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痛々しくも優しい笑顔

 ウルスラグナ達の撤退後、暫くしてから、紅葉が意識を取り戻した。


「…………。」


 紅葉は、寝転がったまま、繋いでいる手を離そうともせず、横で寝ている、和臣の顔を眺めていた。


「もみじ、おきたの。」


 プリ様が気付き、昴とリリスも、彼女の傍に歩み寄った。


「あんた、傷だらけじゃない……。」


 まだ、意識が混濁しているのか、朦朧とした目でリリスを眺めつつ、紅葉は口にした。


「ウルスラグナに、やられたのよ。」


 ウルスラグナ、と聞いた途端、紅葉は目を見開いた。


「どこ? あいつら。和臣を……守らなくちゃ……。」


 和臣を庇って、彼に覆い被さり、周囲を見回す紅葉の様子に、プリ様、昴、リリスは、フッと口元が緩んだ。


「何、ニヤケているのよ。状況は……。」

「だいじょぶ なの。わたちと、りりすが、おいはらったの。」


 そう……。と、安堵した声を出して、紅葉は和臣の頰を両手で包んだ。


「本当に大事なんですね。和臣さんの事が。」

「はあ? 何言ってんの、昴。」

「昴ちゃん。紅葉ちゃんはね、和臣ちゃんが居ないと、この世界の何処にも居場所が無いのよ。」

「そうなの。ふたりは いきるのも いっしょなの。しぬのも いっしょなの。」

「リリスとプリまで、何言ってんの? 誰が、そんな恥ずかしい台詞……。」


 言った。言いました。私が言いました。紅葉の脳裏に、先程の自分の言葉が、リフレインした。


「…………。忘れなさい、あんた達。今すぐ、記憶から消去するのよ。」

「あらあら。ちょっと、忘れられないわ。」

「そうですね。感動的でした。」

「そっかそっか。もみじ、てれてゆの(照れてるの)。」

「照れてないわよ。」


 迂闊に近付いたプリ様のホッペを、紅葉は両手で引っ張った。


「うええーん、すばゆ〜。もみじが てれかくしに いじめゆのぉ。」

「おお、よしよし。お可哀想なプリ様……。」

「照れ隠してないし。嘘泣き止めなさい、プリ。」


 紅葉は、顔を真っ赤にして立ち上がり……、そのまま、また、ヨロヨロとへたり込んだ。


「あ、あれ? 身体に力が……入んない……。」

「当たり前よ。貴女だって重傷なのよ。それなのに、ヒーリングなんてするから……。」


 言いながら、リリスは考えていた。紅葉と和臣は、もう、動けない。しかし、此処に置いて行く訳にもいかない。いつまた、ウルスラグナ達が攻めて来るか、わからないのだ。


「りりす、かずおみたちを たのむの。」


 リリスの心を読み取ったが如く、プリ様が言った。


「プリちゃん、一人で行く気なの? さすがに、それは無茶よ。」

「かずおみは わたちの みがわりに されたの。たぶん……。」


 言われて、リリスも気が付いた。ウルスラグナ達の戦力は、和臣と紅葉に全振りされていた。恐らく、唯一の男性の和臣が、パーティの主戦力だと思われたのだ。


 大切な仲間が、自分と間違えられて、傷付き倒れた。和臣が、やられる程の攻撃だ。受けていれば、プリ様とて、無事では済まなかったであろう。


 慚愧に堪えないプリ様だった。と、同時に、怒りでハラワタが煮えくりかえった。まだ見ぬ敵、ファレグが憎いと思った。


 でも……。と、プリ様は考えた。


 思い出していた。空蝉山で、肘爪熊達と戦った時の事を。

 あの時、玲はこう言った。「わるいのは ぼくたちの ほうだ。ぼくたちが かれらの てりとりーを おかしたんだ。」と。


 此処は、七大天使ファレグの作り出したテリトリー。彼女からしてみれば、自分達が、彼女のテリトリーを侵しているのだ。


 だが、此処は公共の場でもある。加えて、英明という、要救助者もいるのだ。

 プリ様達にも大義名分はあった。


 互いが正義を振りかざすのなら、直にぶつかり合うしかない。妥協出来ない一線が有るのなら、拳でケリをつけるしかないのだ。


 だから、どうあっても、行かねばならない。会わなければいけないのだ。ファレグと。


「プ……リ……。」


 考え込んでいると、いつの間に目覚めたのか、寝転がったまま、和臣が話しかけて来た。絞り出す様な声だった。


「俺達の事……、根に持つな。戦いの中、例え死んだとしても、それは、なるべくして、そうなったんだ。」


 苦痛に顔を歪めながら、無理に笑いかけて来た。痛々しくも優しい笑顔……。


「七大天使は……、アラトロンもベトールも、彼女達なりに戦う理由があった。まだ三歳なのに、たった三歳なのに、懸命に運命に抗っていた。今度の奴だって、きっと……。」


 和臣の目に、涙が光った。


「足掻いて、もがいている人間は、周りの誰かを傷付ける時がある。」


 そこで、また、フッと微笑んだ。


「お前が、前世で、俺に言ってくれた言葉だぞ。よもや、忘れてはいないだろうな?」

「かずおみぃ……。」


 プリ様は、グスグスと、泣きながら、彼に近寄った。和臣は、上半身を起こし、拳を差し出した。


「行ってこい。お前の勝利を信じている。」

「おおよ、なの。」


 差し出された拳に、プリ様も、パンッと拳を当てた。男と男の熱い友情の証であった。プリ様は幼女だけれど。


「りりす、かずおみと もみじ、それに すばゆを たのむの。」


 クルッと背を向けて、決然と歩き出すプリ様。その時……。


「えええええっ。ちょっ、ちょっと待って下さーい。私、私は付いて行きます。プリ様ぁぁぁ。」


 昴が背中から抱き付いた。


「嫌です。嫌ですぅ。置いてっちゃ嫌なんですぅ。プリ様ぁ。」

「でも、あぶないの。」

「約束しました。もう、二度と離さないって。約束しましたぁ。」


 泣きながら、プリ様の後頭部に、頬ずりを繰り返す昴。


「戦闘中は、しっかり、ゲキリンとトラノオを握り締めてますぅ。だから、だから、連れてって下さーい。お願いですぅ。」


 困ったプリ様が、チラリと後ろを見たら、紅葉と目が合った。


「プリ。そいつ、連れて行きなさい。アンタと引き離されたら『プリ様、プリ様ー。』って、サイレンの様に叫び回って、うるさいったらなかったわ。」


 まあ、そうだろうな。と、リリス、和臣も頷いた。


「それに、そいつが裸同然でウロチョロしていると、ムラムラして落ち着かないのよ。」


 ムラムラするなよ。と、リリス、和臣は、心中で突っ込んだ。


「ふうっー。わかったの。おいで、すばゆ。」

「はい! プリ様。大好きー。」


 プリ様は、昴に引っ付かれながら、お城へと、歩を進めて行った。


 二人を見送った、紅葉と和臣は、次に、ブラウスのボタンを弾き飛ばしそうな程、膨張している、リリスの胸に視線を移した。そして、


『なんか、一回りほど大きくなってね?』


 と、思っていた。




 痴女みたいな格好をした美少女が、幼女を連れて此方に向かっている。怪我人の方には、大きな矛を使う少女が残った。


 敵の動きを、大鳳のウルスラグナから報告してもらいながら、ファレグは考えていた。


『かんがえる までも ないな。こっちに きている ほうが しゅりょくだ。』


 怪我人の方は捨てて置いて良い。どうせ、動けないのだから。


『それにしても いきて いたのか……。』


 ファレグは、一先ず、安堵で胸を撫で下ろした。


「しかし、その たふ(タフ)さ。やはり、あいつが『ぷり』だったのか……。」


 ウルスラグナ達の攻撃の感触を思い出しても、とても生きていられるとは思えない状況だった。


「それとも、もう、むしのいき なのか……。」


 やはり、気になって仕方なかった。

 ファレグは、大鳳のウルスラグナに、上空から、怪我人達の様子を詳しく探って来るように命じた。


 そちらに気を取られていたので、彼女は、大鳳のウルスラグナの重要な報告を、うっかり、聞き流していたのだ。


 お城に向かっている二人のうち、一人は幼女だ、という事実を。




「すばゆ、あゆくの へいき?」


 体力の無い昴を気遣って、プリ様は、彼女を見上げた。

 昴は、ニッと笑って、魔界の蔦で編まれた鞄から、黄金のサンダルを取り出した。


「ジャーン。タラリアですぅ。おおっ。これは魔法の道具なので、異世界でも変化なしですぅ。」

「そっか、そっか。」


 昴は、嬉々として、タラリアを履いた。


「よし。じゃあ、いくの。おしろへ ごー なの。」

「おっー。行きましょう、プリ様。」


 二人は、勇んで、お城へと歩き始めた。






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