えた。それを見ていると、つい数時間前、勲章を貰って誇らしかった気持ちも、吹き飛んでしまった。
『もう……たたかえない……。たたかいたく ないのぉ……。』
プリ様の頰を、涙が伝った。
プーリーさーまー。
その時、昴の叫び声が、聞こえて来た。
「立って下さーい。プリ様ー。プリ様が負けちゃったら、誰が幼女神聖同盟から、東京を守るんですかー。」
『もう、いいの、すばゆ。こんかいは まけなの。どうせ ぎせいしゃも いないし……。』
「パーティの仲間は、どうなるんですかー。英明様だって……。」
ひであき? 嫌過ぎて、存在を忘れていた。確かに、異世界が固定化されてしまったら、英明は確実に次元の狭間に消えてしまう。
「ばか、くそっ!」
思わず声が出てしまった。英明を守る為に、玲と戦わなくてはいけないなんて。
「それが、ごさんけの しめい なのー!?」
やり場の無い怒りが、パワーとなって、瓦礫の山を吹き飛ばし……。
プリ様が、ゆらりと、立ち上がった。