パーフェクトなオッパイ
すごいの。おっぱい たぷんたぷん なの。
奇跡とも言うべき、神との遭遇をはたしながら、プリ様の視線は、その一点に絞られていた。胡蝶蘭、エロイーズ、六連星と、幾多のたわわな膨らみを見て来た、プリ様をして感嘆せしめる、形といい大きさといい、正にパーフェクトなオッパイなのだ。
一方、ファレグも、オッパイ好きという点では、プリ様に負けず劣らずであった。
饒速日命が、何で、女の人なのかとか。色が白くて、金髪なだけではなく、骨格からして自分達とは違うエキゾチックな顔立ちなのは何故なのか。など、疑問点は多々あったのだが、その様な知的好奇心を押し退ける程、インパクトのあるお乳なのだ。
抱き付きたい。お胸にモフモフしたい。
そんな幼女達の欲望に晒されながら、当の饒速日命は「あらぁ。かわゆらしいのぉ。」と、暢気な声を上げていた。
プリ様がチラリとファレグを見ると、同じ様にプリ様を見てきた彼女と目が合った。
やわらかそうなの。
うん。かおを うずめて みたいね。
だきつく?
もちろん。
じゃあ、いっせいの せい なの。
わかった。いくよ、むらちゃん。
目を合わせた一瞬のうちに、二人は、アイコンタクトを交わし、完璧なタイミングのユニゾンで踏み出した。
「うわーい、かみさま。あえて うれしいの。」
「かんげき です。にぎはやひさま。」
饒速日命に向かって行くプリ様達を見て、彼女達の企みを即座に看破するナガちゃん。「こりゃ、お前達……。」と、少し出遅れて、止めようとしていた。
一人、饒速日命のみが「あらまあ。無邪気よのぉ。」などと言って、状況を理解していない。
「おおっ。そうじゃ。」
二人の手が、もうちょっとで、豊満な胸に届く、ゴールはすぐそこだ、という地点で、何かを思い付いた饒速日命が、高い声を出した。そして、再び、身体を輝かせた。プリ様達は、その眩い光に、思わず目を逸らし、歩を止めた。
あと、すこしなのに。
まけちゃ だめなの、れい。
そうだね、あきらめちゃ だめだ。
ふりむいても だめなの。
それが若さだ。
二人は無駄に結束を強めて、饒速日命の方に向き直った。
「どうじゃ。おそろいじゃ。」
光が弱まり、姿が見えるようになった時、そこには、三歳児となった饒速日命が居た。
おっぱい……。
プリ様とファレグは、ガックリと肩を落とした。
リリスは、斬られた手足をダラリと下に垂らし、身体を地面に平行にしたまま、背中の翼をはためかして、二メートルくらい浮いていた。
蝶の様な、プリ様のメギンギョルズの羽とは違って、翼竜のそれと似ていた。
オク……にげた……。
火球を吐いた瞬間、オクが時間を止め、間一髪逃れたのを、リリスは認識していた。今迄は、時間が止まった事にすら、気付いてなかったのにだ。
! また、時が止まった。しかし、認識は出来ても、身体を動かすのは、出来ないでいた。
「おどろいた。かみと にんげんの はーふ だろうとは おもっていたけど、まさか、りゅうじん とはね……。」
ノコノコと、目の前に現れたオクの姿を見て、リリスの真っ黒な目に、怒りの炎が灯った。
動ける……。
感情が昂ぶるほど、秘められた能力が、覚醒していくのが分かった。
少しなら動ける。油断して、近付いたところを、炎で焼き殺してやる。
リリスは身構えた。そして、彼女が動けないと思っているオクが、充分に近寄った時、先程よりも大きな火球を吐いた。
「うわっ! びっくりした。」
しかし、スレスレでオクは避け、火球は、またも虚しく、その後ろの森を焼き尽くした。
「くっ、くっ、くっ。すごいわ、りりすちゃん。じかんの とまった せかいで うごけるなんて……。ますます、ほしく なっちゃった。」
まだ、そんな戯言を!
激怒したリリスが、思いっ切り翼を羽ばたかすと、上空に舞い上がった。そして、何発も火球をオクに向かって発射した。地面は抉れ、木々は燃え、辺りは、さながら地獄絵図だ。しかし、オクは、涼しい顔で、上空のリリスを眺めていた。
「ざんねんね、りりすちゃん。しょうはいとは、たたかう まえに けっして いるものよ。」
オクの目が光った。途端にリリスは苦しみ出し、失速して、錐揉み状態で墜落した。
「何……を……した……。」
「このまえ、ふくじゅうぷろぐらむも しこんで おいたの。」
花火大会の日、フライングバードでリリスにインストールされたのは、エロイーズの呪いを解く魔法だけではなかったのだ。
翼も消え、手足の無いリリスは、身体を捻って、苦しみに耐えた。
「さっきも いったけど……。」
仰向けで、のたうち回るリリスを、薄い笑いを浮かべて見下ろすオク。
「わたしに したがえば、くるしい おもい なんか、せずに すむのよ。」
如何あっても敵わないのか……。せっかく対等の力を手に入れたと思ったのに。
リリスの頰を、悔し涙が伝った。
リリスは堕ちた。と、オクは確信した。私の服従プログラムに抗える筈などない、という自信だった。
後は、彼女を手駒として、饒速日命にぶつけるだけだ。可哀想だけど、自分の野望が成るまでは、饒速日命を解放するわけにはいかない。
オクは空蝉山の方を睨んだ。
そんな事をしていたので、少しリリスから目を離していた。そして、暫くして、地面に視線を落とした時、そこに彼女の姿はなかった。慌てて周りを見回すと、リリスは再び翼を出して、地上から三メートルくらいの所に浮かんでいた。
リリスは、もう、苦しんではいなかった。
真っ黒な眼球を、切り取られた手足に向けていたが、やがて、それが吸い寄せられるように、彼女に近付いた。果たして、手足は元の場所にくっ付いて、傷痕も残らず再生した。
「り、りりすちゃん?」
虚ろな表情が怖い。と思いつつ、オクはリリスに声をかけたが、彼女は聞こえないみたいで、そのまま地面に降り立った。すると、今度は、その辺の地表が振動し、やはり、リリスに吸い寄せられていった。
『もしや、からだを つくって いるのか!』
オクの危惧は当たりだった。リリスは周り中の物質を取り込んで、龍神としての蛇体を創ろうとしていたのだ。
『やばい。やばすぎる。』
焦っているうちにも、リリスの腰から下に、ドンドン龍の身体が形成されていき、とうとう、全長五十メートルはあろうかという、巨大な龍が出現した。
その龍の頭、眉間の辺りに、リリスの上半身が生えていた。
龍は、特に何をするでもなく、ずっと虚空を見詰めていた。その隙に、オクが、ソッーと立ち去ろうとしたら、その微かな物音に反応して、龍とリリスの目が、オクに向いた。
「オク……。」
「や、やっほう。りりすちゃん。」
「オークー!!!」
リリスが叫ぶと、その下にある龍の頭も吼えた。その龍の口には、今にも飛び出しそうに、極大の火球が光を放っていた。
『こんなん、やばすぎ でしょ〜。』
引き攣った笑いを浮かべたオクが、咄嗟に時間を止めた。しかし、そんな事は意にも介さず、火球は、オクに向けて発射された。
止まった時間の中を、猛スピードでオクに迫る火球。
「うわあああ。ぷ、ぷろてくとー。」
避けきれず、オクは障壁を張った。だが、それも、火球が当たると、粉々に吹き飛んだ。
障壁の崩壊で、火球の力は相殺したが、オク自身も、派手に何十メートルも跳ね飛ばされた。「いてててっ。」と、腰を摩りながら起き上がると、息つく暇も無く、第二、第三の火球が放たれた。
今度は距離があったので逃げられたが、リリス龍は執拗に攻撃を仕掛けて来ていた。このままでは、身体が蒸発させられるのは、時間の問題だ。
「まずいわ。この からだは だいじな あずかりもの。きずつける わけには いかない……。」
オクは呟き、決心を固めた。
こうなったら、空蝉山の結界を解いて、饒速日命をリリスにぶつけるしかない。
……。いつの間にか、主客が転倒していた。