寂しげな玲の微笑み
裸子植物の森を抜けると、芝生の広がる拓けた場所に出た。古代の植物相から、いきなり現代の植物相に切り替わった感じだ。魔界とは、こういうデタラメな所なのだ。
その芝生の広場の奥に、目指すお城があった。
「やっと きたの。すばゆぅ、おなか へったの。」
「まあ、プリ様ったら。オヤツの催促ですか?」
自分に甘えて、オヤツをねだるプリ様の愛らしさに、昴は、辛抱堪らず……。
「すばゆ。ほおずり したり、だきしめ たりは あとに すゆの。」
ご立腹のプリ様のお言葉に、ハッとして、プリ様ラッシュをする手を止めた。
「すみません。あまりにプリ様が可愛らしかったものですので、つい……。」
「つい じゃないの。」
プリ様は、アーンと小さなお口を開けて、オヤツ待ちの状態に入った。昴は、慌てて、魔界の蔓で編んだ鞄から、エロイーズ特製牛乳クッキーを取り出した。
『可愛過ぎですぅ。プリ様ぁ。』
クッキーを、手ずから、食べさせながら、昴は悶絶していた。
カシッと、最後の一口をお食べになられると、待ち兼ねたみたいに、抱き付こうとする昴。その昴を、プリ様は両手で押し退けられた。
「やめゆの。これから、たたかうの。かわいがられて いゆ ばあい じゃないの。」
「ええっー。プリ様、食べ終わったら、抱き付いて良いって、言いましたよ。嘘吐きですぅ。プリ様は、嘘吐きなんですぅ。」
抱き付いて良いなんて、一言も言ってない、とプリ様は思われたが、口を尖らせる昴に負けて、大人しく身を委ねた。
「ああっ。プリ様、柔らかですぅ。プリ様、プリ様ー。」
此処を先途とばかりに、必死で、頬ずりや愛撫を、昴は繰り返した。こんなところ、敵に見られたら恥だと、プリ様は、お顔を真っ赤にして、耐えられた。
幸い、敵が出て来る事もなく、昴は力尽きた。元々、体力がないので、プリ様ラッシュも、それほど持続しないのだ。
「きが すんだ? すばゆ。」
「はい! プリ様。」
晴々とした顔で、頬ずりをして来る昴に、キリがないなと、プリ様は溜息をお吐きになった。
そんな戯れ合いをしながら、とうとう、お城の入り口が見える所まで、近付いた。
「随分、早く到着しましたね。」
「おしよ、ちいさいの。」
お城は、お城の形をしているだけで、大きさは、戸建分譲一軒分くらいの大きさしかなかった。遠近法で、もっと遠くにあるように、感じていたのだ。
「だれか いゆ……。」
プリ様の目が、お城の入り口に立つ、人の姿を捉えた。
「!」
信じられなかった。そこには、一別以来、会いたくて夢にまで見た人が立っていたのだ。
「れい!」
プリ様の弾んだ声が上がった。
「みて、すばゆ。れいが いゆの。」
「えっ……。」
「れいが きて くれたの。ひゃくにんりき なの。」
さっき、手こずったダブルウルスラグナだって、玲がいてくれれば、楽勝だった筈なのだ。いや、これからの戦いだって、彼女がいてくれるなら……。
プリ様のお顔は喜色に満たされ、手を挙げて、玲に走り寄ろうとした。
「ダメです。プリ様ぁ!」
そのプリ様を、昴が後ろから抱き付いて止めた。
「もう、すばゆは。また やきもちなの?」
「違います。違いますぅ。良く、考えて下さい。何か変ですぅ。」
「なにかって……なんなの?」
プリ様は、可愛らしく、小首を傾げた。
「此処は異世界ですよ。玲ちゃんは、どうやって、入って来たんですか?」
「れい なら、きっと、はいれゆの。けっかいを やぶって……。」
「入れたとしても、何で人間の姿のままなんですか?」
「にんげんの まま……?」
「そうですよ。異世界に入って、そのままでいられる人は三種類だけです。」
「…………。」
「プリ様みたいに、神の祝福を受けた人。リリス様の様に、神の血の混ざった人。そして……。」
昴が言い終わる前に、玲が近付いて来た。十メートル、八メートル、五メートル……。
「やっぱり、むらちゃん だったのか……。」
そう呟く親友の顔を、プリ様は、眼を見開いて見た。どこか寂しげな玲の微笑みを、瞳に焼き付けるが如く、まざまざと見た。
「むらちゃんは ぷりむら。みんなからは ぷりちゃんって よばれている。さいしょに いってくれてた のにね。」
たぶん、自分にも、分かっていたのだ。だが、無意識のうちに、認めるのを拒絶していた。考えてみれば、最強の敵と認識していたのに、その人物の姿形を、確認しようともしなかった。
心の奥底で、怖れていたのだろう。「ぷり」が、「むらちゃん」と同一人物だと、はっきりしてしまうのが。
生きる意味の無かった自分に、もっと生きたいという希望を与えてくれた「むらちゃん」が、生きる為の計画を潰しに来る破滅の使者であるなどと、直視出来る現実ではなかった。
「れ……い……。」
「なんだい、むらちゃん。」
「みぎての こうを みせて……。」
玲は右手をギュッと握り締め、そのまま、ゆっくりと、上げた。その甲には、六花の一葉が貼り付いていた。
「うあああ。」
しがみ付く昴を振り払い、プリ様は玲に駆け寄った。
「れいが やったの? この いせかいを つくったのも?」
「…………。」
「うゆすらぐなたちを あやつって いたのも?」
「…………。」
「かずおみたちを あんな めに あわせたのも……。」
「!」
そうだった。自分は、むらちゃんの仲間を殺してしまったのだ。友達が、仲間を殺した。その事実が、どれだけ、彼女を苦しめているだろう。
どうすれば良いのか? ファレグは、天を仰いだ。
「ふっ……、ふふふふふ。」
「れい?」
「れい では ないよ。」
ファレグは、自分の襟首を掴んでいたプリ様を、突き飛ばした。
「ぼくは ようじょしんせいどうめい ななだいてんしの ひとり。ふぁれぐ!」
ファレグは、神器ウルスラグナを、手に持った。
「やめゆの、れい。れい とは たたかえないの。」
プリ様の言葉を聞いて、ファレグは唇を噛み締めた。
「たたかうんだ、むらちゃん。いや、ぷり。ぼくは きみの てきだ。」
むらちゃんの仲間を殺してしまったのだ。もはや、友達には戻れない。それならば、もう、互いのやるべき事を、やるしかない。自分は異世界の固定化。むらちゃんは、その阻止。
敵として在れば、むらちゃんを苦しめなくて済む……。
「いけ。うるすらぐな!」
ファレグが投げ付けると、神器ウルスラグナは、超高速で、プリ様に向かって来た。それを、ヤールングレイプルで受けるプリ様。その小さな、お身体は、勢いに負けて、弾き飛ばされた。
「プ、プリ様ー。」
「すばゆ、はなれて いゆの。」
再び、襲って来た神器ウルスラグナを、今度は、ミョルニルで叩き返した。
「むだなの。わたち には みえゆの。」
神器ウルスラグナの能力が、超高速だけならば、もう、プリ様の相手ではなかった。しかし……。
「やめゆの、れい。れいを やっつけたり できないの。」
「ふん。ずいぶん なめられた もの だね。」
「れい……。りっかのいちようを わたすの。そしたら、こんな いせかい、わたちが かいじょ したげゆの。」
そう言いながら、プリ様は、自分の右手の甲にある、アラトロンとベトールの一葉を見せた。
「あきらしゃんと みさお……、あらとよんと べとーゆも いまは ともだち なの。れいも きっと そう なれゆの。」
ああっ、君は、敵だった二人と、親交を結んでいるんだ。なんて、心の広い、深い、子なんだ。取り返しのつかない罪を犯した僕までも、許そうとして……。
ファレグは、零れそうになる涙を抑えようと、天を仰ぎ見た。暫く、そうしていたが、やがて、決然として、プリ様を睨んだ。
「なんどでも 言う。ぼくは きみの てきだ。」
そうでなければ、君が辛いだろう?
ファレグは、漏らしてしまいそうな本音を、必死で飲み込んだ。
戦うしかないのか?
プリ様の表情が、苦悩に歪んだ。