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広げられた胡蝶蘭の腕

 ロイヤルガードのリーダーは、人事不省となった英明の頭を、軽くコツンと蹴った。

 お坊っちゃまの頭を蹴って良いのか? それを見ていたプリ様達は思った。


 リーダーはその後、彼の足の筋を掌でなぞった。


「驚いたな。本当に治っているみたいだ。どんな外科医もサジを投げていたのに……。」


 呟きながら、部下達に指で合図をした。すると、彼等は、担架を持って来て、英明を載せた。


「向こうに、広けた場所があった。ヘリを降ろして坊っちゃまを乗せろ。」


 そう言われて、運び出したが、途中で英明を落としてしまった。


「おい、気を付けろ。足は治っても、馬鹿が進行したら、元も子もないぞ。」


 リーダーの台詞に『ああ、やっぱり嫌われているんだ……。』と、皆んなは確信した。


「さて、天莉凜翠お嬢様……。」


 リーダーが、リリスの方に向き直り、緊迫した空気が流れた。


「やめゆの! りりすに てを だすななの。」


 叫ぶプリ様に、筋骨隆々の大男であるリーダーは、そのイカツイ容姿からは、想像も出来ない、優しい笑顔を見せた。


「大丈夫ですよ。符璃叢お嬢様。縛を解くだけです。」


 言うや否や、手刀一閃で、リリスを拘束していた、鎖や手錠をバラバラにしてしまった。


「命令とはいえ、申し訳ありませんでした。」

「あらあら。いいの? 英明さんに怒られるわよ。」


 リリスは、自分のジャケットを脱いで、着せてくれているリーダーに訊ねた。


「あれは、帰るまで目を覚まさないでしょ。」


「あれ」呼ばわりか……。

 少し、英明が不憫に思えてくるプリ様達。


「じゃあ、悪いけど、私は美柱庵家のヘリで帰るわ。貴方達の事は、カルメンさんと乱橋さんに迎えに来てもらうように、連絡しておくから。」


 心配しないで。という感じで、皆に笑いかけ、二、三歩歩いてから、振り返った。


「紅葉ちゃん。弟の足を治してくれて、ありがとう。」

「礼には及ばないわ。っていうか、あんな奴でも、兄弟は大事なのね?」


 紅葉に言われて、リリスはニッコリと笑って、首を振った。


「違うわ。負い目が失くなったから、これからは、遠慮無く、反撃出来るという事よ。」


 怖い。リリスが怖い。

 プリ様達は、リリスの真っ黒な微笑みに、怯えた。




 リリスを見送った後、プリ様達は、ヘリで調布まで行き、六連星主従とはそこで別れて、カルメンさんの運転するストレッチリムジンで、港区まで戻って来た。


とうきょう(東京)あかいたわー(赤いタワー)が みえて きたの。」


 東京赤いタワーは、プリ様のお家の近くにある電波塔である。かつては、日本一の高さを誇っていたが、数年前に、墨田区の「空の木タワー」に、その座を譲っていた。


「かえって きたって かんじなの。」


 今迄、昴の膝の上で眠っていたプリ様は、急に生き生きと目を輝かし始めた。


『大物というか、大した奴だ……。』


 そんなプリ様の様子を見ながら、和臣と紅葉は、溜息を吐いていた。


 三歳の幼女の身空でありながら、たった一人で奥多摩の奥の奥、空蝉山まで赴いて、二千年間、誰も成し得なかった修業を修め、見事、昴を救ったのだ。


 その顛末を、帰りの道すがら、二人に聞かされていた昴は、感激に身体をフルフルと震わせていた。


『プリ様……。妻である私を救う為に、そんな危険を冒してまで……。愛ですね。これは、もう、愛の所業ですね。』


 闇雲に愛の所業にしようとしている昴。


「すばゆ〜、ぷりんせすほてゆ(プリンセスホテル)が みえてきたの〜。もうすぐ なの。」


 そう言って、見上げた昴は、目をウルウルと潤ませていた。


「どしたの? すばゆ。」


 驚いて、聞くプリ様。


「プ、プリ様〜。プリ様の愛、しっかり受け取りましたぁ。もう、絶対離れません。死ぬまで添い遂げましょうね。プリ様〜。」

「いみふめい なのー。」


 叫ぶプリ様を無視して、昴はお顔中に頬ずりをし始めた。


「やめゆの〜! わたちは あかちゃん じゃないの。」

「はいはい。わかってますよ。ああっ、可愛い可愛い、私のプリ様。」


 話が全然噛み合ってない。と、二人を見ている、和臣と紅葉は、思っていた。


 そんな事をしながら、車は阿多護山下のトンネルに入り、そこから、神王院家の地下邸宅へと運ばれて行った。


「コチョちゃん、きっと、待ち侘びているわね……。」


 地下通路内を照らす、オレンジ色の灯りを眺めながら、ポツンと言った紅葉の言葉に、プリ様はハッと気付いた。


「おかあたま……。しんぱい させちゃったの……。」

「きっと、褒めて下さいますよ。プリ様はご立派でした。」


 呟くプリ様の頭を撫でて上げながら、昴が慰めた。


 事ここに至って、漸く里心が着いたのか、プリ様はシュンとなっていた。そして、車が止まり、窓の外に胡蝶蘭の姿が見えると、ドアを開けてもらうのももどかしく、一直線に、お母様の所へ駆けて行った。


「おかあたま〜。」

「プリちゃん!」


 広げられた胡蝶蘭の腕の中に、飛び込んで行くプリ様。美しき親子の再会シーンであった。


「いでで。いだいぃぃぃ。お、おかあたま!?」

「痛いじゃありません。散々、人に心配をかけてぇぇぇ。」


 抱き締めるかと思いきや、胡蝶蘭は、近寄って来たプリ様の両頬を掴み、思いっ切り引っ張った。


「ごべんなさいぃぃぃ。はなじてぇぇぇ、おかあたま〜。」

「ダメです。今日は許しません。お尻ペンペンです。」


 お、お母様が、完全に丁寧語になっている〜。

 戦慄するプリ様。これは、胡蝶蘭が激怒している証拠であった。


「ゆるしてなの。ゆるしてなの〜。」

「ダメだと言ったら、ダメです。」


 胡蝶蘭は、ヒョイとプリ様を肩に抱え、お尻を一発パンと打った。


「いだいのぉぉぉ。ごめんなのぉぉぉ。」

「ダメです。ダメです。お母様の怒りを思い知りなさい。」


 今日は朝からハードな闘いをこなし、痛い目にもいっぱいあって来たプリ様だったが、胡蝶蘭の折檻は、何にも勝る痛さであった。

 プリ様の悲鳴が、地下駐車場内に木霊した。


 邪神や、龍を相手に戦うプリ様でも、お母様には勝てないのか……。

 昴達三人は、呆気に取られて、泣き喚くプリ様を眺めていた。


「っていうか、私、本気で泣くプリって、初めて見た気がする……。」

「そうだな……。実に新鮮だ……。」


 今迄、嘘泣きはしていたが、正に幼女というギャン泣きは、紅葉と和臣にとっては、初めてであった。その光景は、二人に、どこかホッとするものを感じさせた。


「何、暢気な事言っているんですか。プリ様をお助けしないと……。お、奥様。」


 怖がりの昴が、精一杯の勇気を振り絞って、胡蝶蘭に話し掛けた。


「なぁぁぁあに? 昴ちゃん。」


 ひぃぃぃ。怖い。奥様が怖い。

 いつもニコニコと優しい胡蝶蘭の豹変ぶりに、昴は怯えた。


「で、ですから、プリ様は私の為に……。」

「それは、分かっているわ……。」


 声が、いつもの落ち着いた調子に戻り、オヤッと希望を見い出すプリ様。昴に免じて、折檻は終わりか……?


「だからこそ、許せないのです。そんな大事を為すのに、お母様に一言も相談しないなんてぇぇぇ。」


 激昂した胡蝶蘭が、再び、お尻を叩き始め、プリ様は必死に「ごめんなさいなの〜。ごめんなさいなの〜。」と、叫び続けた。


「げ、げきりんと とらのおが いったの。だまって いけって。いえば、はんたい されゆ からって。」

「人の所為にするんじゃありません!」


 それからも、一頻り怒られて、やっと、許してもらえたプリ様は、肩から下ろされ、お母様に手を引かれて、和臣達の所に戻って来た。

 お尻が痛いのか、内股になっていて、その様子に、堪え切れなくなった紅葉が、口を手で押さえて、プッと吹き出した。


「もみじ、なに わらっていゆの?」


 凄むプリ様の頭を、胡蝶蘭が一発、パシッと叩いた。


「八つ当たりしているんじゃないの。ほら、和臣お兄さんと、紅葉お姉さんにも謝りなさい。二人だって、いっぱい心配したんですからね。」


『わたち、りーだー なのに……。』


 と思ったが、睨み付けて来る胡蝶蘭の圧力に、プリ様は渋々頭を下げた。


「ご、ごめんなの。かずおみ、もみじ。しんぱい かけたの。」

「まあ、良いけどな。」

「…………。」


 和臣はプリ様の頭を撫でてやり、紅葉は爆発しそうな笑いを必死に押さえていた。


「ところで、プリちゃん。ご飯とかは、どうしていたの?」


 母親らしい気遣いを胡蝶蘭が見せた。


「れーしょん もっていったの。かゆめん(カルメン)さんの……。」


 車をしまおうと、エンジンキーに手を伸ばしていたカルメンさんは、そのプリ様の台詞を聞いて、手を止めた。


「お、お嬢様……。どのレーションを持って行ったんです?」

「ええっとね、たしか、えむあーるいー(MRE)って いうの……。」


 不味いと評判のアメリカ軍のレーション! やっと手に入れたやつだ……。


「どれだけ不味いか、楽しみにしていたのに……。」


 カルメンさんの嘆きを聞いて、変わっているなあ、と皆んなは思っていた。




いつもの様に、私のベッドに寝転がって、私のタブレットを見ているアイちゃん。


「リョナちゃんさあ……。」


私をリョナと呼ぶな。定着させるな、そのアダ名。


「リョナちゃんが、前に書いていたお話を、読み返していたんだけど……。」


私の怒りには気付かずに、アイちゃんは話しを続けます。


「なんで、リョナちゃんの小説って、一人称視点が、全部女の子なの?」

「えっ、だって……。」


女の子が大好きなんです。出来れば、自分の作るお話に、男なんて出したくないのです。「俺は〜〜なのだ。」とか「俺がやってやるぜ。」などという、ムサ苦しい文章を書くのはゴメンです。


「リョナちゃん、ひょっとして……ひょっとしなくても、TS願望があるよね。」

「TS願望なんて……。あるよ、あります。美少女になって、周りの人達から、チヤホヤチヤホヤチヤホヤされたい!」


男は、たいがい美少年に生まれついても、絶対に周りから、チヤホヤなんてしてもらえません。

だけど、そんな私の魂の叫びを聞いて、アイちゃんはホッーと溜息を吐きました。


「女の子だってね、美女に生まれても、そうそう、チヤホヤなんてしてもらえないよ。私が言うんだから間違いない。」

「えっ……。なんで、アイちゃんに分かるの? アイちゃん、美女じゃないじゃん。」


迂闊にも、ポロリと本当の事をいってしまう私。アイちゃんは、暫く黙っていましたが、やがて、部屋を泣きながら出て行きました。


もうちょっとオブラートに包むべきだったかな? と反省していたら、すぐにアイちゃんは戻って来ました。手には、冷蔵庫から持って来たのであろう、私の「秋限定カボチャプリンのパフェ」が、握られています。


「傷付いたから食べる。文句無いよね?」


どうせ逆らえないので、黙って首肯しました。すると、勝ち誇ったかの様に微笑んで、食べ始めるアイちゃん。


女の子は、美女じゃなくても、強制的にチヤホヤしてもらえるのだな。と、ますます女の子が羨ましくなった、秋の日の夕暮れなのでした。

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