ニコニコと微笑む昴の顔
やると決めたファレグの行動は早い。
彼女は、自分の持っている、全ての知識や技術を使って、東京異世界化作戦の準備を始めた。
そのファレグの所に、ハギトは、ちょくちょく、遊びに来ていた。
「ふぁれぐちゃんが こんなに ながい あいだ いてくれるの うれしいな。」
病院の施設の、リノリウムの床に魔法陣を描き、その中で、フラスコを持って、何かを精製しているファレグに、ニコニコしながら、話しかけていた。
「はぎと、まほうじんの なかに はいっちゃ だめだよ。あぶない からね。」
「うーん。じゃま しちゃ おうかな。」
「…………。なんで?」
問われると、ハギトは、プッと、頰を膨らました。
「だって、でていった こたち、あらとろんちゃんも、べとーるちゃんも、戻って来なかったもん。」
出て行けば、ファレグも戻って来ないかもしれない。ハギトは、それを危惧していた。
「にくたらしいの『ぷり』って やつ。べとーるちゃんを かんぷなき までに、たたきのめして いたんだよ。」
オフィエルの記録映像の、プリ様の姿を思い出し、呟くハギト。それを聞いたファレグも、眉を顰めた。
ファレグの中では『プリ』は、熊みたいな巨漢というイメージになっている。そんな大男が、幼女をいたぶるなど、例え、正義が『プリ』にあろうと、気持ちの良いものではない。
実際、東京異世界化などという、ファレグの倫理観に抵触する様な計画でも『プリ』の存在が、心理的ハードルを下げていた。
幼女にすら、容赦の無い『プリ』が相手なら、こちらも、遠慮しなくて良い。と、ファレグは思っていた。
「だいじょうぶ だよ、はぎと。ぼくが『ぷり』を やっつけて やるから。」
「ほんと? ふぁれぐちゃん。よかったあ。わたし、たたかうの とか、にがて だし……。」
心から安堵した感じで、大きく息を吐き出したハギトを見て、絶対に勝たねば、とファレグは誓っていた。
今日も、プリ様は、地上の阿多護神社の居住部の縁側で、足をブラブラとさせて、漫然とお外を眺めていた。もう、八月も終わろうというのに、朝から、うだる様な暑さだ。
「プリ様〜!」
一人で座っていたプリ様を見付けて、昴が背後から飛びついて来た。
「…………。すばゆ……。うゆさいの。」
ジト目で見られて、昴は慌てた。
「だぁって、だって。探してたんですもん。プリ様、何処にも居ないから。私、心配で、心配で……。」
「おそと みてた だけなの。しんぱい しなくて いいの。」
玲ちゃんを待っているんだ……。そんなアンニュイな様子のプリ様も素敵。でも、頭の中は、私じゃなくて、別の子の事で、いっぱいなんだ。ああ、私、どうしたら……。
昴は煩悶した。
どうしたら良いのか分からないので、とりあえず背中から抱き付いてみた。そして、首を伸ばして、頬擦りをしてみた。
「あついの、すばゆ。」
「あああ。ごめんなさい、プリ様。冷房の効いているお部屋に行きましょう。抱っこして上げます。」
あくまで、プリ様に引っ付いていようとする昴。
「もう、かまわなくて いいの。ひとりで、いけゆの。」
「ああっ、そんな。プ、プリ様ぁ。」
振り切って、一人で行こうとすると、昴はオロオロと半泣き状態になった。困った子だなあ、とプリ様は昴を見ていた。
「ほら、すばゆ。」
プリ様が、手を差し伸べると、ちょっと驚いた表情をしてから、シッカと、その手を握った。
「えへへへ、優しい。プリ様は、やっぱり、優しいです。」
にこやかに微笑む昴の顔を見ていると、プリ様の気持ちも、少し和んだ。
二人は、仲良く手を繋いで、そのまま、リビングに行った。
「魔女っ子プリプリキューティでも見ますか? プリ様。」
そう言って、昴がテレビを点けると、ちょうど、朝のニュース番組を放送していた。
「次のニュースです。新宿御苑内で、デングウィルスを持った、大量の藪蚊が発生している模様です。これに刺されて、デング熱を発症した人が多数出た事から、国民公園協会では、当面の間、入園禁止の処置を……。」
デングという、耳慣れない単語が、プリ様の琴線に引っかかった。
「すばゆ〜。でんぐって、なに?」
「病気の一種ですよ。プリ様も蚊に刺されないようにしないと……。」
虫除けスプレー、あったかしら? と、昴は考えていた。
プリ様は「デング」の語感が面白くて「でんぐー、でんぐー、でんでんぐー。」などと、出鱈目な節をつけて、歌っていた。
午後からは、舞姫と操が遊びに来た。
「操ちゃんが、プリちゃんに会いたがっちゃってー。」
「うそいうなよ、おねえちゃん。おれは、あいたがって なんてない。」
おや、舞姫を「お姉ちゃん」と呼ぶようになったんだな。
プリ様と昴は、顔を見合わせて、ニンマリした。
「なに、わらってんだ、おまえら。きもち わるいな。」
照れ隠しに突っかかって来る操に「まあまあ。」と、プリ様は手を振った。
「みしゃお。せっかく きて くれたの。『そうりょ ぷりぷりきゅーてぃ』の でぃすく、いっしょに みゆの。」
「みるかよ、そんなの。けんか うってんのか?」
操の返事に、プリ様はニッコリと頷いた。
「そうなの!」
「ようし、てめえ。いい どきょうだ。」
バトル開始! 二人の間に火花が散った。
「はいはいはい。あんた達は、もう、寄ると触ると喧嘩なんだから。」
舞姫が、二人の間に、割って入った。
「ただでさえ暑いのに。余計に暑くなっちゃうでしょ。やめなさい。」
その舞姫の台詞を聞いて、昴は思い付いた。
「皆んなでプールに行きませんか? 近くにあるんですよ。区民プール。」
プール、と聞いて、操の顔が引きつった。
「おっ。良いですね。ちょうど、操ちゃんの泳ぎの練習になるし……。」
急に大人しくなった操を見て『これは たのしめそう なの。』と、悪い顔を見せるプリ様。
「あー、でも、水着がないわ。」
「有りますよ。」
舞姫に答えて、昴が、何となく雲隠島から持って帰っていた、旧型スクール水着II型を取り出した。
「うっ。これかあ……。」
ちょっと怯む舞姫。
「ほら、おねえちゃん。おれの みずぎも ないし。きょうは やめとこ?」
舞姫の様子を見て、此処ぞとばかりに、操が畳み掛けた。
「だいじょぶなの、みしゃお。ちゃんと あゆの。」
そう言って、プリ様は、舞姫のよりは小さめのスクール水着を、持って来た。
『あれって、朝顔様が着ていた物では……。』
昴が見たところ、舞姫のよりは、型が新しい感じがした。所謂、新型スクール水着だ。
旧型スクール水着II型と違って、股間の分割線が無い、競泳用水着に近いのが特徴だ。より洗練されて、スタイリッシュな形状なのだが、それ故にマニア人気は低い。マニアとは気難しい生き物なのだ。
操が苦手としている泳ぎに誘い出す。こんな面白い事止められるか。と、プリ様は考えていた。
「でもよ、こども だけじゃあ。なあ?」
操も必死だ。意地でも、プール行きを避ける理屈を避ける理屈を、こね回していた。
「それも だいじょぶなの。さっき、あきらしゃんちに でんわ しといたの。おばさん、きてくれゆの。」
この野郎は〜。
操はプリ様を睨み、プリ様も、また、睨み返した。二人の間に火花が散り、第二ラウンドが……。
「あー、もう。良い加減にしなさい。」
再び、舞姫が割って入り、頭を押さえ付けられた二人は、虚しく腕を振り回していた。
結局、プリ様の執念が勝ち、尚子に連れられて、皆は芝公園多目的運動場に来た。此処は、夏場だけプールとして、使用されるのだ。
水着に着替え、子供用プールに駆け出す、プリ様、操、そして晶。
その後ろを、尚子、舞姫、昴が続いた。
「昴さん、完全防備ですね……。」
半ば、呆れた口調で舞姫が言った。肌の露出を極限まで抑えた水着に、サングラスと麦藁帽子で、ほとんど、姿が隠れていた。
ただでさえ、人の視線を集める美貌なのだ。その上、水着となると、もっと、注目を浴びるのは、必至だった。
その対策の為だったのに、何故か、プール中の男の人から、見られている気がした。
「あれ、今は珍しい旧型スクール水着II型じゃないか?」
「そうだよ。着ている子も、けっこう可愛いぜ。」
ボソボソと、周りの声が聞こえて来て気が付いた。注目を浴びているのは……舞姫だ。
「いやぁぁぁ。なんで? 皆んな、そんなに好きなの? この水着。」
悲鳴を上げる舞姫に、男達は開き直って、群がって来た。
「それ、コスプレ?」
「写真撮らせてちょーよ。」
「スクール水着研究所の者だぎゃ。被験者にならんかね?」
十何年かぶりに降臨した、旧型スクール水着II型着用の天使に、区民プールは時ならぬ狂騒状態に陥っていた。
私のベッドに寝転がって、タブレットでプリ様物語を読んでいるアイちゃん。
スカートが皺になるのでは、と、妙に気になっていたら、突然「キャミ」と不機嫌な声を出しました。
「ど、どうしたの?」
「キャミ、キャミ、キャミ。」
「だから、何?」
「こういうの、本当、身体がむず痒くなる。オジさんが、女の子の下着を略していうな。」
「いや、だって、それ、作中の登場人物の台詞で……。昴ちゃんが……。」
「どんな顔して書いてるの? キャミって。」
聞けよ、人の話。
「ああっ、もう、ダメ。気持ち悪い。プリンでも食べないと、やってられない。」
そう言って、勝手に冷蔵庫を漁るアイちゃん。
「プッチンプリンしかないじゃん。コンビニの高級プリンはぁ?」
コンビニが高級なのですか? そして、何で、私が貴女の為にプリンを用意しておかねばならないのですか?
二重の意味で、泣きたくなる私なのでした。