全員集合……かな?
「トールゥ、怖かったよぉ」
エロイーズはプリ様に抱き付いて泣いていた。よちよち、と頭を撫でられている。
「プ、プリ様ぁ〜。」「トールゥ〜。」「プリ様〜。」
と、そのうち呼び方が半々になって来た。
「どっちなのよ。エロイーズ? 昴?」
「昴ですぅ。私は昴ですぅ。でも記憶があるんです。エロイーズとしての記憶もあるんです。どうしよう、私も電波な人達の仲間入りしちゃったよう。」
こいつ、やっぱり私達を電波扱いしていたのか。
紅葉の片頰が引きつるのを見て、和臣は、ご愁傷様です、と手を合わせた。
「プリ様ぁ〜、私思い出しました。前世でエロイーズがどれだけトールを好きだったのかを。」
好きというより、身体の一部だったよな。二人は、いつもトールにくっ付いていたエロイーズの姿を、思い起こしていた。移動中はちゃっかり彼の肩に座り、休憩中は膝枕で眠り、寝所も一緒。
そこで和臣は思い付いて聞いてみた。
「お前達って、一緒に眠っているのか?」
聞かれた昴は顔を赤らめた。何故赤らめる。
「私とプリ様は常に一緒です。お食事中も、オネムの時も、お風呂だって……。」
あ〜、お風呂が増えてるやん。と二人は思った。さすがに前世ではお風呂は別々だった。もっとも、脱衣所の前で「私はトールと一緒に入る。」とゴネるエロイーズをクレオとアイラが引き離して女湯に連行するのが常だったが……。
結局何にも変わってないのだな。和臣と紅葉は思った。
昴も隙あらばプリ様に抱き付くし、そうでなくとも、手を引いたり、抱っこしたりと、常に密着している様子だ。
「私……、プリ様が好き過ぎて。でも三歳の子に、しかも女の子同士なんて、おかしいのかなって思ってたんですけど……。」
はいはい、自覚はあったのね。
「前世からの因縁ならしょうがないですよね。私はプリ様の所有物であったわけですし。」
居直ちゃったよ。
やれやれ、と肩を竦める和臣の隣で、紅葉は興奮に身体を震わせていた。
「まあ、とにかく全部思い出したのね。」
「はい……、漸く。プリ様、ただいま戻りました。貴女の奴隷のエロイーズですよ。」
昴は盛んにプリ様に頬擦りしていて、プリ様は無表情で為すがままになっている。
「じゃあ、アイラとエロイーズが、どんな事をしていたかも思い出した?」
言われた昴の表情が固まった。
「い、いやぁ。犯さないで〜。」
その叫びに、プリ様と和臣は頭を抱えた。一体前世でどんな事をしていたんだよ。
「プリ様ー、助けて。」
「ふふふ、その怯えた顔が狩猟本能をくすぐるわ。」
紅葉は昴をプリ様から引き離すと、その場に押し倒した。胸に顔を埋めたり、もう、やりたい放題玩具にしている。
プリ様と和臣は静観を決め込んでいたが、そのうち「あれ、これはヤバイんじゃないのかな。」「何らかの教育的配慮が必要なのでは。」という段階になって来た。しかし、止め方がわからない。いつも誰かが抑止力になっていた筈だがな、と考えていたら、此処にはいない人物に思い至った。
クレオだ。
狂犬と言われ、例え国王だろうと、気に入らなければ噛み付きに行くアイラだったが、クレオの言う事だけは素直に聞いていた。女の子の微妙な問題を相談出来るのは、彼女にとってクレオだけだったし、面倒見の良いクレオに何くれとなく世話を焼いて貰っていた恩義も感じていたのだろう。
「アイラちゃん〜、もう勘弁して上げなさいな〜。」
と言われれば、どんな無法行為も止まっていたのだ。
そのクレオが居ない。
紅葉は目を血走らせ、ドンドン行為をエスカレートさせている。昴の声と表情も、もう描写すると法に触れる範囲になって来ていて、とてもヤバイ。
プリ様&和臣が「どうしよう、どうしよう。」と焦っていたら、ケージの中でニール君が一声吠えた。
「にーゆくん、でたいの?」
ケージを開けてやったら、ニール君は勢い良く飛び出した。そして昴に乗っかっている紅葉の顔をペロペロと舐めた。
「ニール! 邪魔しないで、今良いところなんだから。」
そう言われても、舐めるのを止めない。
「こら、ニール!」
思わず上半身を起こした隙に、スルリと昴は逃げてしまった。
「えーん、プリ様ぁ。」
「待て、逃げるな。」
再び捕まえようとしたが、ニール君が今度は足元に纏わりついて離れない。そうこうしているうちに、プリ様にしっかり抱き付いてしまった。今度はプリ様も小さな身体で庇うように昴を隠した。
「お前、今、特撮に出てくる怪人並みに悪者扱いされているぞ。」
和臣に耳打ちされ、プリ様に睨まれ、昴から涙目で見られて、傍若無人な紅葉と雖もたじろいだ。
「わかったわよ。続きはまた今度ね。」
今度があるんかい、と三人は心中で突っ込んだ。
「それにしても見事だったな。偉いぞ、ニール。」
和臣はニール君を抱き上げて頭を撫でてやった。嬉しそうにワンワン鳴いているのを眺めて、首を捻った。
「いや……、しかし……、まさかなあ?」
「そのまさかよ……。」
和臣の独り言に、紅葉が同調した。
「このダンジョン内では動物も異世界のものになるのよ。でもニールは変わってない。すると答えは一つじゃない。」
ニール君はクレオ?!
「いやいやいや、ないだろう。いくら何でも犬に生まれ変わるなんて……。」
「何言ってるの? 私達はそれより信じられない転生の実例をみているじゃない。」
二人は同時にプリ様を見た。
「そうだな……。確かに、トールがプリになるよりは、まだ信じられるような気がするな。」
おい、とプリ様は大変ご不満に感じた。
「ちがうの。にーゆくんはにーゆくんなの。」
「ああ、『君』付けにしろって言うの。そうね、クレオ姐さんを呼び捨てには出来ないわね。」
「ちがうの、ちがうの! くえおじゃないの。」
「信じられないのはわかるがな。お前は己を省みた方が良いぞ。」
プリ様は顔を真っ赤にして抗議をしているが、いかんせん語彙が少なくて有効な反論が出来ない。
「そんなバカな。いくら何でもニール君がクレオさんだなんて……。」
そこに救世主の声。やっぱり俺の気持ちをわかってくれるのはお前だけだ、プリ様は感動していた。
「あんた、私達の会話を聞いてなかったの? プリを見てみなよ。あのゴツい山盛り筋肉が、今や、あんなかわゆらしい姿をしているのよ。あれに比べたら哺乳類という共通項があるだけマシでしょ。」
おい、言いたい放題だな。前世の俺は哺乳類じゃなかったとでも言うのか? そもそも、現世の生物学的分類を前世に当てはめて良いのか。プリ様の怒りと絶望感は半端なかった。これで昴まで「そう言われれば……、そうかな?」などと言おうものなら、癇癪玉を破裂させてしまうのは必至だった。
「そう言われれば……、そうかな?」
「すばゆ〜!」
「えっ、どうしたんですか、プリ様? 私何かいけない事でも……。ああっ、でも怒っているお顔もとてもキュートです。」
状況も鑑みず昴が抱き付こうとしたので、プリ様はジャンプして頭に貼り付いた。
「い、痛いです、プリ様。髪を引っ張らないで。ああ、でも、主人に折檻されるダメな奴隷という雰囲気で、これはこれで素敵かも……。」
こいつ、いつの間にか奴隷の立場を受け入れているな。
和臣と紅葉は思った。前は「お世話係です。」と強弁していたのに。
「お、お許し下さい、プリ様。ご慈悲を〜。」
言葉とは裏腹に、昴の表情は恍惚となっていった。じゃれ合う二人の周りを、ニール君は元気に駆け回っていた。
敵を倒したというのに、いつまでも同じ所に止まっているのは、このパーティの悪い癖ですね。
決して、話が停滞しているわけではありません。本当です。




