表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
174/303

血溜まりの中に座って、和臣を膝枕する紅葉

「なるほど、おとこは ひとりか……。」


 大鳳のウルスラグナの報告を聞き、ファレグは頷いた。


『わかり やすくて いい。』


 たった一人の男。つまり、そいつがプリだ。


「よし。ぷりの いる ちてん(地点)に せんりょくの たいはんを とうにゅう。のこりは ようどうだ。」


 戦力の逐次投入などという、愚を犯すファレグではない。敵が分散しているなら尚更だ。固まる前に主力を潰してしまえば、総崩れになってくれる可能性もある。ここが天王山だと、ファレグは定めた。


「さて、ぼくが もてば いいが……。」


 ウルスラグナの分身を制御するのは、相当に精神力を消耗する。残り七体の分身で、一気に勝負を着けるつもりなのだ。


 ファレグは、城の中央、光り輝く、クリスタルの壁面で構成された部屋に置いてある、ベッドに身を横たえ、目を瞑った。




 シダ植物の森を抜けて、プリ様と昴は、少し開けた場所に出た。


「むっ。すばゆ、およすの。」


 言うが早いか、プリ様は、昴の腕から飛び降りた。


「どうしたんですか? プリ様ぁ。」

「てきが いゆの。」


 プリ様の指差す前方から、下半身が駱駝になった女が、土煙を上げて、突進して来た。


「私は戦場を不毛の砂漠へと化す駱駝。ウルスラグナ。」


 突っ込んで来る。と、身構えたプリ様の目算は、完全に外れた。駱駝のウルスラグナが、大地を前足で叩きつけると、辺り一面は、砂漠となった。


「な、ながされゆの。」


 ただの砂漠ではない。プリ様と昴の足元を掬う流砂の海。


「プ、プリ様ー。」

「すばゆー。」


 駱駝のウルスラグナが、冷徹な視線を向ける中、プリ様達は、流砂に飲み込まれていった。




 プリ様達が、砂に呑まれた、その同時刻、リリスは、目の前にプリ様の愛らしいお姿を見付けて、歓喜していた。


「プリちゃん、どうしたの?」


 周りを見渡したが、昴は居ないようだ。


「昴ちゃん、見付からないの?」


 リリスが聞くと、プリ様は曖昧に頷いた。


『なんだか様子がおかしいわ。元気が無いみたい……。』


 愛する者の直感か。リリスは、このプリ様が、本物ではないと、即座に看破した。


「貴女は誰?」


 見破られたと悟った偽のプリ様は、その形を変えた。そこには、十五歳くらいの美しい少女が立っていた。


「私は戦場を彩る美しき少女。ウルスラグナ。」

「ウルスラグナ? さっき、プリちゃんと戦った神器……。」


 見つめ合っていると、少女のウルスラグナの形が、また変わって来た。


『あれは……私……?」


 リリスと、リリスは、互いに睨み合い、対峙した。




 そして、此処、和臣と紅葉の前には、四人のウルスラグナが、立ちはだかっていた。


「私は戦場を貫く鋭い牙の猪。ウルスラグナ。」

「私は戦場の贄となる純白の羊。ウルスラグナ。」

「私は戦場に突撃する凶暴なる山羊。ウルスラグナ。」

「私は戦場を血で染める黄金の刀を携えた人型。ウルスラグナ。」


 先程、結構手こずったウルスラグナが四体。二人は、直ちに、アシナの魔法の杖と、テナのロッドを構えた。


「一人頭二匹ね。何とかなるわ。」


 そう、紅葉が言った瞬間、彼女の身体は、後ろから、急降下で近付いて来た大鳳のウルスラグナによって、空高く持ち上げられた。


「私は戦場を舞い飛ぶ大鳳。ウルスラグナ。」

「くそ、離しなさい。和臣ー。」


 紅葉が連れ去られると同時に、羊のウルスラグナが、和臣目掛けて突っ込んで来た。


「ゴーフォ・ク・オーノ!」


 和臣は、初手で大技を放った。出し惜しみしている場合ではない。一人で四人相手にしなければならなくなったのだ。

 だが、羊のウルスラグナは、原初の炎に身体を焼かれながらも、歩みを止めず、接近して来た。


「私は攻撃の手段を持たぬが、如何なる攻撃も受け付けない。私は純白の羊のウルスラグナ。」


 攻撃の手段を持たない? なら、何をする気だ?

 疑問に思った和臣の頭に、彼女の名乗りの言葉が浮かんだ。


 戦場の贄となる純白の羊……。


 やばい! と、思った時は、もう、遅かった。羊のウルスラグナの身体が爆発した。咄嗟に魔法障壁を張ったが、命を賭した唯一の自爆技は、それ故に強力無比で、障壁など、何の役にも立たなかった。


「和臣っー!!」


 和臣は血塗れになり、崩れ落ちる様に倒れた。


「あんた達、絶対許さない!」


 叫ぶ紅葉を、大鳳のウルスラグナは、残り三体のウルスラグナの只中に放り込んだ。

 足元に障壁を作りながら、地面に軟着陸した紅葉。間髪入れずに、山羊のウルスラグナが、頭突きをして来た。


 吹き飛ばされる紅葉を、今度は背後から、猪のウルスラグナが襲った。障壁は張っていたが、衝撃が半端ではなかった。


 よろめいた紅葉を、再び、山羊のウルスラグナが攻撃する。二体の凄まじい挟撃に、紅葉も膝を折って倒れた。その紅葉に、トドメとばかりに、人型のウルスラグナが、刀を振りかざして、突進して来た。


『ああっ、ここまでか。ごめん。プリ、昴、リリス。最後まで付き合えなくて、でも、今世でも和臣(イサキオス)と一緒に死ねるなら、それはそれで良いかな……。』


 死の一撃を加えようと迫って来る、人型のウルスラグナを見ていた紅葉の視界が、和臣の大きな背中に遮られた。


 シャーッと、血の吹き出す音がした。肩口から袈裟斬りにされた和臣は、それでも紅葉を庇う様に、クルリと振り向き、地面にへたり込んでいる彼女を抱き締めた。


 その背中に、猪と山羊のウルスラグナが体当たりし、人型のウルスラグナは背中に斬り付けたが、和臣は頑として動かず、紅葉を攻撃から守った。


「やめてよ。もう、庇わないで。なんで、なんで……。」

「なんでって……。約束しただろう? お前を守るって。世界中が敵になっても、お前の味方をするって……。」


 ベチャッと、血だらけの掌で、安心させる様に、和臣は紅葉の頰を撫でた。彼の血が冷たくなっているのを感じた時、紅葉の瞳から、涙が溢れた。


「死なないで! 死なないでぇ!! 和臣ー。」


 だが、凶暴化した三体のウルスラグナは、無情にも、最後の一撃を加えようと、各々の腕を振り上げた。




「やめろ! なにを している?!」


 お城のベッドの上で、汗だくになって昏睡していたファレグが、意識を取り戻して、叫んだ。制御の重圧から、いつのまにか、気を失っていたらしい。


 それが、ウルスラグナ達の激しい殺気を感じて、慌てて飛び起きた。

 いくら、敵とは言え、殺すつもりは毛頭無かった。


「もう、いい。かえってくるんだ。」


 ファレグは、残りのウルスラグナ六体に、命じた。彼女としては、羊のウルスラグナが自爆した時点で、呼び戻すつもりだったのだ。


 殺してしまっただろうか?


 感覚を共有していた、ウルスラグナから感じた、生々しい暴力の手応えに、ファレグは、怖気をふるって、立ち竦んでいた。




 何故か、攻撃半ばにして撤退したウルスラグナの動向を、訝しく思いながらも、プリ様と昴、そしてリリスは、紅葉が和臣を呼ぶ叫び声に導かれて、二人の居る場所に辿り着いた。


 そこで、プリ様が見たもの。それは、血溜まりの中に座って、和臣を膝枕する紅葉だった。


「和臣ぃぃぃ。死なせない。絶対に死なせないよ。」

「待って、紅葉ちゃん。貴女も、そうとう、傷付いているじゃない。そんな身体で、ヒーリングなんて……。」


 ヒーリングは、体力の消耗は、さほどでもないが、霊力をごっそり持っていかれる。健康体なら、いざ知らず、今の紅葉の様に、息も絶え絶えの様子だと、ヒーリングの使用は、彼女自身の身も危うくするのだ。


「うるさい。助けると言ったら助けるの! だって……。」


 止めるリリスに、紅葉は食ってかかった。


「だって、和臣が居なかったら、私、この世界の何処にも居場所なんてないもん……。」


 傍若無人の紅葉が、ポロポロと涙を零して訴える様子に、プリ様は、心を抉られる思いであった。


「和臣、アンタが死ぬなら、私も一緒。息を吹き返すなら、それも一緒。一緒じゃなきゃダメなんだよ?」


 紅葉は、紫色になっている和臣の唇に、自分の唇を合わせた。彼女の涙が、止め処なく和臣の顔に流れ落ちていた。


 そのまま、二人は眩い光に包まれた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ