十個の輝く玉
すばゆが しぬ?
「どゆこと? かみさま……。」
さすがのプリ様も、内心の動揺を隠せず、震える声で訊いた。
「この むすめ には、ときを まきもどす のろいが、かかっているのではないか?」
饒速日命の質問を、プリ様は首肯した。
「すばるは、じゅっさいで しんだ……。いや、せいかくには、しの いっぽ てまえ まで いったのじゃ。」
饒速日命によれば、今世の十歳の姿は、あと数分後には死を迎える、非常に不安定な状態なのだそうだ。時間逆行の呪いが解ければ、すぐにでも死んでしまうほど……。
それならば、前世の魔族の姿の方が、コンディションからすれば、よほど良好なのだ。
「いや、饒速日命よ。だからこそ、昴は元の姿にならねばならぬのだ。」
滔々と説明をする饒速日命に、ゲキリンが水を差した。
「私達はさ、窮余の一策として、昴を前世の姿にしたけど、それでは抜本的解決にはならないんだよね。」
「昴に施された呪術は、非常に複雑、かつ繊細だ。いつまでもエロイーズの姿でいれば、必ず軋みが生じる。」
トラノオとゲキリンが、交互に言った。
「なんじゃ、わしに いけん するのか。」
少しむくれる饒速日命。
「昴の肉体は、特に意識しなくても、自然と空間中から魔法子を吸収出来る、正に歴代光極天家の最終形態。完成形と言える身体なのさ。」
「その肉体が、大量の魔法子を放出したせいで、変調をきたし、上手く魔法子を取り込めなくなっている。それを治すのに、十種の神宝が必要なのだ。」
二人の話に、饒速日命は、成る程と頷いた。
「わかった。とくさのかんだからを つかおう。」
暫し考え込んだ後、饒速日命は、重々しく告げた。そして、両手を広げると、浮いている昴の身体を囲む様に、十個の輝く玉が現れた。
「きれいなの〜。」
思わずプリ様が声を上げると、饒速日命は、自慢気にニッと笑った。
「ほんとうの すがたは、たまや かがみや けんと、たよう なのじゃが、いまは すべて たまの かたちに しておる。」
言いながらも、彼女は、術式を行う為に、精神の集中を始めた。
その瞬間、大きな衝撃が、空蝉山のある空間に走った。空間が歪んで、所々にノイズが現れている。
「なにごと なの?」
プリ様が口にすると、すでに集中状態に入っている饒速日命が、顔も向けずに答えた。
「そとで りゅうが あばれて おるのじゃ。しょうきを うしなっての。」
龍……。なんか、外界がとんでもない事になっている。
ファレグは、事態の推移の激しさに、驚いていた。
「しかし、オクの張った結界を破るのは無理みたいじゃの……。」
ナガちゃんは、辺りを見回しつつ言った。
「でたらめに ちからを ふりまわして おるからじゃ。こころの よわい むすめ よの……。」
娘……? もしかして、それは、リリスの事では……。
饒速日命の言葉に、プリ様の第六感がピンと来た。
「ひと ふた み よ いつ む なな……。」
確認しようとして口を開けると、ちょうど、詠唱が始まって、訊けなかった。
「や ここの たり……。」
呪文が進む度に、十個の玉は輝きを増し、昴の身体が、徐々に光に包まれていった。
「ふるべ ゆらゆらと ふるべ。」
呪文が終わった。昴は完全に輝きの中に姿を消した。
「御前様!」
儀式を終えた饒速日命が、ガックリと膝をつき、ナガちゃんが慌てて駆け寄った。
「いや、だいじょうぶじゃ。いろいろ、にせんねんぶり だったからの。しょうしょう、つかれた。」
彼女が、額の汗を拭いながら、起き上がったと同時に、光も収縮し、十個の玉は、饒速日命の元に戻り、その身体の周りを回り始めた。
饒速日命の着ている着物が消え去り、玉の光に照らされた肢体は、得も言えぬ美しさであったが、再び現れた昴の姿に目を奪われているプリ様は、見ていなかった。
「すばゆ……。」
プリ様が呼ぶと、昴の身体が、スッーと地面に柔らかく落ちた。見慣れた十歳の女の子の姿だ。なんだか随分久しぶりに見る様な気がした。
「すばゆぅぅぅ。」
感極まったプリ様が昴に抱き付くと、彼女は薄っすらと目を開けた。
「あれぇ、プリ様ぁ。どうして、泣いているんですかぁ。」
まだ少し寝ぼけ眼だ。泣いていると言われたプリ様は、グシグシと涙を拭いて、プイと横を向いた。
「ないてないの。」
「嘘ですぅ。泣いてました。」
「ないてないのー。」
「もう、プリ様ったら。昴に甘えたかったんですか?」
昴は、その白魚の如き腕を、ソッと伸ばして、小さなプリ様の身体を抱き締めた。プリ様は、涙を堪えて、鼻をスンスン言わせながら、上を向いていた。
ファレグも、ナガちゃんも、饒速日命も、二人の愛情溢れる抱擁を、優しい目付きで見守っていた。
「うふふふ。プリ様、あったかいですぅ。ああっ、プリ様、プリ様ぁ。」
あっ、しまった。と思う間も無く、昴のプリ様ラッシュが始まってしまった。皆の前でやるのは、ちょっと勘弁してくれー。と、顔を真っ赤にしたプリ様が、三人を見回すと、さっきまで微笑ましく二人を見ていた彼等が、今はドン引きした視線を送っていた。
「すばゆ、やめゆのー。」
「えっー、どうしてですかぁ。嫌ですぅ。何だか、久しぶりな気がするんですぅ。プリ様ー。」
結局、愛撫しまくり、頬ずりしまくり、プリ様のお顔を舐め放題舐めて、やっと一息ついた昴は、その時、漸く、自分が裸である事に気が付いた。
「ひゃあああ。何ですか、これ? 何なんですかぁ。プリ様が脱がせたんですか? 早過ぎますぅ。まだ、そこまでは心の準備が。お許し下さいぃぃぃ。」
見兼ねたナガちゃんが「娘、これを着ろ。」と、せめてもの情けとして下着を渡そうとしたら「うきゃあああ。このお爺さん、誰ですかぁ? なんで女児用下着一式を持っているんですか? 変態ですかぁ? いやあああ。」などと言って、益々パニックになっていった。
「やれやれ、かしましい こと よの……。」
喚き散らす昴の声に、饒速日命は溜息を吐いた。
「さて、つぎは おぬし じゃ。れい、ほうびは なにが よい?」
意外な言葉に戸惑うファレグ。
「いや、ぼくは むらちゃんの つきそい だから……。」
褒美を貰えるなど、思ってもいなかった。
「よくが ないのぉ。」
饒速日命は、その碧眼をクリクリとさせながら、微笑んだ。
『まあ、そういうと おもった。』
饒速日命の身体の輝きが増し始めた。
『おまえには わしの とっておきを やろう。』
十個の玉の回転が早くなり、神の身体は水晶の塊となった。
『長髄彦、何時迄も遊んでおるな。もう、行くぞ。』
皆の頭の中に、饒速日命の声が響いた。
「待って下さい。御前様。」
ナガちゃんが叫ぶと、彼の身体は崩れ落ち、砂となって消えた。
饒速日命だった身体は、水晶となった後、一瞬鋭い光を放ち、十種の神宝とともに、空間に吸い込まれるように消えた。
そして、その場には、二柱の神の輝く魂だけが残った。
『さて、プリよ。すまぬが、もう一働き頼む。天羽々矢を天に向けて射ち、結界に穴を開けて欲しいのじゃ。』
今度は、ナガちゃんの声が、頭に響いた。
プリ様は頷いて、天を仰いで、射の姿勢を取った。それは、全く迷いの無い、美しい射形であった。
『もっと、もっと。くうかんから まほうしを あつめゆの……。』
静かに集中し、つがえる矢に、全ての力を注ぎ込むプリ様。
『ほそく、ほそく。ちからを しゅうれん すゆの……。』
プリ様の周りの空気が、時間が止まったのではないかと思われるほど、静謐な空気に満たされた。そして……。
プリ様の目が、クワッと見開かれた。
「つらぬけ、やよ。あめのはばや!」
射られた矢が、風を切る音を立てながら、一直線に結界の天蓋を目指して、駆け昇って行った。
射抜かれた結界は、全体に皹を入れ、砕け散った。
今、二千年ぶりの外気が、空蝉山に吹き込もうとしていた。
久しぶりの昴ちゃんです。
空蝉山編も佳境に入って来て、気ははやるのですが、中々暇が取れません。
すみませんが、次回更新も、少々空くと思います。
どうぞ、見捨てずにお待ち下さい。




