入道雲の湧き立つ真夏の青空
月の軌道辺りで、地球上の様子を見ていた饒速日命とナガちゃんは、プリ様の龍退治の顛末を見て、満足気に微笑んだ。
「強い子じゃの。それに、大きな心を持っておる。」
「どうです、御前様。わしの見込んだ通りじゃ。」
饒速日命の呟きに、何故か自分の手柄の様に自慢するナガちゃん。
「もう、心残りは無い。長髄彦よ、天界に急ぐぞ。」
「御意!」
二人は頷き合い、その魂は、多次元的振動をし、超空間に消えた。
饒速日命達が、この次元より去る時に「プリよ、良くやった。」という、お言葉が聞こえ、プリ様は空を見上げた。そして、神様が、今迄見守っていてくれたのを感謝し、入道雲の湧き立つ真夏の青空へ、手を振った。
『むらちゃん、きみは ほんとうに たいした やつだ。』
昴とリリスに引っ付かれているプリ様を、上空から見ていたファレグは、知らずに笑みを浮かべていた。そのまま、プリ様の元へ降りようとして、少し離れた位置で、ハギトが泣いているのを見付けた。
「あれ、はぎと まで、きて いたのか。」
やれやれ、と溜息を吐きながら、ファレグはプリ様の所に行った。
「れい!」
降りて来た玲を見たプリ様は、昴とリリスを振り払い、ファレグの方に駆け出した。
「ああっ、プリ様。また、その子ですかぁ?」
「プリちゃ〜ん。お姉ちゃんのお胸の方が、気持ち良いよ。」
後ろで騒ぐ二人に、プリ様はクルリと向き直した。
「もう、すばゆも りりすも。ふたりを たすけゆのを てつだって くれたの。れいは。」
「えっ。そうなんですか?」
「あらあら。それは、どうも……。」
礼を言いながらも、リリスは、考えていた。
と言うことは、プリ様に匹敵するくらいの戦闘能力を持っている子、だとしか思えない。……、何者?
「むらちゃん、ぼくは もう いくね。むこうに まいごに なっている しりあいを みつけたんだ。」
「まつの、れい。じゅうしょと でんわばんごうを おしえゆの。」
「んー、ぼくは たびがらす だからね。ぼくが、やるべきことを おえたら、むらちゃんの いえに あそびに いくよ。」
旅烏の幼女? リリスの警戒信号が点滅を始めた。
「待って、貴女……。」
「じんのういんの ほんきょちは あたごじんじゃでしょ? しっている から、だいじょうぶ。」
話し掛けるリリスを遮り、そう言うと、ファレグは風の如く去った。そして、その場には、ピッケちゃんだけが、残されていた。
「ぴっけ!」
「よしよしなの。ぴっけちゃんも がんばったの。」
慈しむお顔で、ピッケちゃんを抱いて上げながら、プリ様は、ファレグの去った方角を、名残惜しそうに、眺めていた。
「もしかして、プリちゃん。此処に来てから、ずっと、あの玲ちゃんと一緒だった?」
「そうなの。いっしょに おさかな たべたの。たきびも したの。」
なるほど、魚の調理や、石積みの炉を作ったのは、あの子の仕業か……。
リリスは頭を目まぐるしく回転させていた。
もしや、幼女神聖同盟? いや、行方不明の子に「玲」なんて、名前の子は居なかった……。
それにしても、どこかで聞いた覚えのする名前だ。リリスは必死に考えを巡らせていた。
「あのぅ、プリ様ぁ。昨日とか、あの子と一緒に眠ったりしたんですかぁ?」
昴も、六連星から、自分が時を止められて、隔離されていた事情を聞かされていた。その間、プリ様が一人で空蝉山に向かっていた事も。
「おふよも はいったの。はなびも したの。」
プリ様が、プリ様が私抜きで、楽しい夏の想い出作りをしている……。
「いやあ、プリ様、プリ様ぁ。昴も一緒じゃなきゃ、嫌なんですぅ。」
「うわっ。なんで なくの? すばゆ。」
抱き付いて、泣き噦る昴を持て余して、チラッと、リリスに助けを求める視線を送ると、彼女も、また、肩先を震わせていた。
「いやよ、プリちゃん。楽しい想い出は、お姉ちゃんと作ろう。」
こちらも、泣きながら、プリ様に抱き付いた。プリ様は両方の頰を、二人からスリスリされていた。
「玲」という名前についてのヒントが、もう少しで、出掛かっていたのに、ヤキモチで、全てが脳内から吹き飛ぶリリス。恋愛脳になってしまった彼女は、昴と同レベルの、プリ様引っ付き虫に成り下がっていた。
「もう、何やっているの。事件は一件落着したんだし、帰るわよ。」
呆れた紅葉に声を掛けられて、漸く、昴とリリスは、プリ様から離れた。
「アマリちゃん、服が破れて、酷い状態よ。着替えたら?」
「あらあら。そうしたいのはヤマヤマだけど、リュックも全部失くしてしまったし……。」
「でも、さっきから、和臣が、欲情に満ちた目で、見ているし……。」
紅葉にそう言われて、リリスはチラリと和臣を見た。見たが「まあ、しょうがない。」という風情で、特に身体を隠そうともしなかった。
プリ様に入れてもらった賢者の石も、今までの物と違って、使い勝手が悪いみたいだ。何度か試したが、布切れ一枚出せなかった。
「おや? 折良く、ヘリが近付いている音がするわ。カルメンと乱橋さんじゃない?」
「しまった。あの男が居たんだった。」
紅葉の発言に、リリスは血相を変えた。
「いやぁぁぁ。何とかしなくちゃ。あいつに見られたら、身体が穢れてしまうわ。」
なんか、俺と、えらく反応が違うな……。もしかして、男扱いされていないんじゃ……。
和臣は、喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか、複雑な心境になっていた。
狼狽えていたリリスだったが、ヘリの音が複数あるのに気が付いて「おや?」と、空を見上げた。
「ワルキューレの騎行でも、聞こえてきそうな光景ね……。」
編隊を組んで飛んで来る、ヘリの機種には見覚えがあった。美柱庵家の、降下部隊が使っているヘリだ。
「天莉凜翠様。抵抗は無駄です。そこで、大人しくしていて下さい。」
頭上から降って来た降下兵の、隊長と思わしき男が、開口一番そう言った。そして、武装した兵達が、リリスに近寄ろうとした時、プリ様が、両手を広げて、立ち塞がった。
「どけよ。神王院のガキ。」
一番最後に降りて来た、小柄の男が、足を引き摺りながら、近寄って来た。良く見ると、まだ小学校高学年くらいの子供だった。
「どかないの。りりすは わたちが まもゆの。」
必死に自分を庇うプリ様の肩に、リリスはソッと手を置いた。
「良いのよ、プリちゃん。この人達は、美柱庵のロイヤルガードなの。正体を失って暴れた私は、拘束されないといけないの。」
「そういう事だ。どけ、ガキ。」
自分もガキのクセに……。和臣と紅葉も、怒りを滾らせた視線で、彼を見ていた。
リリスは、自らプリ様の陰から出て、男の子に近付くと、彼の前で跪いた。
男の子は、暫く、彼女を見下ろしていたが、やがて、憎々しげに口を歪めて、リリスの頭を蹴った。
「止めなさい、英明さん。アマリちゃんは、貴方のお姉さんでしょ。」
思わず叫んだ六連星の声に、プリ様パーティの全員が驚愕した。この捻くれた感じの男児が、リリスの弟?
「俺は、こいつを姉などと思った事は、一度もない。この化け物のせいで、俺の足は……。」
ああっ、なるほど。リリスが、昔、何かしたせいで、あの男の子は足が不自由なのだな……。
と、プリ様達は察した。
やがて、英明が合図をした。すると、兵達がリリスを立たせ、手際良く拘束していった。
「待てよ。何か羽織るくらいさせてやれよ。」
破れた服のまま拘束されていくリリスを見兼ねて、和臣が抗議したが、英明は鼻で笑うばかりだった。
「美柱庵家次期当主でありながら、こんな身体にされた俺の恥辱に比べれば、これくらいなんだ。」
この台詞に、完全に頭に来た紅葉が、テナロッドを構えて、英明に突き付けた。
「何だ? 貴様、やるのか?」
明らかに怯えた声で、彼は言った。
『あれ? ろいやゆがーどの ひとたち、たすけないの?』
プリ様の疑問は、他の仲間も感じた。
もしかして、こいつ、嫌われているんじゃ……。
そんな仲間達の思考を破って、紅葉の声が響いた。
「治してやるのよ、その足を。それなら、もう、リリスに文句は無いでしょ?」
ヒーリングをする気か?!
まさか、紅葉が、そんな暴挙に出るとは思ってなかったリリスは慌てた。
「止めて、紅葉ちゃん。こんなのだけど、一応、私の弟なのよ。」
「いいや。もう、これは私の問題なの。私は、こういう、被害者ヅラした傲慢な奴が、一番嫌いなのよ。」
そうだった……。前世から、そうだった……。
皆んなが納得している隙を突いて、紅葉は英明の足にヒーリングをかけた。
うっぎぃぃぃやぁぁぁああ!!
その場に、美柱庵英明の、地獄の底から搾り出した様な悲鳴が、轟渡った。
いよいよ年の瀬も迫ってまいりました。本業は、もう、年末に向けて、想像もしたくない過密スケジュールです。
ちょっと、時々、更新の間が空くかもしれませんが、なるべく、一週間は空けない様にします。
……、空いてしまったら、ごめんなさい。




