格好良い死に方なんてないんだよ。
稲妻ネズミ達が報告し、去って行った後、和臣はしゃがんでプリ様を下ろした。
「殿が要るよな。」
その言葉に、プリ様と紅葉は顔を見合わせた。
「一人で後ろから来る連中の相手をするつもり?」
「あぶないの。いっしょにいよ、かずおみ。」
「挟み討ちにされたら、全滅もあり得るぞ。誰かが行かなきゃな。」
和臣は薄く笑ってプリ様の頭を撫でた。紅葉の頭も撫でようとして、手を叩かれた。
「殿はクレオの役目だったけど、まさかニール君に任せるわけにもいかないだろう?」
「あんたじゃ頼りない。私が行くわよ。」
「馬鹿言うな。お前は大氷結を使ってしまっただろ。おれにはまだ大火炎が残っている。」
言いながら、もう和臣の足は元来た道を戻り始めていたが、ふと立ち止まって振り返った。
「昴、お前の現世の姿を見れなかったのは心残りだな。」
「そんな! 死ぬみたいな言い方やめて下さい。」
フッと微笑んで、再び歩き始めた。
「あんた、ここまでフラグ立てといて、生き延びたらカッコ悪いわよ。」
紅葉がボソッと言った。ギクッ、和臣は肩を竦めた。
「だから死ぬんじゃないわよ。あんたはカッコ悪い方が似合っているのよ。カッコ良く死ぬなんて全然似合ってないわ。」
和臣は振り返りもせず「ひでえな。」と笑いながら、暗闇に消えた。
彼が行った後を皆は暫く見ていた。
せっかく今生でまた巡り会えたんだ。生きてこのダンジョンを出て、一緒に酒を……、は飲めないから、乳酸飲料を飲もう、とプリ様は心で呼び掛けていた。
和臣と別れてから、五分も歩くと、新橋駅の灯りが見えて来た。新橋は銀座と違って、トンネルの両端に上りと下りのホームが分かれている。その真ん中を線路が通っているので、隠れる場所がない。此処ではどうしても戦わざるを得ないのだ。
「渋谷から新橋、八つの駅のボスが居るのね。それに戦闘員的に新橋駅所属のゴブリンやオークも待ち構えているのか……。」
紅葉はチラッとプリ様を見た。
「ホブゴブリンの時は偶然だと思っていたけど……。」
まだそんな事を言っているのか、とプリ様は頬を膨らませた。
「わかっているわ。むくれないでよ、プリ。」
「銀座駅で私を助けて、あの蜘蛛さんを倒したのは、プリ様の実力ですぅ。」
「だから、わかっているって。さっきのプリの話で私が既成の概念に捉われ過ぎていたと気付いたわ。」
さっきの話……って何?
「私はプリに筋肉がないと思っていた。でも観念的、精神的には実在しているのね。」
だ・か・ら、筋肉から離れろ。どうして俺の能力は筋肉じゃなかったという結論にならないんだ? そもそも前世でだって、魔法だの、オーラだのと、超常的な力を使う奴等相手に、どうやって筋肉だけで勝っていたと思っているんだ。
プリ様の心中は不満が渦を巻いていたが、悲しいかな、それを言葉にして外界に放出する術がなかった。
「もみじ、ばかなのー!」
「えっ、何でよ。見えない筋肉が、あんたを覆っているんでしょ。それしか考えられないじゃない。だって、あんたの唯一の能力は前世から筋肉なんだから。」
「きんにくちがうの! もみじはばかなの!」
どうやら言ってもわからないらしい。この馬鹿には、その目に焼き付けてやる必要がありそうだ。プリ様はトテトテと新橋駅構内に入って行った。
中の様子は銀座駅と変わらなかったが、ゴブリンやオークしかいなかった銀座と違って、そこは魔物の博覧会場になっていた。手がノコギリのヤモリ男だの、大砲が背中に付いているスッポン男だの、より取り見取りである。その有象無象共の一番奥、線路であった通路の真ん中に、金棒を持ってドッカと腰を下ろしているミノタウロスがいた。おそらく、あいつが新橋駅のボスにして、このダンジョンの大ボスだろう。他の奴等とは雰囲気が違う。
「あんた、一人で行ったら危ないじゃない。」
追い付いて来た紅葉達をチラッと振り返ってから、プリ様は叫んだ。
「よく、みておくの。ぷいのしんのちかやを!」
一斉に襲いかかって来る魔物達を前に、仁王立ちのプリ様。やにわに右手を振り上げ、地面を叩いた。
「だいちのいかい!」
新橋駅構内を文字通り「激震」が襲った。
銀座駅を通り過ぎ、最初に乗っていた列車の辺りに来た時、和臣の耳は魔物達の唸り声をとらえた。どうやら、京橋駅で集結してから新橋への移動を始めたみたいだ。
『固まって来てくれるのなら、ちょうど良い。』
和臣は両腕を前に突き出して、二つの拳を重ねた。
『まだだ。もう少し近寄れ。五間……、四間……、三間……。』
近寄るにつれ、魔物の醜悪な姿もあらわになって来る。皮膚を剥いだ人間、人体模型のようなのもいて、暗闇で出会うとかなり怖い。それでも和臣は動じる様子もなく、冷静に間合いを測っていた。
二間半……、二間……。良し、今だ。
「大火炎!」
大火炎は和臣の必殺技だ。今迄戦って来た、どんな敵にも破られた試しはなかった。十体くらいの相手なら、苦もなく焼き尽くすだろう。
だが、炎が収まり、そこに悠然と立っている各駅のボスの姿を見た時、和臣は最終回でズタボロにされたスーパーロボットを思い出した。そして、最悪な事には、助けに来てくれる新型ロボのあてなど、彼には一切無いのだ。
「ちょっとビックリしたわん。」「あらぁ、でもカワユイ坊や。」「私、ツバ付けちゃおうかしら。」「まあ、ズルいわ。私が先よん。」
何だ? こいつら。どう見てもゴツい男性型のクリーチャーばかりなのに、低い声で乙女めいた話し方をしやがる。これはあれか、あっち系の魔物ばかりなのか?
「まあまあ、ケンカは止めましょ。」「そうね。じゃあ、こういうのはどうかしら。」「一番最初に押し倒した人から、あの子を自由にするのね?」「あっー、ズルいぃ。私が言おうとしていたのに。」
とんでもない会話がなされているぞ。っていうか、これ絶対に負けられないだろ。死ぬならともかく、オネエの慰み者になどされてたまるか。
和臣は決意し、大きく後ろに飛んだ。
「あら、怖いのかしら? 遠去かっちゃって。」「無駄よ、無駄。」「オネエさん達が可愛がって上げるのよ?」
誰がオネエさんだ。
和臣は覚悟を決めた。新型ロボが来ないなら、自分がバージョンアップするしかない。前世の能力を使うのだ。だが、ホブゴブリン戦の紅葉を見る限り、あまりにもリスキーだと言えた。彼の能力は基本火炎系なので、この狭い洞窟内で使えば、自分自身をも焼き尽くすほどの威力になるのは必至だ。しかし、仲間の安全と自らの貞操の為、やらずばなるまい。
「我が守護神プロメテウスよ。我に力を与え給え。原初の炎を、敵を薙ぎ払う火炎へと変えて。ゴーフォ・ク・オーノ。」
洞窟内を揺るがし、荒ぶる炎の塊が和臣の前面を埋め尽くした。
「くらえ! 地獄の火炎。」
「きゃあ、うっそー。」
「何これ、聞いてないしぃ。」
「あつーい。溶けちゃう。」
喚き散らしているけれど、彼等にもどうにもならないらしい。地獄の大火の中で断末魔の叫びを上げていたが、やがて全てが燃え尽くされた。
敵は殲滅した。しかし、その炎はおさまらず、和臣にも迫って来た。必死で抑えようとしたのだが、無理だった。もう眼前に炎が来ている。数秒後には彼の身体も炎に包まれるだろう。
『やっぱり制御出来なかったか。俺は此処でリタイアだ。生き延びろよ、プリ、昴、ニール君、そして……紅葉。』
せっかく再会出来たのにな、と寂しく思った時「あらあら、随分思い切った手段に出たわね。」という女の声が後ろから聞こえた。
「ゴールデン・ウォール。」
ゴールデン・ウォール? どこかで聞いた覚えがあるような……。そう思いながら、和臣は意識を失った。
プロメテウスが火の神で良いのかと言われると、正直微妙なんですが、火の神ってあまり格好良い人が居ないというか……。
プロメテウスさんなら、強権に逆らう反骨の人みたいで良いかなと。




