リリスの髪を彩る、強烈な夏の光のヴェール
完全にブチ切れた龍の口が、裂けんばかりに開いて、特大の火球が、プリ様に向かって、発射された。
プリ様は、それをヒョイと避け……なかった。真っ向から迎え撃ち、ミョルニルでぶっ叩いた。
火球は、リリス龍へと跳ね返され、後ろ足から下が砕け散った。
「りりす。そんな りゅうの からだは すてゆの。そんなんで、つよくは ならないの。」
いや、凄く強くなったわよ……。プリ様の台詞を聞きながら、オクは、心中で、突っ込んでいた。
龍の口から出る火球は、人間体のリリスの火球より、数倍威力が増していた。
龍は、聞いている様子もなく、火球を連射したが、ことごとく、プリ様に打ち戻され、却って、己を傷付ける結果になった。
その状態に苛つき、今度は、残った前足で、プリ様を叩き落とそうと、パンチを繰り出した。
「なぐりあい なの〜。」
『だから、お前、何でそんなに楽しそうなんだよ。』と、和臣は思っていた。
プリ様が、目をキラキラさせながら、迫って来る前足に、ミョルニルで応戦していたからだ。
土や岩を固めて作られていた身体は、執拗なプリ様の攻撃に、全身にヒビ割れが出来始めた。それでも、無心に、前足を振り続ける龍。プリ様も、それに、無心で応えていた。
と、その時、龍の口が、下を向いた。もう、前足を犠牲にしてでも、プリ様を始末しようと、決意したみたいだ。
火球を、溜めもなく、下へ吐き出した。
「きゃあああ。プリ様ー!」
それを見ていた昴は悲鳴を上げた。プリ様が炎に呑まれた様に見えたからだ。だが……。
プリ様は、自分の身体を隠す範囲くらいの、グラビティウォールを、頭の上に展開していた。
火球は、龍の前足だけを、削ぎ落としていった。
『んっ? あの わざは なんだ?』
プリ様を見守っていたファレグも、首を捻っていた。グラビティウォールは、火球が通過する間しか出していなかったので、彼女にも、プリ様が、どうやって炎を防いだのか、分からなかったのだ。
奴が、切り札を出せば、危うい。
ファレグは、前に、オフィエルの言った言葉を思い出していた。
幼女神聖同盟の敵「プリ」。その切り札は、重力の壁「グラビティウォール」。
まさかな……。ファレグは静かに首を振った。プリは熊みたいなタフガイ。その先入観が、どこまでも「むらちゃん」と「プリ」が、同一人物と考えるのを、妨げていた。
プリ様は、火球を突き抜けて、空に飛び上がっていたので、龍はプリ様のお姿を、見失っていた。
「うにゃにゃにゃ〜!」
ピッケちゃんの鳴き声を真似ながら、プリ様は、大上段に構えたハンマーを振り下ろした。それは、龍の口先にヒットし、身体中がビキビキと砕けていった。
「来るな……。来るなぁぁぁ!!」
リリスが叫ぶと、砕けた蛇体は、土星のリングが如く、彼女の周りで回転を始めた。やがて、そのリングに火が点き、幾重にも広がり、燃え盛る球体となった。リリスは、灼熱の火球の中に、閉じ籠った。
『来ないで。誰も来ないで。もう、私を放っておいて!』
火球内部で、目を閉じ、耳を塞いで、リリスは、胎児の様に、丸まっていた。
「ねえ……。火の玉が、小さくなっていってない?」
紅葉がポツリと呟いた。
己が身を焼き尽くすつもりか?
それには、上空にいるプリ様も気付いていた。火の玉は急激に縮まり、中のリリスが炎に巻かれるまで、十秒もなかった。
「げきりん! とらのお!」
プリ様が呼び、昴が、両手を、彼女に向けて上げた。次の瞬間、プリ様の両手には、二振りの刀が収まっていた。
「しなせないの。りりす。」
それは、人知を超えた技であった。トラノオが、この世界の時間軸とは、別の時間の流れを作り出し、ゲキリンは、火の玉だけを、自分の創造した空間へと、封じ込めた。
神ですら知覚する事の出来ない時空上を、プリ様は飛び、炎の牢獄から解放された、リリスの身体を抱き締めると、地面に降り立った。
「プ、プリ様ぁぁぁ。」
「リリスー!」
仲間達は、思わず、声を上げた。
ゲキリンとトラノオの拵えた時空間は、すぐに消えたので、傍から見ていた者は、オクでさえ『プリ様がリリスの火の玉に突っ込み、二人とも消滅した。』としか、思えなかった。
しかし、実際は、二人は無事に、森の中に着陸し、地面に転がっていた。
「りりす、まだ やゆ?」
「うううっ。うあああっ。」
理性を失っているリリスは、龍の身体が失くなっても、尚もプリ様に殴りかかって行った。プリ様も、また、素手の拳で、リリスを迎撃した。ゲキリンとトラノオは、すでに昴の元に帰っていた。
リリスは滅茶苦茶に腕を振り回していたが、プリ様はちょこまかと躱し、その小さな体躯には似つかわしくない、重いパンチをヒットさせた。
「りりす、こわがらなくて いいの。」
「うわあああ。あああああ。」
「りりすが あばれても とめゆの。わたちが かならず とめゆの。」
「うっうっううう。」
「だれも きずつけ させないの。りりす には だれも……。だから、あんしん すゆの。」
誰も傷付けさせない。その言葉が、狂ったリリスの心の中に、スッーと染み込んでいった。
「りりすは やさしいの。ほんとうは、たたかったり したくないの。そんな ひと じゃないの。」
「プ……リ……ちゃ……ん。」
「だから、こわかったの。じぶんの おっきな ちからが……。」
「プリちゃん……。」
「でも、もう しんぱい ないの。わたちが いゆ から……。」
ああっ。この人が側に居てくれれば……。私は、誰も傷付けなくていいんだ。もう、誰も……。
ホッとしたリリスは、ガクリと膝を折った。その彼女を、プリ様は、両手でいっぱいに、包み込んで上げた。
「プリちゃん。プリちゃん。」
「おお、おお。よし よし なの。」
プリ様に抱かれ、赤子の様に涙を流すリリスは、魔法が解けたお姫様みたいに、美しい人間の娘の姿に戻っていた。
プリ様は、今だ、と思った。
「りりす、けんじゃのいし なの。これを うけいれゆの。」
「プリちゃん?」
驚いて見上げるリリスの裸の胸に、プリ様は賢者の石を押し当てた。
「はいってかない……。」
石は、体内に入るのを拒み、柔らかな肌の上で止まっていた。
「プリちゃん……。キスしてくれる? そうしたら、入ると思う。」
リリスは、その場に跪き、プリ様を見上げた後、目を閉じた。プリ様は、右手に持った石を、彼女の胸に当てたまま、左手を頰に添え、そっと唇を合わせた。
リリスの胸が、幸福感で満たされ、それと同時に、石はスルリと、胸腺の辺りに収まった。
その時、木々の間から、陽光が射し込んだ。リリスの髪を彩る、強烈な夏の光のヴェール……。
彼女の目から、一筋の涙が零れ落ちた。
「まだ ないてゆの? いたいの? かなしいの? りりす……。」
「ううん。うれしいの。幸せを感じているから、泣くのよ。」
つぶらな瞳で自分を見下ろすプリ様が、あまりにも愛らしかった。前世では、感情が行き違い、意地を張ってしまって、別れたけど、やっぱり好きだった。
「プリちゃ〜ん!」
「な、なに? りりす。」
プリ様は、いきなり、抱き付いて来たリリスに、ちょっと、たじろいだ。
「甘えさせて。頭を撫でて。大好き、プリちゃん。大好きー。」
「ちょっ……ちょっと まって……。やめゆの、りりすぅ。」
「どうして? 良いじゃない。可愛がって。プリちゃん、大好き。」
これでは、昴が二人になってしまった様なものだ。
「あっー、リリス様。何してるんですかぁ。」
皆んなでプリ様達を探していた昴は、木漏れ日の中、プリ様に抱き付くリリスを見付けて、声を上げた。
「プリ様を渡して下さいぃ。」
「ダメよ。今は、私が、プリちゃんに可愛がってもらっているの。ねえ、プリちゃん。」
「ダメです。ダメですぅ。プリ様に可愛がってもらえるのは、昴だけなんですぅ。」
沸騰寸前に顔を真っ赤にした昴は、正面からプリ様に抱き付くリリスが、どうしても離せないので、仕方なく、自分は、背中側から抱き付いた。
「プリ様ぁ。昴も可愛がって下さい。」
「わ、わかったの。」
「えっー。プリちゃん。私も、私も。」
「う、うん。りりすも かわいがゆの。」
幼女の寵愛を奪い合う女児と少女。とんだ修羅場だなあ、と思って眺めていた和臣は、いきなり、お尻を抓られた。
「あんた、何時まで、リリスの胸を凝視してるの。あまりに、あからさまで、こっちが恥ずかしいわ。」
「凝視なんかしてねえ。」
和臣と紅葉も、言い争いを始めて……。
私、置いていかれているわ。と、六連星は立ち竦んでいた。
投稿がマチマチで、すみません。
私は、毎年、この忙しい時期に、弱り目に祟り目という感じで、体調を崩してしまいます。
急激に冷え込んで来てますので、皆さんも、風邪などひかぬよう、お気をつけ下さい。