新橋駅は地獄の一丁目だ!
ピィー、洞窟内に鋭い口笛の音が響き渡った。プリ様だ。暫く待つと、彼女の足元に稲妻ネズミ達が駆け寄って来た。
「チュッチューチュッチュチュチュ。チーチュチュッチュー。チュチュッチュチュッ。」
「この先に罠がありますぜ。踏むと槍衾だ。あっしらの後をついて来ておくんなせえ。」
魔族ネズミ語を昴が解読し、プリ様に伝えた。プリ様は頷いて、ネズミ達に先導させた。無事に罠を通り過ぎると、昴に袋から金貨を一枚出させた。銀座のボスを倒して現れた宝箱に入っていた物だ。
「おにぎい!」
プリ様が叫んだら、金貨は山程のオニギリになった。持ち主の欲しい物に直接変わるらしい。貨幣のクセに流通経済を無視するという大胆なアイテムであった。
「チューチュチュチュ、チュッチュ。チュチュチューチッチッチュー。」
「ゴチになります、姐御。あっしらはまたひとっ走り先行して来やす。」
ネズミ達は再び暗闇に消えて行った。
銀座駅を出発する前に、構内を綿密に調べた結果、改札口などのある上階へは行けないという事がわかった。つまり、このダンジョンは線路やホームのある空間の一階層しかないのだ。
「助かったな。これで何階層もあったら、時間がどれだけかかるかわからなかったぞ。」
和臣が呟き、紅葉と昴も首を縦に振って同意を示した。だが、プリ様だけは頬を膨らませていた。
「何が気に食わないのさ、プリ。」
「たったひとつなんて、つまやないの。こういゃくしがいがないの。」
「あっー。お前、そういうとこ本当にトールだね。」
紅葉は妙な感心をしてしまった。トールもそうだった。冒険が何より好きで、階層の深いダンジョンにこそ行きたがった。
しかし、無謀ではなかった。行くと決めたら、綿密に調査をし、慎重に歩を進めた。今もそうだ。出発に際して、稲妻ネズミ達に道を調べさせ、安全なルートを辿っていた。
前を歩いているプリ様と昴の背中を見ながら、和臣は溜息を吐いていた。
「何かさ、俺等役立たずになりつつないか?」
「そう? 前世でもこんな感じだったじゃん。」
紅葉はニール君のケージを持って歩いていた。クレオとわかってからは、自分がニール君を守るという使命感に目覚めたみたいだ。
「前世はなぁ。トールも歳上だし、そりゃ頼ってた部分もあったけど……。」
その時、プリ様が振り返った。
「つかえた。かずおみ、おんぶ。」
背負ってやると「すすめー。」と手を振った。軍配でも持っているつもりらしい。「役に立って良かったじゃん。」と、隣で紅葉が笑いながら言った。
「ぷいぷいきゅーてぃ、まじょっこなの♪」
「プリプリキューティ、魔法の言葉で変身だ♪」
背負われてご機嫌のプリ様はプリプリキューティの歌を歌い出した。昴も一緒になって、顔を見合わせ、笑いながら歌っている。
太平楽なものだな、と和臣は思っていたが「かずおみ、あしもとあぶないの。」といきなり注意が飛んだ。良く見ると、確かに石の陰に穴があって、嵌れば転んでいただろう。「もみじ、あたま。」などと危険箇所は事前に示唆している。
もしかして、高い位置から全体を見回す為に俺に負ぶわれたのか。
と思ったが、昴とはしゃぎながら再度歌い始めたのを見て、それはないか、と頭を振った。
「ほ、ほ、ほとけのごかご。そういょのほういき、ぷいぷいきゅーてぃ♪」
歌が変わったな、と和臣は思った。だが、難解なプリ様語なので意味が良くわからない。
「ほ、ほ、仏の御加護。僧侶の法力、プリプリキューティ♪」
輪唱するように昴が同じ箇所を歌ってくれたので理解出来た。なるほどね、仏の御加護、僧侶の法力……、何じゃそりゃ。
「あんた、それ僧侶プリプリキューティの歌じゃん! 好きなの?」
突然、紅葉が大声を出した。おかげで、昴などは怯えて身を縮めている。
「そ、僧侶プリプリキューティはプリ様一番のお気に入りで……。」
「はいぃぃ? 僧侶が一番好きぃ?」
「ご、ごめんなさい。いぢめないでぇ。」
「おい、昴が怯え切っているだろ。」
和臣が窘めたが、紅葉は納得いかんという様子で、今度は彼に食って掛かった。
「だって僧侶よ。私、あれの一回目を見て、あまりのつまらなさにプリプリキューティシリーズを卒業したのよ。いわば、強制卒業よ。」
僧侶プリプリキューティはシリーズの第四作目だ。マンネリ化して来ている状況を打破する為に、新しい試みを詰め込んだ意欲作……なのだが、試み過ぎてちょっと変になってしまったのだ。
「つまやなくないよ。さいしゅうかい、かんどうなの。」
「最終回って、主人公が負けて、土に埋められて死んだって聞いたわよ。」
「ちがうの。ごじゅうよくおくななせんまんねんごに、みよくふぉーむとなってかえってきたの。かったの。」
「五十六億七千万年後って、もはや地球すら存在してないじゃん。弥勒もくそもないわ。」
「もみじ、ばかなの。ぶっしつせかいじゃないの。かんねんてき、せいしんてきじつざいのはなしなの。」
観念的? 精神的実在? 何で、こいつがそんな難しい言葉を知っているんだ。普段語彙が少なくて、昴にフォローしてもらっているくせに。紅葉は訝しげに目を細めた。
「最後にそんなナレーションが入るんです。物質世界は消えたが、観念的世界で精神的実在となった僧侶プリプリキューティと、彼女達に救われた衆生は永劫の安寧を得た。っていう台詞が。プリ様はもう何回も見ているので、すっかり覚えてしまって……。」
「結局それって負けたんじゃん。負けて天国で幸せになったって言い訳しているんでしょ。」
紅葉がまた大声を出したので、昴は怯えてプリ様の後ろに隠れた。
「もみじ、ほんとう、ばかなの。さとりのきょうちなの。いしきはじかんをちょうえつするの。」
「つまり、意識というものは情報と同じなので光速度不変の適用を受けない、と仰せです。」
プリ様の後ろから小さな声で昴が補足した。
「それもナレーションであったの?」
「いえ、これは最終回についてプリ様と私がディスカッションして出した結論です。」
可愛くないガキ共だ、と紅葉は思った。評論家じゃあるまいし、そんなに小難しくアニメを見るなよ、とも思った。
「ぷいのうちくる? ぜんわあゆの。みせたげゆよ。」
「結構よ。あんな暗いの全話見たら精神病むわ。」
「確かに最初は取っ付き難いですけど……、プリ様にお付き合いして何度も見ているうちに、何というかこう、癖になるというか……。別に平気ですよ。」
「それ洗脳されてるのよ。ついでに言っとくと、あんた充分精神病んでるから。」
ズケッと言われて、昴は恨めしそうな目で紅葉を見た。
「前世の記憶が戻って、私思い出しちゃいました。何で自分がこんなエッチな服を着ているのか。」
その言葉に、紅葉はギクッとして目を逸らした。
「魔王の城に乗り込む前日『呪いの奴隷装束』っていう戦利品を、酔っ払って面白がって私に着させた人がいたんです……。」
「そ、それね、優れものなのよ。契約の呪縛と連動して、主人以外の人には脱がせられないの。奴隷を他人に傷付けられないようにする為に、攻撃もある程度無効化するし……。」
「物凄い呪いですよね。まさか生まれ変わってもこの装束だなんて思いもしませんでしたよ。」
紅葉は目を逸らしたままだ。さすがに悪いと思っているらしい。
昴は紅葉に対して有効な武器を得た、という文章が和臣の頭に浮かんだ。
その時「チューチュチュチュー。チュッチュッチュチュチュー。」と慌てた様子で稲妻ネズミ達がやって来た。
「大変な事態になってますぜ。新橋駅は地獄の一丁目だ。」
「チュチュッチュチューチュチュ。」
「各駅のボスが新橋に集結中ですぜ。」
その報告には意表を突かれた。駅や列車所属の魔物達は他の場所には移動出来ないと思っていたからだ。しかし、どうやらボスともなると話は別らしい。
ダンジョンのルールは守れよ、と全員が心中で毒づいた。
ところで銀座線には十九の駅がある。銀座駅のボスは倒したが、あのくらいの実力の奴があと十八体は居るという事だ。しかも新橋駅は全線の中程にある。銀座駅から浅草駅までのボスも向かって来ているのなら挟み討ちだ。六倍の戦力(昴とニール君は戦力として換算されてません。)での挟撃、正に必勝の布陣であった。
迫り来る脅威。どうする、プリ様!
自分でデッチ上げておいて何なんですが「僧侶プリプリキューティ」ちょっと見てみたい気がします。
ちなみに必殺技は前期が「ドチューニュージョー・ソクシンブツ」で、後期パワーアップ後が「ハイパーマンダラー・フダラクトカイ」です。