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黄金の牛の角を生やした女

『とんでもない事に気付いてしまったわ。』


 皆とはぐれたリリスは、ハタと考え込んでしまった。


 使える武器が、何も無いのだ。前は賢者の石で作り出していたが、今の石は、勝手が違うらしく、思うように作り出せない。

 玲は、鉄串だの石飛礫だのを作りだしていたので、相性の様なものがあるのだろう。


『命の水で、前より強力な力は出せるけど……。』


 ちょっとやばいかな。と、思っていると、正に泣きっ面に蜂、生い茂るシダを掻き分けて、魔物の姿が見えて来た。脳天から大きな角を生やした、人型の妖怪だ。


『意外ね。強そう……。』


 リリスは、英明に対して、大変失礼な感想を抱いていた。

 異世界で、人と入れ替わる魔物は、その人間の能力や性格が反映される。強い人間なら、強い魔物になるのだ。


 やがて、互いに全身が見える位置まで接近した時、リリスには、何故、英明が強い魔物になったのか、合点がいった。その一角鬼(いっかくき)の右手は、肘から下が、七支宝剣になっていたのだ。


『七支宝剣の力が加味されて、強い魔物になったのね。これは、マズイかも……。』


 本当は、武器は無くはない。千年様を倒した時に、授けられた神器があった。しかし、それこそ使いこなすのが、至難の技とも言える武器なのだ。まずもって、以前のリリスの筋力では、持つことも出来なかった。


「あっーははははは。」


 考え込んでいると、目の前の一角鬼が笑い出した。


「あらあら。何がおかしいのかしら?」

「俺はついている。この強大な力を得て、貴女と(まみ)える事が出来たのですからね。お姉様。」


 英明の意識が残っている?!

 なるほど、腐っても御三家当主の血筋。恐らく、次元の狭間を漂う不確定な存在になっても、意識だけを飛ばして、一角鬼の身体を操っているのだ。

 モニターの中のゲームキャラクターを、コントローラーで動かすみたいに。


「手加減はしませんよ。貴女も昔、私に手加減などしませんでしたよね?」


 七支宝剣は、正確に、リリスの足を狙って振り下ろされた。その速さたるや、並みの人間なら、今の一撃で、足を切断されていた筈だ。

 しかし、リリスは辛うじて避けた。


「惨めか? 悔しいか? 人権を剥奪されて、明日からは俺の家畜の身分だ。まず、その足を潰してやろうと、思っていたんだ。」


 あっ。この子、聴聞委員会の結果を、知らないんだ。

 一角鬼の猛攻を凌ぎながら、リリスは、妙に冷静に、そんな事を考えていた。


「思い知れ! 思い知れ! 俺が、この七年、どんな思いで生きて来たか。」


 七支宝剣の七つの枝が光り、レーザーが走った。リリスは、咄嗟に飛び上がったが、脇腹を光が掠めた。


「あっ、あああああ!」


 物凄い衝撃が、身体を走り、思わず声を上げた。


『これが七支宝剣。霊力粉砕波……。』


 浴びた者は、生体エネルギーを、刮ぎ取られるという光だ。

 その威力に、リリスは驚愕した。


「この間も、馬鹿にしたな。縛られてても、俺など相手ではないと。」


 再び、七支宝剣が光った。咄嗟に、魔法障壁を張るリリス。だが、光は、スルリと障壁を突き抜けて、彼女の全身を貫いた。


「あああああ!」

「うわっははは。良い声です、お姉様。可愛い調べです。もっと、聞かせて下さい。もっと。」


 一角鬼は、動けなくなったリリスの傍らに立ち、おもむろに、彼女の右足に宝剣を突き立てた。その瞬間の、霊体ごと刺し通された痛みは、想像を絶していた。


 リリスの、声にならない、悲鳴が上がった。




 皆んなを捜そうと、メギンギョルズの羽で、空に飛び上がったプリ様は、その地獄耳で、リリスの叫びを聞き取った。

 声のした場所に、急降下するプリ様。


「!」


 そのプリ様の目が、黄金の牛の角を生やした女の姿を捉えた。どう見ても只者ではない。

 すでに、何者かと交戦中のリリスの元に、更なる敵が向かっていた。


『まずいの!』


 プリ様は、落下速度を加速させた。




 右足に突き刺さっている、七支宝剣を、グリグリと回されて、あまりの痛さに、リリスは涙を零した。


「もう、足は使い物にならないな。俺と同じだ。」


 一角鬼は、満足気に、呟いた。そして、宝剣を引き抜き、リリスのブラウスの襟を掴んで、強制的に立たせた。


「明日からは、俺を『英明様』と呼べ。お前の飼い主なんだからな。」

「…………。明日なんてないのよ、英明さん。」

「なにぃ……?」

「明日なんてないの。この異世界が固定化されてしまえば、貴方の存在は、なかった事になる……。」

「嘘を吐くな! 俺は異世界に来て、能力(ちから)を手にいれた。このまま、外に出て、美柱庵……、いや、御三家最強の男として君臨するのだ。そうすれば……。」


 紅葉も見直す。と、言いかけて、口を噤んだ。


「りりすぅぅぅ!」


 その時、プリ様が、上空から降って来た。すでにミョルニルを手にしている。


 振り下ろされたハンマーを防ぐ為、一角鬼は、リリスを離し、七支宝剣で受けた。

 ミョルニルと七支宝剣の接触で、凄まじいエネルギーの反発が起こり、その場が、一瞬、光り輝いた。


「生意気な神王院のガキめ。貴様も、会った時から、気に食わなかったんだ。」


 七支宝剣の枝から、再びレーザーが発射された。


「きゃあああ。プリちゃん。」


 プリ様の後ろで、尻餅をついていたリリスには、プリ様が、まともに、霊力粉砕波を喰らったように見えた。

 しかし、プリ様は、咄嗟に、自分の前面に、グラビティウォールを展開していた。霊力粉砕波といえども、超重力の引きには抗し切れず、全てが吸い込まれていった。


「りりす、だいじょぶ?」


 攻撃を凌いだプリ様は、チラッと、リリスの方を振り返った。果たして、その瞳に映ったものは、再起不能にされた、リリスの右足だった。


「ひどいの……。」

「ああん? なんだ、ガキ。逆らうなら、お前も同じ目に合わせてやるぞ。」

「ひどすぎゆのー!」


 ミョルニルがオーラを纏い、青白い光を発しながら、突いて来た七支宝剣を薙ぎ払った。


『やばい!』と、思う間もないほど、間髪入れずに、ハンマーは、一角鬼の腹部に、吸い込まれるが如く、迫って行った。

 当たれば、確実にトドメの一撃だった。そう、当たれば……。


 突然、裸子植物の林の中から、先程の黄金の牛の角を頭に戴く女が、プリ様に向かって、突っ込んで来たのだ。


 プリ様は、腰を引き、ハンマーを振った反動を利用して、後ろに跳び退いた。


「なにもの なの?」

「私は戦場を踏み躙る大いなる牛。ウルスラグナ。」


 プリ様の質問に、女は、抑揚のない声で、答えた。


「うるすらぐな? ななだいてんし なの?」

「違う。私は神器。ウルスラグナ。」


 唐突に出現した女に面食らっていた一角鬼は、味方が来たと思って、相好を崩した。


「おい。お前は、ガキを()れ。俺は、天莉凜翠を……。」


 言いかけた彼の身体を、ウルスラグナは、二本の黄金の角を使って、天高く弾き飛ばした。地面に落ちて来た一角鬼を、更に、踏み付けて蹴った。


「命令を出すのは、私だ。間違えるな。」


 手も足も出ず、ボコボコにされた一角鬼は、悔しそうに顔を歪めつつも「はい。」と、頷いた。


「ふん! ふたり いっしょ でいいの。あいて したげゆの。」


 プリ様の、挑発的言動は、負傷したリリスの方に、敵を向かわせない為のものだった。


 その、プリ様の、小さな背中を見て、リリスは溜息を吐いた。


『ああ……。やっぱり、貴女はトールなんだね。あの気高い魂を持った勇者。』


 リリスは、立ち上がり、プリ様の肩に手を置いた。


「あらあら。そんなに、気を使ってもらわなくて結構よ。英明さんの相手は、私がするわ。」


 リリスの目が、一角鬼を睨んだ。


「お姉ちゃんとしてね……。」


 睨まれた一角鬼は、少し、たじろいだが、すぐに、大声で笑った。


「馬鹿め。その足で、何が出来……る……。」


 言いながら、気が付いた。あの足の状態なら、立つ事さえ能わない筈だ。


「足なら、心配は要らないわ。体内に、命の水が循環しているから、もう全快よ。」


 リリスの得た、新しい力。それは、彼女の細い身体からは、信じられないくらい、タフなボディであった。


「さあ、英明さん。お姉ちゃんが、お仕置きと、お説教をしてあげるわ。」


 リリスの手の中に、巨大な神器が、現れ始めていた。それは、この国を作った時に使われたという「天沼矛」であった。













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