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ゲキリンとトラノオの輝く刀身

 為すすべもなく落ちて行きながら、リリスの頭には、別れ際の母の顔が浮かんでいた。

 そして、その顔が、不甲斐ない自分を嘲笑う様に、少し口元を歪ませた。


 覚悟が足りない。

 母の幻は、そう言っているかの如くであった。


 今、自分が倒れれば、どうなるだろう。今回の敵は凶暴だ。動けない和臣と紅葉にも、躊躇いなく、トドメをさしに行くに違いない。


 翔べるのだ。自分は翔べるのだ。それなのに、重力に引き摺られて、落ちて行っているのは、単に覚悟が足りないだけなのだ。


 鬼でも修羅でも構いません。


 母の台詞が脳裏をよぎった時、我知らず、リリスは叫んでいた。腹の底から。


「まーけーてーたまるかぁぁぁ!!」


 リリスの背中に、翼竜に似た翼が生えた。彼女は、グルリと回って、急上昇を始めた。


 驚いたのは、大鳳のウルスラグナである。ただの人間と思っていた少女が、翼を生やして、飛び上がって来たのだ。


「くーらーえー!」


 少女は、最前までの、淑女然とした態度をかなぐり捨て、死に物狂いで矛を振るって来た。


『むうっ。少し焦ったが、躱せる……。』


 空中で、重量級の得物を振り回すのは、最善とは言えなかった。踏ん張る地面が無いので、どうしても大振りになり、腰が泳いだ。

 大鳳のウルスラグナは、その隙を突いて、緩やかな動きで、リリスの攻撃を躱していた。


『天沼矛は、空中戦には向いてない……。』


 リリスも、それには気付いていたが、かといって、代わりになる武器も無い……。


 鬼でも修羅でも構いません。


 母の言葉が、また、脳内に響いた。


『武器? 武器はあるじゃない。龍神の鋭い爪、尻尾……。』


 リリスは天沼矛を投げ捨てた。そして、滞空したまま、動きを止めた。

 大鳳のウルスラグナにしてみれば、反撃の絶好のチャンスだが、彼女は動けないでいた。予想外の行動をするリリスが、次に何をするか読めなかったからだ。


「鬼でも修羅でも構いません。鬼でも修羅でも構いません。」


 リリスは、呪文の様に、その台詞を繰り返していた。


「私は、龍神の子!」


 リリスの両手と両足が、龍のそれへと変化した。背面には尻尾が、ダラリと、垂れ下がった。


『うっそー。何なの? この子。』


 大鳳のウルスラグナは、叫び出したいのを、必死に堪えていた。あまりにも、規格外過ぎる敵だ。


 そうしている間にも、リリスが、その鋭い爪を振りかざして、大鳳のウルスラグナに迫って行った。咄嗟に、両手で、頭を庇う大鳳のウルスラグナ。しかし、リリスの爪は、その両手を、アッサリと斬り落としていた。


「ひいいいっ。腕がぁぁぁ。」

「火球を使うまでもないわね。」


 ブンっと、リリスの右ストレートが、吸い込まれる様に、大鳳のウルスラグナの胸部を貫いた。

 さしもの、大鳳のウルスラグナも、堪らず、消滅してしまった。


『やった……。』


 戦闘の高揚感が治ると、改めて、己の姿を見つめ直す余裕が出来た。凶器とも言える手足の爪、人には有り得ない器官の羽と尻尾……。


『龍人になっても、理性を保っていられた。』


 フッと一つ、溜息を吐くリリス。


『まあ、賢者の石が、蓋をしてくれているお陰だけれどね。』


 その口に、自嘲気味の笑いが浮かんだ。


「私は、まだまだです。お母様。でも、いつか、きっと貴女を……。」


 魔界の空を見上げて、娘は越えられぬ母を想った。




 大鳳のウルスラグナを撃破したリリスは、その姿のまま、紅葉と和臣の傍に降り立った。


「あ、あんた、その姿……。」


 驚愕に目を見開く紅葉を、リリスは寂しげな目で見た。


「やっぱり、化物だと思う? 紅葉ちゃん。この、腕や足……。」

「そんな事は、どうでも良いわ。あんた、また、服が破けているわよ。」


 そう言えば、変化した時に、少々、布が裂け、肌が多少露出していた。


「早く、何とか隠しなさい。ただでさえ、体内の血液量が減っている和臣が、出血多量で死んじゃうわ。」


 和臣は、静かに鼻血を流していた。


「もう、なんだって、アンタって子は、すぐ、服を破いちゃうの。」

「あらあら。そう言われても、着替える物なんて、何もないわ。」


 大騒ぎする紅葉に言い返しながら、リリスは少し嬉しげに微笑んでいた。




 プリ様は考えていた。


『だいじょぶ なの。あくまおくとぱす(悪魔オクトパス) なんて、ひかりの はやさ だったの。でも、かったの。』


 空蝉山の邪神は、ダブルウルスラグナより、もっと速く動いていた。


『どうやって、かったん だっけ……。』


 ナガちゃんが悪魔オクトパスの時間を遅め、玲の張った結界に守られながら、天羽々矢で貫いた……。


『だだだ、だめなの。ながちゃんと れいが いないのー。』


 思考が破綻して、パニくるプリ様。

 そうしている間にも、ダブルウルスラグナの黄金の剣の煌めきを、目の端で捉えた。


 バキンッ!

 ミョルニルを構えるのも間に合わず、ヤールングレイプルで覆われた右腕で、プリ様は防いだ。だが、勢いのある剣撃に、小さなお身体は、弾き飛ばされてしまった。

 プリ様ピンチ!


 転ばされたら、そのまま、刺し殺されてしまう。

 そう思ったプリ様は、地面に叩きつけられる前に、メギンギョルズの羽で、空に舞い上がった。


 さすがのダブルウルスラグナも、飛行能力は無いみたいだ。一瞬、立ち止まって、上空のプリ様を見上げた。その隙を見逃すプリ様ではなかった。


「ぐらびてぃぶれっと ばきゅーん!」


 素早く指先から、グラビティブレットを射出した。当たれば身体に穴の開く、必殺の攻撃だ。


 その時、信じられない事を、ダブルウルスラグナがした。黄金の剣で、自分の前方直径二メートルくらいの地面を抉り取り、向かって来るグラビティブレットに投げ付けたのだ。

 大質量の土の塊と反応して、グラビティブレットは、消えてしまった。


「どうした? もう、攻撃はしないのか? それともネタ切れか?」


 滞空しながら、呆気に取られているプリ様を、ダブルウルスラグナは挑発した。しかし、実際、もう打つ手が無かった。


 何処から攻めて来るか、見切れないダブルウルスラグナには、グラビティウォールも使えない。


 グラビティウォールは、かなり、指向性が要求される技で、ただ出しただけでは、その辺りの空間にある全ての物質を吸い込んでしまう。攻撃して来る相手のみに、有効になる様に、プリ様が、しっかりと、敵の所在を認識する必要があるのだ。


「やれやれ、見ていられないねえ。」


 プリ様がまごついていたら、トラノオが、呆れたという感じで、声を出した。


「なにが いいたいの? とらのお。」

「プリ、お前、自分の能力を、ちゃんと把握しているのかい?」


 自分の能力? 重力、電磁気力、弱い力、強い力、魔法力、この世の全ての力に干渉し……。


「違うだろ?」


 プリ様が考えていると、頭の中を読んだかの様に、トラノオが否定した。


「五つの力に干渉出来るのは、お前本来の能力の副産物に過ぎない。お前の本当の力は……。」


 そこまで言った時、ゲキリンが、窘める様に、トラノオの刀身に軽く当たった。


「甘やかし過ぎだ、トラノオ。それは、プリが、自然(じねん)で気付かねばならない。」


 そう言われて、トラノオは黙った。


「プリ、賢者の石を思い出せ。賢者の石は、空間中の素粒子を掻き集めて、物質を生成する。だが、お前は、真空中でも、賢者の石と同じ事が出来るのだ。」


 ゲキリンの言葉を聞いて、どっちが甘いんだよ、とトラノオは思った。それは、ほとんど、答えを言っているみたいなものだからだ。


 プリ様は、ゲキリンとトラノオの輝く刀身を、見た。そして、二人の助言に、慎重に頷きながら、地面に降り立った。それと、ほぼ同時に、ダブルウルスラグナの姿が消えた。


『わたちの のうりょく……。けんじゃのいし……。』


 考えるプリ様に、黄金の剣が迫った。


そりゅうし(素粒子)を うみだす ちから……。』


 ハッとした表情になるプリ様。分かったのか? と、ゲキリンとトラノオは、身を乗り出した。


「わかんないの〜! げきりんも、とらのおも、いうこと むずかし すぎ なのー!!」


 ダブルウルスラグナの剣撃を、ミョルニルで受け流しながら、プリ様は、癇癪を起こしていた。


 ああ……。と、ゲキリンとトラノオは、切っ先を下げて、項垂れた。



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