緩やかに揺れるリリスの頭
ところで、ファレグちゃんのお友達って、どんな子かしら。
ふと思い至って、オクは、今迄の状況を整理してみた。
ファレグは、どうやら、饒速日命と接触したらしい。
リリスちゃんが暴れた時も、その場にいたらしい。
あれ、もしかして、プリちゃんと行動を共にしていたんじゃないの? すると、友達って……。
「じゃあ、いろいろ じゅんびが あるから、ぼくは、もう、いくよ。」
考え事をしていたら、目の前に座っていたファレグが立ち上がった。
「あっ、まって ふぁれぐちゃん。おともだちって……。」
問い質そうとした時、不意に、昴とリンクしている視覚情報の中に、リリスの姿が現れた。ちょうど、この時、プリ様達一行が、リリスとの面会を果たした瞬間だったのだ。
「きゃあああ。りりすちゃん。かわいい。かわいい。くさりで つながれた ひぎゃくてきな かっこう たまらないわ!」
「りりすちゃん?」
突然、騒ぎ出したオクに、ファレグは訝しげな視線を向けた。
「りりすちゃんって、りゅうに なっていたこ だよね? おく、きみ とうさつ でも しているんじゃ……。」
「ちちち、ちがうわ。かのじょが しんぱいで、とうし していたのよ。」
それって、盗撮と変わらないんじゃ……。と、思ったが、必死に愛想笑いを浮かべるオクに誤魔化されて、ファレグは出て行ってしまった。
一人になったオクは、ゆっくり、じっくりと、リリスの様子を堪能する為、椅子に座り直した。
『ああ、りりすちゃん。やっぱり、ぷりちゃんが すきなのね……。』
暫く、愛しげにプリ様に頬擦りを繰り返すリリスを見ていて、オクは溜息を吐いた。
リリスの愛情は、ハッキリと、プリ様の方を向いていた。
『こんなに すきなのに、むすばれる ことは ないのね。だって、りりすちゃんは、わたしに めを つけられて いるんですもの。』
オクは、あまりにリリスが不憫で、涙を流した。
オクが決めた以上、どんなに抗おうが、リリスが彼女のものになるのは、決定事項であるからだ。
哀れだと思うなら見逃してやれよ、と突っ込みが入りそうだが、自分が身を引く気は全く無いらしい。
リリスをオモチャにしているクセに、彼女に同情して、可哀想だと涙を流すところまでを楽しむのが、変態の変態たる所以なのである。
ともあれ、大好物のリリスの観察を始めてしまったオクの頭からは、ファレグの友達の件に関しては、完全に抜け落ちてしまっていた。
「何だか寒気がするわ。」
隣でボソッと呟くリリスの額に「風邪でも引いているんじゃないの?」と、紅葉は手を当てた。
そんな紅葉の方を、チラッと見た英明は、彼女と目が合うと、慌てて視線を逸らした。
その様子を眺めていた和臣は、ピンと来た。いつも学校で、というか、前世でも、時々見かけていた光景だったからだ。
「何睨んでいるのよ、英明。っていうか、何で、あんたが、楽しい食事の場に同席しているの?」
「こ、此処は俺の家だぞ。大体、呼び捨てにするな。」
紅葉に、呼び捨てにするな、と言い返しつつも、何故か嬉しそうに、英明の頰は緩んでいた。
あーあ。
プリ様と和臣は、心中で声を上げた。
前世からの経験で、紅葉にヒーリングを掛けてもらった男の中には、一定数の割合で、彼女に好意を持ってしまう人間がいる事を、経験上知っていたからだ。
「ひであき、むだなの。もみじを すきに なっても。かずおみ という こんやくしゃが いゆの。」
先制で、グサリとプリ様が釘を刺した。
婚約者って何だよ。と、抗議しようとした和臣を、ちょっと睨んで黙らせた。
紅葉は百合だ。そう言った方が諦めがつくのではないか、と思われがちだが、何故か、男というものは「男の筋肉質の身体なんか興味ないの。女の子の柔らかな肌が好きなの。」という心情を理解せず、それなら「僕が男の素晴らしさを教えて上げよう。」という方向に行ってしまうのだ。
だから「決まった男が居る。」情報の方が、まだ、気勢を殺ぐ効果がある。
「ななな、何言ってんの、このチビ。そそそ、そんなんじゃねえし。」
顔を真っ赤にして俯く英明。対面に座って、彼の有様を見ていたリリスは『ああ。それで、今日は一緒の食卓に着いているのか。』と理解した。
いつもは、リリスと食事をするのは、断固拒否するのだ。だから、自然とリリスは、家族とは別に食事をとっていた。
一方、昴は、プリ様のお世話を焼くのに、全神経を集中していた。
「あっー、プリ様。お口にご飯粒が付いてますよ。昴が取って上げますね。」
常にプリ様しか見ていない昴は、状況を全く鑑みず、ペロリと舐めて、ご飯粒を取った。
「あらあら。ずるいわ、昴ちゃん。こっちのご飯粒は、私のですからね。」
プリ様を挟んで、反対隣に座っていたリリスも、負けじと、プリ様のホッペに付いているご飯粒を、舌で刮ぎとった。
いつもなら、周囲の状況を鋭く分析し、最適の行動をとるリリスなのに、対抗心から、昴並みの、空気の読めない行動に走っていた。
「ごはんが たべられないのー。」
左右からペロペロ舐められていたプリ様が、堪り兼ねて二人を叱った。シュンとなるリリスと昴。
その隣では、紅葉が英明に対して、呆れた様な声を出していた。
「なーに? あんた、私に惚れているの?」
紅葉の言葉を聞きながら『もう少しオブラートに包んで言えよ。』と、和臣は思っていた。
「違うって、言ってんだろ。違うよ!」
思わず立ち上がる英明を「お行儀悪いわよ、英明。」と、朝顔が窘めた。
英明が座り、その後、何事も無かったかの様に、食事会は恙無く終わった。
別れの時が迫り、皆は、美柱庵家地下水路発着場に来ていた。
リリスは名残惜しげに、プリ様を、いつまでも、抱っこしていた。取り返そうとする昴は、胡蝶蘭にガッチリと抑えられていた。
「あーん、プリちゃん。お姉ちゃん、寂しいの。今度は、いつ、会えるか分からないんだもん。」
「大丈夫よ、リリスちゃん。御三家聴聞委員会には、私も出席するから。」
不安そうに呟くリリスに、胡蝶蘭は安心させる為に言った。
「きっと、だいじょぶなの。おまじない して あげゆの。」
プリ様は「だいじょぶ。じょぶじょぶ〜。」と節をつけて唱えながら、リリスの頭を撫でて上げた。その愛らしさに感極まったリリスは、ギュッとプリ様を抱き締めた。
昴は、悶絶していた。
朝顔と英明も、プリ様一行を見送りに来ていた。物言いたげにしている英明を見た和臣は、紅葉の背中を軽く叩いた。
「別れの挨拶ぐらいしてやれ。」
下手に情けをかけない方が良いのに、と思いながら、紅葉は英明の所に行った。
「じゃあね。リリスを虐めちゃダメよ。」
「いっ、虐めねえし。」
フフッ、と微笑んで、去ろうとした紅葉に、英明が食い下がった。
「婚約って、本当なのか?」
「まあ……ね。」
「ああいう男が好きなのか? あんな、優男が……。」
「あんた、もっと鍛えなきゃダメよ。相手の力量を一目で見抜くくらいじゃなきゃね。」
「あいつは、そんなに強いのか?」
「少なくとも、実のお姉ちゃんに怯えたりはしないわね。」
からかわれて、顔が真っ赤になった。
強くなりたい。強くなって、紅葉に自分を認めさせたい。
少年らしい気負いが、英明の心中に渦巻き始めていた。
紅葉は今度こそ背を向けた。その背中を、英明は何時迄も見詰めていた。
楽しい時間は、アッと言う間に過ぎ、潜水艦「アジサイ号」も、出港の時を迎えた。
プリ様は、胡蝶蘭に抱っこされて、艦橋のハッチから顔を出していた。そのプリ様へと、リリスは手を振った。ちょっと悲しげな顔で、緩やかに揺れるリリスの頭。プリ様も、黙って、彼女を見詰めていた。
潜水艦が動き出して、暫く経つと、疲れた昴がウトウトし始めたので、オクとの視覚リンクも中断された。
『ごさんけちょうもんいいんかい か……。』
あんな暇人の年寄り供に、リリスちゃんの処遇を決められるのは、面白くないな。と、考えていた。
『すこし、こうかんども あげときたいし……。』
オクの口元が、ニヤリと、緩んだ。
碌でもない事を思い付いた表情であった。
最近の研究で、雷で反物質が作られているのではないか、という発表があったそうです。
…………。という事は、雷神の化身であるプリ様が、反物質を作り出したりしているのは、科学的に、全く正しいという事ですよね?
凄い。プリ様、凄い。グレート。
すみません。あまり嬉し過ぎて、思わず我を見失っていました。
科学音痴と言われながら生きて来て、幾星霜。こんな日が来るとは、夢にも思っていませんでした。
これからも、科学的に正しい小説を書いていこうと誓う、オジさんなのでした。