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黄金に輝く神器、天沼矛

 パニック状態というものを、端的に表現するとしたら、今の昴を指差せば足りるであろう。


 元々、プリ様と離れ離れになって、混乱しているところに、敵襲である。頼みの紅葉は、一発でウルスラグナに、KOされる体たらく。その、強敵の視線が、自分に向けられているのである。気弱で、怖がりの昴には、耐え切れない恐怖であった。


「プ、プ、プ、プリ様ぁぁぁ。プリ様、プリ様。プーリーさーまー。」


 ウルスラグナは、そんな昴を暫く眺めていたが、彼女に戦闘の意思がないのを確認すると、興味を失ったみたいに、目を逸らした。そして、踵を返したのだが……。


「待ちなよ。やられっぱなしは、性に合わないのよね。」


 起き上がりざま、紅葉が挑発的発言をした。


『ひぃぃぃ。せっかく、ウルさん、帰りかけていたのにぃぃぃ。なんで、なんで、呼び戻しちゃうんですかぁぁぁ。』


 戦う。という回路が、全く脳内に備わっていない昴には、紅葉の言動は、理解の外であった。


 ウルスラグナの美しい顔に、フッと微笑みが浮かび、また、姿が消えた。


「二度も、同じ手を喰らうかっていうの!」


 テナブレスレットをロッドに変えた紅葉は、自分を中心に、蜘蛛の巣状に、氷を張り巡らせた。

 突っ込んで来たウルスラグナは、自ら罠に飛び込むかたちになって、足元を凍りつかされた。彼女は、紅葉の手前、三メートルくらいの地点で、立ち往生していた。


「ふふん。銀座線の蜘蛛女の攻撃に、ヒントを得た技よ。動けないでしょ?」

「ももも、紅葉さーん。わた、私も動けないですぅ。プリ様ー。」


 凍りつかされた事に驚きながらも、ぶれずに、プリ様から引き離されたパニック状態も維持する昴。

 それを、半ば、感心して見ていた紅葉の耳に、ピキッという、氷の割れる鋭い音が入った。


「この程度の氷で、私を止められると思ったか?」


 ウッソでしょー。紅葉は、心中で、叫んでいた。自分が完璧に固めた氷を、砕ける者が居るとは、思わなかったのだ。


 再び、ウルスラグナの身体が、紅葉に向かって、突進して来た。




 一角鬼と対峙したリリスは、用心深く、間合いを測っていた。

 賢者の石によって得た怪力。その力をもってすれば、今まで、持つことすら出来なかった天沼矛が、使えるかもしれない。


 それに気付いたのは、ついさっき、オクに命の水の効用を、教えてもらってからだ。ぶっつけ本番と言ってよかった。


「どうしました? お姉様。お仕置きして下さるのでは、なかったのですか?」


 薄笑いを浮かべながら、一角鬼は、ジリジリと詰めて来た。


『あの細い腕で、あんな重そうな矛が、振り回せるものか。』


 彼は、天沼矛を、こけおどしだと思っていた。


「来ないなら、こっちから行くぞ!」


 胴間声を上げて、一角鬼は、七支宝剣を構えた。そして、また、七本の枝から、霊力粉砕波が発せられた。その光がリリスに迫る。


「ゴ、ゴールデンウォール!!」


 リリスは、二メートルはある矛を、身体の前面で回転させた。黄金製の柄は、金色の盾となり、霊力粉砕波を弾き飛ばした。


『前世と同じ戦い方が出来る……。』


 超重量の武器を、自在に振り回すのは、正しくクレオ・ラ・フィーロの戦い方だ。リリスの口の端に、思わず笑みが浮かんだ。


「ふっふふふ。」

「くそ。何がおかしい。」

「取り戻したのよ。やっと、自分の戦い方を……。」


 これなら、前世の人生で培った経験、ノウハウが全部活かせる。


「ぬかせ。もう一度、霊力粉砕波を喰らって、沈めぇぇぇ!」


 再び、七支宝剣の枝が光った。だが、今度は、リリスの方から、矛を構えて、突っ込んで来た。天沼矛の刃が光る。


「うおおおおお?!」


 一角鬼が、驚愕の声を上げた。目にも止まらぬ速さで撃ち出された、天沼矛の刃が、七支宝剣の枝を、全て切り取ったのだ。


 リリスは、間髪入れず、天沼矛を使って、棒高跳びの要領で、飛び上がった。そして、頭上から一角鬼の角を切断し、地面に降りるや、否や、柄を払って、一角鬼の腹を叩いた。

 その一撃の重い事、痛い事。堪らず、彼は膝をついた。


「あらあら。立てるかしら? 英明さん。」

「ばっかはなすぃ……。」


 馬鹿にするな。と、言おうとしたのに、言葉が口から出て来なかった。立とうとしても、膝が折れて、立てなかった。次第に気持ち悪さが募って来て、その場で、胃液と血液を吐き散らした。


 動けない……。()られる?


 一角鬼(ひであき)の背筋を、冷たいものが走った。


「立てないのなら、もう、大人しくしてて。」


 矛を持ったリリスが近付いて来た。


「ひぃぃぃ。く、くるなはぁ。」

「そんなに怯えないで……。」


 リリスは、芯から、寂しそうに言った。それから、矛を地面に置き、一角鬼を、ソッと抱き締めた。


「ここで、大人しくしていて。お姉ちゃん、きっと、貴方を助けるから。」


 意外なリリスの言動に、毒気を抜かれていた一角鬼は、ハッと我に返った。


「ば、馬鹿にするはぁ。お前なんぞにぃぃぃ。」

「うん。ごめんね、英明。七年間、辛い想いをさせたんだね。」


 七年間。自分だけが、地獄を見て来たと、思っていた。傷付けてしまった弟、義父の苦悩、そんなものに、想いを巡らせる余裕もなかったのだ。


「りりす。そいつ、やっつけないの?」


 プリ様は、黄金の角を立てて、体当たりして来たウルスラグナの、その角を掴んで、押し止めながら、リリスに話しかけた。


「ええ。やっぱり、弟を、手にかけるなんて、出来ない。プリちゃんが、異世界化を解除してくれるまで、此処で大人しくしていてもらうわ。」


 菩薩の様なリリスの微笑みに、プリ様も、一瞬フッと、笑みを返した。そして、キッと、ウルスラグナの方に向き直った。


「うりゃあああ、なの。」


 メギンギョルズを締めて、向こう倍力になっているプリ様は、力押しして来るウルスラグナに押し勝って、彼女を投げ飛ばした。

 しかし、敵もさるもの、すぐに起き上がって、また突っ込んで来た。


「さて、私もプリちゃんを手伝わなくちゃ。」


 矛を持って、立ち上がったリリスの足首を、一角鬼が、弱々しく掴んだ。


「殺せぇ……。今、殺しておかないと、後悔するぞ。俺は、絶対に、お前を許さない……。」

「……、家畜にするの? お姉ちゃんを。それで、どうするの? 毎日、虐めて暮らすの?」

「そうだ。地獄を見せてやる。俺が味わった……。」


 ああ、この子も、地獄は自分だけが見た、と思っているんだ。


「私と同じね。」

「何がだぁ。」


 リリスは、再び腰を下ろし、一角鬼の頬を、両手でさすった。


「いいよ。じゃあ、無事に戻れたら、また喧嘩しよう。」


 そのリリスの台詞に、この異世界からの脱出が、容易ではないのだ。と、一角鬼(ひであき)は悟った。

 それにも関わらず、厄介者である自分を庇おうとしている……。


 もう、投げ付ける言葉も無く、一角鬼(ひであき)は、リリス()の背中を見詰めた。




「どぉりゃあああ、なの!」


 リリスと一角鬼(ひであき)が話している間、プリ様は、ウルスラグナと激闘を交わしていた。突進して来るウルスラグナの頭目掛けて、ミョルニルを叩き付けるプリ様。


 十分に自重を増していたのに、突進のエネルギーが強く、プリ様は弾き飛ばされた。その隙を逃さず、トドメとばかりに、ウルスラグナが突っ込んで来た。


「まーけーるーもんかー! なの。」


 プリ様は吠え、ジャンプしながら振りかぶって、地面にめり込め、とばかりに、ウルスラグナの頭部に、ミョルニルを振り下ろした。

 さすがの金牛ウルスラグナも、その攻撃には耐えきれず、ヒュッと、煙の様に消えてしまった。


「あらあら。私、出番無かったわね。」


 駆けつけて来たリリスに、プリ様はニッと笑って、サムズアップをした。


「りりすぅ、その やり どしたの?」


 プリ様は、不思議そうに、天沼矛を見た。異世界に入る時には、持っていなかった筈だ。


「これは矛よ。プリちゃんのミョルニルと同じ神器なの。だから、必要な時は、来てくれるのよ。」


 プリ様は、リリスの持つ、矛を見上げた。

 黄金に輝く神器、天沼矛。それは、どんな苦難にも、立ち向かっていこうとする、リリスの心の輝きであった。









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