灰色に曇った空
「ええーん。ぷり様ぁ。紅葉さんったら、酷いんですよ。」
異世界中央にある、お城を目指して歩く道々、昴は、先程までの紅葉の悪逆非道ぶりを、プリ様に訴えていた。
「なに されたの?」
「危うく、未遂でした。 でも、きっと、エッチで、いやらしい事を、いっぱいするつもりだったんですよ。お尻とか、胸とか、触ったり。」
十七歳のナイスバディになっていても、所詮は十歳女児の発想である。
「こら、もみじ。だめでちゅよ。」
「はっ、はいぃぃぃ。」
プリ様に一喝されて、恐縮する紅葉。
『うううっ。情け無い。幼女に叱られて、反論も出来ないなんて……。』
前世からの習性で、プリ様に本気で怒られると、縮こまってしまうのだ。まあ、この場合、完璧に紅葉が悪なので、反論の余地など、元々無いのだが。
プリ様に、ヘコヘコと頭を下げる紅葉を、昴は、溜飲を下げた、という感じで見ていた。
『くそ、あの女。男の陰(プリ様は幼女です)に隠れて、男の力(プリ様は幼女です)で、優位に立とうなんて……。女の嫌な部分を凝縮した様な性格だわ。』
思えば、前世でもそうであった。アイラに虐められると、エロイーズは、すぐに、トールに言いつけて、叱られている姿を、彼の背後に隠れながら、見ていたのだ。
もっとも、現世では、十歳女児が、三歳幼女に「虐められた。」と、訴えているわけなので、それも、どうかと思われる。
『むっ、待てよ。前世だと、この後は……。』
トールは、最終的に、アイラからエロイーズへ謝罪させ、エロイーズが得意顔で許す、という屈辱的展開になっていた。
『それだけは避けねば。』
紅葉が思っていたら、ちょうどプリ様が口を開いた。
「さあ、もみじ。すばゆに……。」
謝って、と言うより先に「あっ、なんか、あそこに怪しい奴が居る。」と叫んで、紅葉は駆け出した。
「あんたら、先に行ってなさい。私も、後から追うから。」
そう、言い残して、シダ植物の森の中に消えて行った。
『紅葉さん、逃げましたね……。』
昴は、紅葉の背中をジトッと見ていたが、まあ良いか、と気を取り直した。なぜなら……。
「プリ様! やっと、二人切りになれましたね。」
昴は、正面から、ヒシと、プリ様に抱き付いた。
「プリ様。プリ様ぁ。寂しかったんですぅ。プリ様と離れ離れになって、身を切られるほど、辛かったんですぅ。」
恐らく、一時間も離れてはいないのに、十年ぶりにあったかの如きの、大騒ぎだ。
「プリ様ー。もう、昴を離しちゃ嫌ですよ。ああっ、柔らかなプリ様の小ちゃなお身体。プリ様、プリ様ぁぁぁ。」
昴は、いつもの調子で抱き付いているだけだが、身体はエロイーズの豊満ボディなのだ。その胸の谷間に、顔を埋められたプリ様は、至福の表情で、窒息しかかっていた。
「ぷはっ。す、すばゆ、やめゆの。おぼれ ちゃうの。」
「溺れましょう、プリ様。二人で、愛という名の大海で。」
もう、なんだか、意味不明である。二人は、暫く、そうやって、イチャついていた。
一方、此方は城の中のファレグ。彼女は、まず「プリ」を、いの一番に潰すべきだ、と考えていた。
『じゃまが はいる のは、おもしろく ないな……。』
プリの仲間は三人(クラウドフォートレスに乗り込まなかった昴は、プリ様パーティの戦力にカウントされていません。)と聞いていた。まず、そいつらを、引き付けておかないと……。
幸い、彼等は、個別に行動しているらしいのは、別々の場所に向かわせた、三体のウルスラグナの分身が、ほぼ同時に撃破された事から、推察出来ていた。
「よし。たいほうの うるすらぐな。そらから じょうほうを あつめて きてくれ。」
神器ウルスラグナに、そう言うと、神々しい羽を生やした女が出現し、大空に飛び立って行った。
「あっー、やれやれ。自業自得とはいえ、昴に頭下げて、ドヤ顔されるのは、前世だけで十分だわ。」
全く反省の色が無い紅葉が、独り言を呟きながら歩いていたら、前方に和臣が居るのを発見した。
「和臣〜!」
走り寄って、抱き付こうとしたら、スルッと避けられた。ズッコケて、その場で転ぶ紅葉。
「なんで、避けるのよ。」
「いや、なんか、背後から禍々しい気配を感じたから。」
私は妖怪か。と思いつつ、立ち上がった。
「そんな、冷たくしないでよ。ハートブレイク状態なんだから。」
「どうせ、昴を襲おうとして、プリに、こっ酷く怒られたんだろう。」
お見通しか! 紅葉は舌打ちした。
「そうよ。だから、現在、情熱が治らなくて、身体が火照った状態なの。」
ここで、意味有りげに流し目をした。
「今なら、エッチな事が出来ちゃうかもよ〜。」
ゆったりとしたボーダーのティシャツの襟口を、ちょっと引っ張って、中をチラ見せした。
「貧弱な胸を見せても無駄だぞ。」
言いながらも、やはり、思春期。気になって、視線を泳がせる和臣。しかし、首をプルプルと振って、態勢を持ち直した。
『危ない。危ない。一時の劣情に流されて、一生、ATMの生活なんて、ゴメンだからな。』
和臣は身震いした。
「ほらほら、和臣〜。クラスの男の子全員が見たがっている、私の胸チラだぞ。君だけだぞ。こんな良いものが見られるのは。」
「なに発情してるんだ。大体、お前は、男には興味ないだろ。」
クラスの男子諸君、ご愁傷様です。と、和臣は心の中で、手を合わせた。
和臣がのって来ないので、ちぇっと、紅葉は胸をしまった。
「あーあ。アンタも、プリみたいに、女の子に生まれてくれば、良かったのに。」
「いや、想像すると、ちょっと、気持ち悪いんだが……。勘弁してくれ。」
「そう? 私、前世から、ずっと思っていたよ。和臣が女の子だったら、何も悩まなくて済んだのにって。」
何言っているんだ、こいつ? 和臣は、紅葉を凝視した。
「だ、だから。女の子同士なら、何の障害も無く、恋人関係になれるでしょ。」
「うん。意味が分からん。」
「分っかんないかな〜?」
紅葉は、もどかしげに、頭を掻いた。
「一緒に居て安心出来て、全然、気を遣わなくて良くて、いつも私の事を一番に考えてくれて……。そんなの、アンタしか居ないじゃん。」
「まあ、俺も、お前と居ると、気は楽かな。兄妹みたいだし……。」
「アンタの妹は渚ちゃんでしょ。そうじゃなくて……。」
この鈍チンめ〜。
紅葉にしてみても、自分が、そうとう恥ずかしい事を、口走っている自覚はあった。だが、和臣の鈍感さに対する苛立ちに、後押しされるみたいに、もう、勢いが止まらなかった。
「私が、エッチな事をしたいのは、女の子の身体にたいしてなの。でも、何故だか、ずっと寄り添いたいと思うのは、アンタの心なのよ。」
言ってしまった。と、思うと、恥ずかしさに顔が爆発しそうなほど、紅潮して来るのが分かった。
それなのに、和臣は「ううん? やっぱり、良く分からん。」という風情で、顔を顰めていた。
「うん……、だから……。うん、俺も、お前とは、一生友達でいたいよ?」
わざとか? わざとなのか?
紅葉は、無意識に、和臣の胸を、ポカポカ叩き始めていた。
「あー、このバカ。このバカ。私の言いたい事も理解出来てないくせに、とりあえず発言するのを止めろー。」
「いいい、痛えな。何すんだ。」
側から見ていると、バカップルが、じゃれ合っているようにしか見えないが、その様子を上空から眺めている者が居た。大鳳のウルスラグナだ。
『三箇所に五人。男は、あの者だけか……。』
彼女は、それを確認すると、城に戻る為、翼を広げた。
その頃のプリ様。
どうしても、昴が、プリ様から離れようとしないので、体重を軽くして、昴の胸元に抱きかかえられて、移動していた。
「うふふふ。プリ様、赤ちゃんに戻ったみたいですね。可愛いでちゅよ。プリ様〜。」
そんな戯言を言いながら、キスをして来る昴。辟易しながら、異世界の灰色に曇った空を見上げるプリ様の目の端に、空を行く翼の先端が映った。
『なにかが、そらを とんでゆの……。』
厭な予感が、プリ様の胸中に影を落とした。
惨劇の幕が、切って落とされようとしていた。