黄金の剣を携えた、見たこともないウルスラグナ
動けずに横たわっている、和臣と紅葉の近くで、リリスは、天沼矛を、ビュンビュン振り回していた。貰って以来、触ってなかったので、まず、手に馴染ませようとしていたのだ。
さすがは、前世、重量級のランスを自在に操っていただけあって、一振りする毎に、ドンドン、様になって来ていたが、二人の注目は、そこには無かった。
『絶対、異世界に侵入して来た時より、大きくなっている……。』
動きに激しさが増す度に、存在を主張するみたいに、上下にブルンブルンと揺れる乳房を見ていたのだ。
「あのな……リリス……。」
「んっ? なあに、和臣ちゃん。」
意を決して、話しかけた和臣に、リリスは鍛錬を中止し、ニッコリと微笑みかけた。
「お前さ、胸……。」
大きくなってね? なんて、聞けるか〜!
和臣は、心中で、一人ツッコミ一人ボケをしていた。
「もお、まどろっこしいわね。ハッキリ聞きなさいよ。」
「お前が聞け。」
横槍を入れて来る紅葉に、和臣が言い返した。
「あらあら。なあに? 二人とも、何が聞きたいの?」
「アンタ、オッパイ大きくなっているわよね?」
ズケッと紅葉に言われて、リリスは、ちょっと、はにかんだ。
「なんかね……。プリちゃんは大きい方が好きかなあ、とか思ったら急に……。」
愛故か?!
そんな訳あるかー。二人は、同時に、声に出さずに突っ込んでいた。
「まあ、新しい賢者の石の作用だとは思うのだけれど……。」
そこまで言って、リリスは、少し、考え込んだ。
「どうしたのよ?」
「んっ……。ゴールデンクラフトが使えなくなったから、空が飛べなくなっちゃったの。」
金の粒子を作り出せなければ、ゴールデンクラフトは使えない。
人間は、陸生動物なので、飛べなくとも生きていけるが、今まで飛べていたのに、飛べなくなるというのも、不便なものだ。
『でも、空蝉山でオクに襲われた時、自力で飛んだ様な気がするのよね……。』
その辺の記憶が、どうもハッキリしないのだ。手足を自ら治したのは、なんとなく覚えているのだが、もう一度やれ、と言われたら、出来る自信は無かった。
『そうか……。胸が大きくなったのも、賢者の石の力ではなく、私に眠る龍の力の作用かも……。』
リリスの思考は、紅葉の大声で、破られた。
「あいつ! 大鳳のウルスラグナ。私を空中から落とした奴よ。」
彼女の指差す空を見上げると、大きな翼を、背中に生やした女が、羽ばたきながら、滞空していた。
『よりによって、飛べない時に、飛行能力のある敵か……。』
リリスは、グッと、天沼矛を握り締めた。
一方、プリ様と昴は、真っ直ぐ、お城を目指していた。
「プリ様〜。見て下さい。速い。速い〜。」
タラリアの力で、通常の三倍の歩行速度を得た昴は、調子に乗りまくっていた。
「すばゆ〜。こよぶよ〜。」
「大丈夫ですよ、プリ様。私だって、御三家です。運動能力だって……。はわわわっ。」
突如、コントロールを失って、裸子植物の大木にぶつかる昴。
「え〜ん。痛いよぉ〜。プリ様ー。」
だから言ったのに……。と、思いながら、プリ様は昴に駆け寄った。
「ほら、すばゆ。だいじょぶ?」
「ええーん。プリ様。プリ様ぁ。」
手を差し伸べるプリ様の小ちゃなお身体に、昴は、思っ切り、抱き付いた。
「痛かったですぅ。痛かったんですぅ。」
痛がりで、怖がりで、すぐ泣く昴を、プリ様は『わたちが ついて ないと だめなこだなあ。』と思いながら、頭を撫でて上げていた。
「よしよし、なの。いたく ないの。ないたら、だめなの。」
「うええーん。お優しいプリ様。もっと頭撫でて下さーい。」
「はいはい なの。」
プリ様の優しさにつけ込み、ドサクサ紛れに、昴は甘えていた。
その、昴の頭を撫でる、プリ様のお手手が、ピタッと止まった。
「どどど、どうしたんですか? プリ様ぁ。」
嫌われちゃったの? と、涙をいっぱい浮かべながら、昴が見上げると、プリ様は、鋭い目付きで、灌木の向こうを睨んでいた。
「すばゆ、ここで じっと してゆの……。」
念の為とばかりに、ゲキリンとトラノオも呼び出すプリ様。
すると、あまり間を置かずに、猪のウルスラグナと、人型のウルスラグナが、姿を現した。
「しょうこりも ないの。かえりうち なの。」
プリ様の挑発にも、二人は平然として、のって来なかった。
「確かに、私達、個々では、貴女に敵わないだろう。」
猪のウルスラグナが口を開いた。
「だから、奥の手を使わせてもらう。」
次いで、人型のウルスラグナが言った。
『おくのて……?』
猪と、人型のウルスラグナは、互いに向き合って、両手を取った。
「融合……。ダブルウルスラグナ。」
そう言った途端、二人の身体が輝き出した。そして……。
光が治った時、そこには、黄金の剣を携えた、見たこともないウルスラグナが立っていた。
「こけおどし なのー!」
先手必勝。プリ様は、ミョルニルを振りかぶって、殴りかかった。
躱すでもなく、ダブルウルスラグナは、それを黙って見ていた。
ドゥン! と、空振りして、ミョルニルは地面を叩いた。命中の瞬間、ダブルウルスラグナが消えたのだ。
「プ、プリ様ぁぁぁ。後ろですぅ。」
昴の悲鳴に、プリ様が振り返ったら、ダブルウルスラグナが、正に、黄金の剣を、振り下ろすところだった。
その剣を、ミョルニルで受け止めるプリ様。火花が散り、武器の力場の反発で、二人は、離れた位置に飛ばされた。
と、思ったのに、ダブルウルスラグナは、一瞬で間合いを詰めて来た。
プリ様は、剣を受けるので、精一杯だった。
「ど、どうなって いゆの?」
「簡単な事だ。私は超高速で動いているのだ。」
プリ様が、認識出来ない程、素早く……。
ダブルウルスラグナは、プリ様の作る超重力場を警戒し、ヒット、アンド、アウェイで、攻撃すると、すぐに離れてしまうので、捕まえるのも難しかった。
『ちょっと やばいの。』
珍しく、プリ様が、危機感を抱いていた。
大鳳のウルスラグナは、驚愕した。大きな矛を持った少女は、その矛を利用して、棒高跳びの要領で、自分のいる上空まで、飛び上がって来たからだ。
咄嗟に避けたが、矛は額をかすっていった。
『何という身体能力……。』
避けるのが遅ければ、頭を割られていた。
『ここは、退避するのみだ。』
彼女は、ファレグから、怪我人の様子を探って来るよう、命じられただけだ。無理に戦う必要はない。
少女は地面に降り立って、下から隙を窺っているが、さらに高度を上げれば、もう、攻めては来られないだろう。
その時、何かが肩先に当たった。気のせいでないのは、パックリと、傷口が開いているので、分かった。
「飛び道具があるのか。」
呟いて、下を見ると、少女が、自分に向かって、矛を突き出しているところだった。
「鳥? 」
矛の先から、一羽の鳥が飛び出し、こちらに迫って来ているのだ。尖った嘴で、自分の心臓を抉る勢いだ。
「くっ!」
辛うじて回避し、目で鳥を追うと、行き過ぎて、暫くして、消えてしまった。
『あの矛は何だ? 神器なのか?!』
大鳳のウルスラグナは、上空に昇りつつ、少女から目を離さないでいた。
その少女、リリスも、驚いていた。天沼矛に、こんな能力があるとは、思わなかったからだ。
『この矛は、国産みで使われた神器。擬似的に生命を創造出来るみたいね……。』
ただし、あくまで擬似的な物だ。矛から放たれて、一定の時間が過ぎれば、消えてしまうらしい。
『でも、これなら、自分が飛べなくとも、何とかなる……。』
そう、思ったが、大鳳のウルスラグナは、もっと高い所に行ってしまった。あれは、明らかに射程外だ。彼女に届くまでに、擬似生命は消えてしまうだろう。
どうするか考えていると、大鳳のウルスラグナが、急降下して来た。
「驚かされたぞ、少女よ。礼をしよう。」
慌てて矛を構えたが、間に合わなかった。リリスは、大鳳のウルスラグナの体当たりで、弾き飛ばされた。
反撃する余裕もなく、今度は身体を抱き上げられて、かなりの高度まで連れて行かれた。
「さらばだ。」
大鳳のウルスラグナは、そう言って、リリスの身体を離した。真っ逆さまに落ちて行くリリス。
絶体絶命であった。