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母親の見開かれた目

 フルの姿を最近見ないな。と、探していたオクは、工科専門学校の研究室で、何やら作っている彼女を見付けた。


「あら、おくさま。めずらしい。わたくしの こと なんか、わすれて らっしゃると、おもっていたわ。」

「ふるちゃん こそ。ふぁれぐちゃんに つきっきり なのかと おもってた。」

「ふぁれぐちゃんの ふぁんは はぎとちゃんよ。わたしは ただの つきそい。」


 お茶を淹れますわね。と、フルが立ち上がったので、何を作っているのか、良く見てやろうと、彼女が座り込んでいた場所を覗き込んだら、そこには手足がバラバラに垂れ下がり、皮が剥けて、グロテスクな顔面の死体があった。


「ひ、ひとごろし〜。ふるちゃんの ひとごろし〜!」

「なにを さわいで いるんですか。あなたは……。」


 湯呑の載ったお盆を持ったフルが、呆れた声を出した。


「よく みて ごらんなさいな。」


 言われて見直すと、腕からは、金属のシャーシが出ていた。


「おふぃえるちゃんの ぎじゅつと、わたしの まほうの ちしきを ゆうごう させて、あたらしい からだを つくって いるのよ。」


 他人の身体を乗っ取ったのでは、結局、また紅葉に浄化させられてしまう。ならば、自分専用の身体を作るしかない。


『なるほどね。ねている おふぃえるちゃんの のうない(脳内) から、ちしきや はっそうりょく(発想力)を かりてる わけか……。きよう(器用)ね。』


 はっ、それならば!


「ねえ、ふるちゃん。おふぃえるちゃんの きおく とかも、よみとれるの?」

「……。よみとれ ますけど、しませんよ。」

「えっー、なんで? かわいい おふぃえるちゃんの はずかしい たいけん とか しりたい。」

「ぷらいばしーの しんがい です。」


 フルから、ピシャッとシャットアウトされて、オクの野望は潰えたのであった。




 一方その頃、ハギトは、やっぱり、ファレグに纏わりついていた。

 ファレグも、仕方なく作業を中断し、ハギトに、お茶とお菓子を用意して上げていた。


「おいしいよぉ。ふぁれぐちゃんの つくる おかし おいしい。」

「そ、そお?」


 この間、オフィエルがホットケーキを焼いたと聞いて、もう一捻りしてみたのだ。ホットケーキミックスの粉を水で溶いた後、油で揚げるという、ファレグ特製ドーナツだった。


「ねえ、ふぁれぐちゃんは なにを ねがうの?」

「ねがうって?」

「きいてないの? ふぁれぐちゃん。とうきょういせかいか(東京異世界化)さくせん(作戦)が せいこう したらね、なんでも、ひとつだけ ねがいが かなうんだよ。」


 ああ、報酬の話か。と、ファレグは思った。それなら、聞いていた。

 オクによれば、東京から奪った土地を贄にして、ゲームのプレイヤーは望みを叶えられるそうだ。贄にされた土地はどうなるのかと聞いたら「なかった こと になる。」と、簡潔に言われた。


 その土地も、住んでいた人達も、全てが他者の記憶から抜け落ち、現実的にも消えてしまうのだ。


 例えるなら、秋葉原が贄となれば、山手線の神田の次の駅が、御徒町になるみたいなものだ。


「はぎとは なにを ねがうの?」

「わたしは ねえ……。けんこうな からだに なって、おともだちと もう いちど あうこと かな。」


 ハギトは、生まれた時から、身体が弱かったらしい。誕生から、ほとんどの時間を、病院で過ごしたと、言っていた。


「おともだちが いたんだ?」

「うん。となりの べっどのこ(ベッドの子)。でも、あるひ、すごく くるしんで、びょうしつを うつされたの。」

「…………。」

「ぜんぜん、かえって こないから、かんごしさん(看護師さん)に きいたの。そしたら、たいいん したって。」


 ハギト、それって……。口を挟みそうになって、ファレグは慌てて堪えた。


「あのこに もう いちど あいたいな。げんきな すがたを みたい。わたしの げんきな すがたを みせたい。それが わたしの ねがい。」

「…………。かなうと いいね……。」

「うん。」


 ハギトの嬉しそうな顔を見ると、ファレグは、もう、何も言えなかった。




「リリスちゃんの、御三家聴聞委員会の日取りが決まったわ。」


 胡蝶蘭は、遊びに来て、リビングでプリ様と遊んでいた、和臣と紅葉に告げた。


「その『御三家聴聞委員会』って、何なの?」


 紅葉の質問に、和臣も頷いた。


 御三家聴聞委員会とは、超人的な身体能力を有し、優遇された社会的地位を持つ、御三家の血筋の者達が、その力を振り翳して、一般市民に害を為すのを、防ぐ為の機関である。


 極端な話、御三家聴聞委員会で死刑となれば、超法規的措置で、それが許されるという、大変、権威のある委員会なのだ。


「りりすは わるくない でちゅ。おくが わるいん でちゅ。」


 プリ様が、憤慨した口調で、胡蝶蘭に訴えた。和臣、紅葉、昴も、同意した。


「リリスちゃんはねぇ……。幼少期の事件が有るから……。」


 胡蝶蘭は、五歳のリリスが大暴れした顛末を、四人に語って聞かせた。


「また、ひであきの やつ なんでちゅ。」


 プリ様は鷹揚な性格だ。滅多に怒ったりはしない。ただし、例外があった。仲間を傷付けたり、苦境に追い込む様な人間には、攻撃性を剥き出しにするのだ。


 今、英明に対して、プリ様は嫌悪感を隠そうとはしてなかった。


「ダメよ、プリちゃん。英明君を、そんなに悪く言っちゃ。誰も悪くないの。ただ、ちょっと、歯車が噛み合わなかっただけなのよ。」

「わるいんでちゅ。ひであきは、わるいんでちゅ。ひであきも、あさがおおばたま(伯母様)も、きらいでちゅ。りりすを いじめゆ から。」


 感情のままに、プリ様は胡蝶蘭に口答えし、昴は後ろでオロオロしていた。


「りりすを いじめゆ なら やっつけてやゆの。ごさんけ……ちょ……ちょもん?」

「御三家聴聞委員会です、プリ様。」

「その いいんかい だって。」


 その時、胡蝶蘭の右の掌が、ペチンとプリ様の頰を打った。あまりに軽くだったので、ビンタとは気付かないくらいだった。


「おかあたま……。」

「符璃叢……。力に溺れるなら、お母様が貴女の相手です。その傲慢な物言いは何です。」


 プリ様は、目にいっぱい涙を溜めながら、母親の見開かれた目を見詰めていた。


「私達御三家は『人を護る存在』なんです。その力は、決して人間に対して向けられるものじゃないの。」

「わかんないのぉ。いやな やつは いやな やつなのぉ。」

「分からなくても良い。でも、覚えていて。世の中には、英明君より嫌な人なんて、いっぱいいる。その人達も含めて、この世界を護るのが、私達の務めなの。」


 初めて娘の頰を打った、嫌な掌の感触に耐えながら、声を震わせて、胡蝶蘭は訴えかけた。

 プリ様は、涙をボロボロ落とし、何も言わずに走り去った。


「お、奥様〜。どうしましょう。プリ様ぁ。」


 昴が狼狽えていると、胡蝶蘭も啜り泣きを始めた。


「打っちゃった。プリちゃん、打っちゃった。き、嫌われたかな。嫌われたかな。ねえ、昴ちゃん。和臣君。紅葉ちゃん。」


 そこにプリ様が戻って来た。安堵する顔を見せる胡蝶蘭。


「おかあたまの ばかぁぁぁ!!!」


 それだけ言うと、また、走り去って行くプリ様。昴は、今度こそ、後を追った。胡蝶蘭は、呆然と、佇んでいた。


「三歳のプリに……そこまで強いるのか?」


 押し殺した様な和臣の声に、胡蝶蘭はグッと唇を噛み締めた。


「三歳でも、あの子には、邪神すら倒す力がある。その使い方を、間違えさせる訳には、いかないのよ。」


 そう言われると、和臣も紅葉も、もう、何も言えなかった。

 その場を、重苦しい空気が、支配していた。




「プ、プリ様〜!」


 廊下で、グシグシと、泣いていたプリ様を見付けて、昴が声をかけた。


「わたち、わゆく ないの。わゆく ないのぉぉぉ。」


 しがみついて来たプリ様を、昴はソッと抱き締めた。


「例え、プリ様が間違っていても、昴はプリ様の味方ですよ。」


 そう言うと、プリ様が、勢い良く頭を上げた。昴は顎を打った。


「わたち、まちがって ないの。」

「そうですとも。プリ様は正義です。」


 安易に迎合して、プリ様を甘やかす昴。


「でも、ちょーと、言い過ぎちゃいましたね?」

「…………。」

「後で、一緒に謝りに行きましょうね。」

「…………。」

「すすす、昴も、一緒に怒られて上げますから。」


 震えながら言うなよ。と、プリ様は思っていた。




 ところで、此処は大田区某所の中山家道場。

 舞姫が、今、一つの問題に直面していた。


「こんなコンパクト、持っていたかな……?」


 適当に弄ってみたが、開ける方法が分からない。


「そういえば、私、この間プールに行った時、着ていたスク水、どうしたっけ?」


 なんで、コンパクトを見ながら、スク水の事が気になるんだろう? と、またもや疑問が生まれる舞姫であった。



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