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涙を堪えて唇を噛み締める胡蝶蘭の顔

 紅葉&和臣とは、すぐに落ち合えた。リリスを心配した二人は、議場には入れないまでも、都庁近辺でスタンばっていたのだ。


 二人が、神王院家のストレッチリムジンに乗り込むと、プリ様、昴、胡蝶蘭、そしてリリスが揃っていた。


「異世界化の話より、先ずはリリスよ。どんな判決が出たの?」

「無罪放免。『龍騎士』という称号を()()頂いたわ。」


 リリスの返事に、胡蝶蘭を除く、全員が笑った。


「何が、おかしいの?」

「ああ、コチョちゃんは分からないよね。この子は前世でも、ドラゴンナイト、龍騎士だったの。」


 胡蝶蘭の疑問に、紅葉が答えた。


「もっとも、前世では、ドラゴンナイトは何人もいたんです。ちゃんと市民権も持っていたし……。」


 リリスの言葉に、胡蝶蘭は痛ましげに目を伏せた。


「わたちと、すばゆも、もらったの。くんしょう。」

「異世界化を、食い止めている、褒美だそうで……。」


 プリ様が自慢気に胸を張り、昴は申し訳なさそうに、説明した。


「え〜、いいな〜。」

「止めろ。いじましい。」


 紅葉が物欲しそうな声を出し、和臣に窘められた。


「勿論、貴方達にも、相応の褒賞は出るわよ。安心して。」


 胡蝶蘭は、慌てて、言い添えた。


 その隣で、プリ様は、何やら昴に頼み事をしていた。


ぺねよーぺ(ペネローペ)さんに でんわして ほしいの。れい()が くゆかも しれないの。」

「わかりました。玲ちゃんが来たら、待っててもらうように、伝えておきますね。」

「うん。ありがとなの。れい はやく こないかな……。」


 待ち遠しげに、玲の話をするプリ様は、どこか、幸せそうであった。そんな様子を見ていると、ヤキモチを妬く気にもなれず、昴は、ソッとプリ様を抱き締めて、頬ずりして……。

 やっている事は、いつもと同じであった。




 プリ様パーティが現着すると、藤裏葉が、動揺しまくりながら、皆に状況説明をしている最中であった。


「ひ、英明様が、お屋敷で、私の服装が露出度高めだからと、呼び止めて。その後、エッチな要望を言われたんですけど、仕事中だから断って、そうしたらビッチと言われて。頼まれたので、七支宝剣の封印を解いて上げたら、一緒に新宿のホテルに行こうと……。」


 可憐な美少女、藤裏葉の涙ながらの言葉を、皆は眉を顰めて聞いていた。


「落ち着け、藤裏葉。それで、クソ坊ちゃん……英明様はどうしたんだ?」

「あああ、あの、だから、二人で新宿に来たら、英明様が私に処女かどうかを確認して来て……。オッパイに目が眩んで、私を此処に連れて来たんだ、とか……。」


 風間至誠の質問に、更に動揺して答える藤裏葉。それでも、漸く、英明が、一人で異世界に侵入した経緯を聞き出した。


「あの子の話聞いていると、あんたの弟って、女の敵以外の何者でもないわね。」


 ボソッと囁いてくる紅葉の言葉を聞きながら『そんなに女好きだったかな?』と、リリスは首を捻っていた。


 そのリリスの姿を見付けた藤裏葉は、一直線に駆け寄って来た。


「ああっ、天莉凜翠様。おいたわしい。人権剥奪の上、家畜にされてしまうなんて……。」


 藤裏葉は、リリスに抱き付いて、泣いた。


「ちょっと待って、藤裏葉さん。誰が、そんな事を言ったの?」


 御三家聴聞委員会の様子など、彼女は知らない筈だ。


「英明様です。俺の家畜にして地下牢で飼うんだ、とか。」

「…………。」

「お尻に焼印を押すとも言ってましたよ。」(言ってません。)


 どうりで、美柱庵の親戚筋が、人権剥奪を声高に叫んでいた訳だわ。(ひであき)の差し金だったのね。

 リリスは納得した。


「あらあら、同情する気が失せてくるわね。おほほほ。」


 引き攣った笑いを浮かべるリリスを見て、その場に居た全員の背筋が凍り付いた。


 その時、ベントレーの車が道路に停まり、中から美柱庵家当主、美柱庵実明(さねあき)が降りて来た。

 彼も、また、リリスを視認すると、真っ直ぐに近寄って来た。


 義父(ちち)とは、帰国以来、というか、英明の足を潰して以来、まともに口を聞いていない。屋敷で会っても、余所余所しく、目を逸らされるばかりだった。


 実はリリスには、それが一番辛かった。幼い頃は実の父親だと思っていたし、彼も大変優しくしてくれたのだ。


 その義父が、今、目の前に立って、黙って自分を見下ろしていた。


「天莉凜翠……。」


 彼は、両手で、リリスの肩を掴んだ。その掌の予想外の熱さに、彼女は困惑した。


「勝手なのは、分かっている。だが、お前にしか頼めない……。英明を……助けてやってくれ……。」


 押し殺す様に、一言一言絞り出す義父を見ていると、もう、何も言えなかった。


 リリスは、キッと、顔を上げた。


「隊長さん。私が開発していた、結界ミサイルの発射を、要請して下さい。」


 リリスの指示で、風間が、新宿御苑の門の前に設置された、テントの中にある通信機で、何処かへ連絡を始めた。


「りりすぅ。けっかいみさいゆ って なに?」


 舌足らずに聞いてくるプリ様の、あまりの可愛さに、つい、頬ずりしたくなるのを、グッと堪えるリリス。ここら辺、まだ、昴よりは抑制が効いていた。


 結界ミサイルとは、半日も経つと固定されてしまう、異世界となった地域に打ち込み、固定化を防ぐ為の武器である。


「自分の周囲の空間を、結界で保持したまま、異世界に入り、異世界内に、強制的に現世の空間を作るの。」


 異世界内に、一点でも現世の空間があると、固定化されない。雲隠島で学んだ現象を応用していた。


 リリスが説明している間にも、真っ赤なF35が飛んで来た。


「リリスちゃーん! 君の為に、俺が来たんよ。愛してるよー。」


 通信機のスピーカーから、乱橋の脳天気な声が聞こえて来た。

 とんだセクハラだわ。と、リリスは冷めた目でF35を見ていた。


 それでも、乱橋は、指定された箇所に、正確にミサイルを撃ち込み「ご褒美に、今度、デートし……。」と言ったところで、後ろの座席に座っていた六連星に耳を引っ張られ、そのまま、帰って行った。


「あ、あの、天莉凜翠様。あの男とは、その、どういう、ご関係で……。」

「どうも、こうも、ありません。一方的にセクハラをされているだけです。」


 リリスの返事に、風間は、一瞬、安心した様に、頰を緩めた。

 その瞬間を、紅葉と和臣は見逃さなかった。


『どうして、どいつも、こいつも、リリスにいくんだ? 御三家関係者は、皆んなロリコンなのか?』

『この男ども、リリスが幼女(プリ)に、お熱だと知ったらどうするのかしら? やだ、なんか、ワクワクして来た。』


 二人は、矢鱈とリリスの前で頭を掻く、風間を見ながら、それぞれ思っていた。


「良し。ともあれ、これで、結界装置がもつ間は、異世界化の固定はなされないわ。」

「すごいの! りりす、いいこ なの。」

「本当に? 私、良い子?」

「うん、いいこ。」

「じゃ、じゃあ、頭……撫でて……。」


 さすがに恥ずかしいのか、遠慮がちに頭を差し出すリリスを「いいこ〜、いいこ〜。」と、プリ様は撫でて上げた。感極まって、プリ様をギュッと抱き締めるリリス。割って入りたい昴だったが、自分は特に良い事をしてないので割り込めないな、と悶絶していた。


「じゃあ、みんな。いくの! ようじょしんせいどうめいを ぶっとばして やゆの!」


 プリ様の掛け声に、パーティメンバー全員が「おおっー!」と声を上げた。


 そのプリ様に、実明が近付き、膝をついて、目線を合わせた。


「符璃叢ちゃん、君がチームリーダーなんだってね。」

「そうなの。」

「君の様な幼子に頼るしかないとは、忸怩たる思いだ……。更に、その上、不肖の息子を助けてくれなどと……。」

「だいじょぶなの、おじたん。」


 プリ様は、ニコニコと、実明に笑いかけた。


「おかあたまと りりすが おしえて くれたの。ひとを まもゆの。それが、ごさんけ なの。」

「そうか……。君の歳で、そこまで……。」


 実明は、辛そうに、顔を歪めた。


「じゃあ、おかあたま、いってくゆの。」


 そんな、遊びに行くみたいに、お気軽に……。

 胡蝶蘭は、死地に乗り込んで行くというのに、笑いながら手を振って来るプリ様を見て、苦笑いすると同時に、見送るしか出来ない歯痒さに、胸を痛めていた。


 藤裏葉が開けてくれた、異世界への入口を潜る時、もう一度振り返ってみたプリ様の瞳に、涙を堪えて唇を噛み締める胡蝶蘭の顔が、貼り付いて離れなかった。







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